前回までのおはなし…
学生時代は、苦手なことは交渉して、生きやすい環境をつくってきた。努力によって優秀な成績を取り続けることによって、周囲に「変わっていること」を認めてもらい、角を立てずにうまく過ごしてきた。周囲が「まめこだからしょうがない」と認めてくれるように、戦略的に振るまってきたこともある。このような処世術が、社会のなかで、病院という世界のなかでも通用するのか。不安と期待を抱きながら勤務2日目が始まる……

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「あいさつ」の機会はできれば避けたい

自転車を駐輪所にとめて、ロッカー室へ直行します。

勤務初日やそれまでに病院を訪れた際は、受付を通ってから総務の方といっしょに病棟に上がっていたので、1人でロッカー室に向かうのは初めてです。

小さなことでも、「初めてのこと」には緊張します。

駐輪所からロッカー室に向かいながら、「働いている方に会ったら『おはようございます』とあいさつをする」ということを頭のなかで反復します。

私にとって「人へのあいさつ」は、意識していないとできないものです。そして、あいさつをしたときには、相手が返してくれたあいさつの声のトーンや、非言語的なもの(身振り、足音)など、すべてが気になり、「私のあいさつは大丈夫だったか」と不安になるので、できれば人に会わず、あいさつの機会がないほうがうれしいです。

音から感じるネガティブな感情

ロッカー室は混んでいるかと思いきや、けっこう空いていて安心しました。私は始業15分前に病棟に着く目安でロッカーで着替えていたので、他のスタッフの方に比べてロッカーに到着する時間が遅めでした。

人があまりいないことに一安心しました。

ロッカー室は狭い空間に音がたくさんあって、私にとっては刺激が多い場所なのです。加えて、狭いロッカー室内で人とすれ違うときに身体のどこかが触れるのも、接触過敏である私にとっては不快なものなのです。


また、最近わかったことあります。それは、私は音に人の感情を感じやすいということです。靴が地面に当たる音、ドアが閉まる音、コップをテーブルに置く音など、日常生活を送るなかで生じる音に「怒り」や「悲しみ」、「戸惑い」、「気遣い」などを感じます。そのため、定型発達の方に比べて、一場面において入ってくる情報量が多いのです。

例えば、ロッカー室で、ロッカーを勢いよくバンッと閉めた人がいたら、まず音の大きさに私の心臓がバクっとします。そして、「私はその人に何か嫌な思いをさせてしまったのかな」と不安になります。また、その音自体に「怒り」や「苦しみ」などのネガティブな感情が付いているので、たとえ私に向けたものではなくても、私の心や脳は驚き、不安になり、感情がうごめいてしまうのです。感受性が豊かという言いかたもできますが、生活するには敏感過ぎるのです。

予期不安に打ち勝って

無事着替え終わって、病棟へ向かいます。
エレベーターを使えばすぐなのですが、エレベーター内で他のスタッフといっしょになるとその圧迫感に耐えられないため、階段を使います。

朝から階段を上るのはたいへんですが、学生時代の実習で、1階分の階段数が多い(天井が高い)病院で5階まで上がっていたことを思えば、きつくはありませんでした。

病棟に着いたら、ナースステーションの前を通って、助手の部屋に向かいます。頭で反復している「働いている方に会ったら『おはようございます』とあいさつをする」を生かす場面です。

私はすで緊張していて、できれば人の視線を感じたくありませんし、空気のような存在になりたいので「あいさつをしたくない」という気持ちが強くなってしまいます。

でも、必要です。
自分に注目がくることで起こる予期不安に打ち勝ち、あいさつします。

助手の部屋に着きました。
「おはようございます。よろしくお願いします」

私に注目が集まる。でも、敵視ではなく優しい視線。「新しい人が来た!」という楽しみにしてくれていたポジティブな感情を感じて、私はうれしくなりました。

ここまで来られた事実が自信に

持ってきた荷物を置いて、始業時間まで椅子に座って待ちます。

仕事始まるまで15分。
雑談に入れるわけでもなく、何をするわけでもなく、ずっと壁を見てても変だしなと思いながら、時折会話している方を見て頷いてみたり、笑ってみたりして、みなさんと仲良くなりたいですというメッセージを受け取ってもらえるように、最大限のコミュニケーションを取りました。

正解のないコミュニケーションは苦手です。複雑すぎます。
簡単に「大丈夫」という安心感を得られません。

あと5分で仕事が始まります。

見学時や初日の勤務では、患者さんの入浴前の準備、入浴後の更衣や体位変換から業務に入ったので、始業直後のオムツ交換と陰部洗浄は見たことがありません。

ベッド上のオムツ交換と陰部洗浄は、看護学生ぶりです。約一年半ぶり。

事前に教科書で手順を見返してきたとはいえ、疾患や体型などに合わせた個別性のある手技ができる自信はありません。これからが勉強です。

インシデントやアクシデントを起こしてしまわないかという不安はあるものの、そこには、これから基礎看護技術を身につけていける環境にいるうれしさが共存していました。

この環境まで来られた事実が、自分の自信となりました。
私にとって、疾患と障害について話したうえで面接に受かり、配慮してもらいながら勤務2日目を迎えられている時点で、何個も成功体験が積み重なっているのです。

「学べるスタートラインにやっと立てた。不安もあるけど、私わくわくしている」

いよいよ、助手業務の開始です。

プロフィール:まめこ
5年一貫の看護高校卒業後、林業学校に進学。現在は、病院と皮膚科クリニック のダブルワークをしながら、発達障害を持っていても負担なく働ける方法を模索中。ひなたぼっこが大好きで、天気がいい日はベランダでご飯を食べる。ちょっとした自慢はメリル・ストリープと握手したことがあること。最果タヒ著『君の言い訳は、最高の芸術』が好きな人はソウルメイトだと思ってる。ゴッホとモネが好き。夜中に食べる納豆ごはんは最強。


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