CASE002:DVDを送りつけてきた家族|ケアマネ医師は患者・家族とどう向き合ってきたのか 認知症の介入困難事例アプローチ|西村知香

CASE 002
81才女性

最近は、スマートフォンが普及して、素人でも簡単に動画が撮れるようになりました。診察のときに、家での様子などを動画で見せてくれる家族もいます。診察室での様子と、自宅での様子がまったく異なるケースが多いので、とても参考になります。
しかし、良いことばかりとは限りません。

動画を送り付けられる

動画を送り付けられて困ったことがありました。
「自宅での本人の様子を撮影し、DVDで送るので診察の前に見ておいてほしい」という内容の電話がかかってきました。電話をかけてきたのは患者さんの長女と名乗る女性です。受けたのは私ではなく当院の相談員です。

電話は、相手が一方的に要求を述べ、そのまま切れてしまったとのことでした。診察のときに、家族が持参した動画や写真を見ることはありますが、診察の前に動画を見ておいてほしいと言われたのは初めてです。

あいにく診察室にはDVDプレーヤーがありません。こちらの事情もまったく考えないで……と思ったところでハタと気が付きました。この長女という人は、何か問題を抱えているのではないかと。

これまでの経過

この患者さんには娘が2人います。同居しているのは独身の長女です。次女は、嫁いでおり、隣の区に住んでいます。

X-12年、本人夫婦と長女の3人暮らしでした。本人が、自動車運転中に衝突事故を起こしました。駆けつけた警察官に対して激しく言い訳し、警察官が対応に難渋しました。

X-9年、同居していた夫が亡くなり、長女を支援するため次女が頻繁に訪問するようになりました。この頃から、次女に対して易怒的になりました。

X-8年、次女に対して暴力をふるうようになりました。このため次女は訪問するのをやめました。

X-4年、失語症が出現しました。言語機能が低下した状態で、耳で聞いて理解する聴理解や、目でみて理解する読字、考えを言葉にして話す、文章を書くなど、色々な機能が低下します。受診した医療機関でアミロイド PET 検査を受けたところ、脳全体にアミロイドが沈着していることが判明し、脳にアミロイドが沈着するタイプの認知症、アルツハイマー型認知症と診断されました。

診断に基づき、アリセプト®が処方されたところ、易怒性が増しました。アリセプト®のようなアセチルコリンを増やす薬は、アルツハイマー型認知症の進行を遅くしますが、認知面だけではなく、情緒面が活性化しすぎて怒りっぽくなってしまうことがあります。

X-3年、アリセプト®からメマリー®に切り換えたところ、易怒性が軽快。次女を受け入れるようになったので、また次女が家を訪問できるようになりました。メマリー®も、抗認知症薬の一つですが、神経伝達を調節する作用があり、興奮しすぎている神経の活動を静める作用もあるので、精神症状が落ち着く効果が見られることもあります。

X-2年、失語症の悪化でコミュニケーションが取れなくなり、長女のいらいらがピークに達し、つい本人を怒ってしまうようになりました。このため、長女に対する物盗られ妄想が出現。対応に困り、当院初診されました。

初診時MMSE21点で、病識は欠如しています。記銘力障害は目立たず、失語、失算、パーキンソン症候群による歩行障害がみられます。パーキンソン症候群は、運動機能障害の一つです。すり足、小刻み歩行になり、身体のバランスが悪くなり、転びやすくなります。

「言う」を「行く」と言うなどの言い間違え、錯語が見られました。失語が徐々に進行する、進行性失語症の状態です。

錯語が顕著にみられるので、大脳皮質基底核変性症などのタウオパチーが疑われました。タウオパチーとは、大脳が萎縮する変性疾患の一つです。認知症症状だけでなく、パーキンソン症候群による歩行障害が見られます。脳内にタウ蛋白がたまって起こるということで、タウオパチーと言われています。

失語症になると、話している言葉の意味が理解できないので、お互いにイライラしてしまいます。この患者さんの場合、失語によってコミュニケーションが取れないのが暴言や暴力の原因になっていると思われたので、言語療法を導入してもらうことにしました。

また、言葉が通じない人とのコミュニケーションの取りかたなど、失語症の患者さんへの接しかたについて指導しました。

症状の進行と、同居の娘との喧嘩、虐待通報

X-1年、言語療法を嫌がるようになりました。失語症が進んだためです。リハビリテーション自体が苦痛になってしまいました。同時期から、同居の長女と激しく口論するようになり、頻繁に興奮状態になります。長女も病気とわかっていながら、どうしてもイライラして接してしまうようでした。

また、リハビリテーションを継続するためには、ケアマネジャーによるケアプランの作成が必要です。ケアマネジャーが月1回、本人宅を訪問し、プランを提示して、承認してもらわなければなりません。ところが言語機能が低下しているために、ケアマネジャーが説明している意味がわからず、途中で怒り出してしまいました。

そうして、ケアマネジャーやリハビリテーションに対する不信感がつのり、拒否が強くなり、結局リハビリテーションの中止に至ってしまいました。

X年、かかりつけの整形外科で、医師と会話が成り立たないので医師が診察に苦慮し、当院に問い合わせの連絡が入りました。このため、整形外科受診時にも、次女に同行受診してもらうよう依頼しました。本人に代わっての意思決定や病状の説明など聞いていただくためです。また、「本人の話が理解できないときに、問いただすようなことをしないように」と、整形外科医にお願いしました。

そんなある日、長女から連絡が入りました。
失語症の悪化に伴い、言語によるコミュニケーションが難しくなり、同居の長女との関係が悪化し、長女に対して暴力をふるうようになったとのことでした。このため、「精神症状に対する治療を希望する」との要望でした。

この連絡の際に、本人が興奮している状態を撮影した動画のDVDを当院に送り付けてきたのです。すると、その翌日、今度は次女から連絡が入りました。「次女と接している時には、興奮することなどまったくない。長女の発言に対して本人が反応して興奮しているのではないか」というものでした。

また、「ビデオを撮るために、わざと本人を怒らせて、その様子を撮影した可能性もある」というのです。さらにまた、「元々長女は、母親が認知症になるずっと前から家族に暴力をふるっていた。そのような人なので、母親が暴力をふるうようになったのは、長女に暴力をふるわれたからだと思う。長女が大学生の頃には、母親を殴って警察沙汰になっている」とのことでした。

今回のエピソードで、長女が本人に対して暴力をふるっている証拠は何もありません。ですが、本人を興奮させるような高圧的な態度で長女が接している可能性があります。これが、暴言や心理的虐待に当たる可能性が高いと考えました。

このため、念のため地域包括支援センターに対し、当院から虐待の恐れがあると通報しました。虐待通報されたことについて、次女が長女に告げました。包括支援センターから、長女に聞き取り調査も入りました。そのせいか、これ以後、長女の関わりが少し改善したようでした。

長女の態度の変化、介護依存が明らかに

X+1年、DVD騒ぎで虐待通報されたことをきっかけに、長女が通院に付き添ってくるようになりました。物盗られ妄想などの症状への対応の仕方についても、医師の説明を聞いて、徐々に理解が進んできたように感じられました。

この間も認知症は緩徐に進行し、両便失禁するようになり、家電やスイッチなど道具がまったく使えなくなりました。便失禁があると、同居の長女が怒ってしまうようです。怒鳴られると、せん妄状態になり、3日間ほどは朦朧とした状況が続くということでした。

久しぶりに行った頭部MRI検査でも、大脳萎縮が徐々に進行してきていました。このため、そろそろ施設入所を検討するようにと指導しました。

さっそく長女と次女同行のうえ、有料老人ホームを見学し、体験入所が無事にできました。娘さんたち2人が同じ方向に向かってきたと感じられ、これで一安心です。当院からは卒業、と思っていました。

その2週間後。長女が1人で当院に相談にきました。
「次女は、このまま入所させたいようだが、私(長女)は、入所させたくない」というのです。怒鳴ったり、暴力をふるったりの応酬だった母子なのに、離れられないのです。

介護依存です。長女が母親の介護をすることに依存しているのです。共依存の一種です。母親の介護をすることが長女の存在意義になっている状態で、介護をやめると自己の存在意義が失われてしまうのです。

客観的にみて、本人の認知症の状態は重度となり、長女の介護力も不十分です。在宅介護が限界に来ました。自宅で介護できる状態ではありません。できないものをやろうとして、結果的に介護放棄の状態になるとすれば、これも虐待です。

この問題を解決するには、長女が介護依存から脱却しなければなりません。長女に自分の人生を歩んでもらうことが必要になります。

この先も、私にお手伝いができるのでしょうか。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。