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はじめに

本連載は、対人関係に悩みを抱える看護師が現状を見つめなおし、対人関係の課題に取り組むきっかけをつかむことを目的にお送りしています。
今回のテーマは、「看護師の精神的安定」です。

認知機能が低下している患者さんへの対応は、得意な人と苦手な人がはっきり分かれる

ここまで3回にわたり、対人関係について考えてきました。私は看護師から相談を受ける機会がありますが、対人関係に悩むケースがほとんどです。看護師として働いていると、患者・家族はもちろん、同僚・他職種との対人関係を避けることはできません。そのなかでも、認知機能が低下した患者さんへの対応に困る看護師はたいへん多いと実感しています。
患者さんに対応している看護師を見たり、相談内容を振り返ったりして気づくことがあります。いくら経験年数が短い方でも、適切な対応ができることがあります。その一方、苦手な方はずっと苦手なままということもしばしばあります。このように、認知機能が低下している患者さんへの対応は、得意な人と苦手な人がはっきり分かれる印象を持ちます。

看護師の対応力に関する3つの因子

私は、認知機能が低下した患者さんに対する看護師の対応力には、3つの因子が関連していると考えます。それは、「ケアに使える時間・適切な知識・精神的安定」です。これらを3つの円で示します。円が重なった、中心の赤い部分が質の高いケアと考えてください。

この3つの因子は、ある程度相互的に補完できると考えます。ケアに使える時間が少なくてもほかが大きければ代償できる、という具合です。先ほどの例でいえば経験年数が少ない方は、適切な知識がまだ少ないかもしれません。それでもケアに使える時間が多くあり、精神的に安定していれば患者対応がうまくいくことはあり得ます。

このためいずれかの因子、もしくはそれぞれが拡大していけるよう、私たち看護師は専門職として力を尽くしたいと考えます。

それぞれの因子を大きくするために何ができるのか

それぞれの円を大きくするため、何ができるかを考えてみます。
イエローの部分、ケアに使える時間を増やすために1人ひとりの看護師ができることは、タイムマネジメントでしょう。これは学び、実践することが誰でもできます。着目し取り組めば、一定の成果があります。すでに多くの本・研修があるので、本連載では述べずほかの機会にお譲りします。加えて管理者ができることは、スタッフが時間をより有意義に使えるような「仕組みづくり」をすることです。管理者がワーカホリックでは、けっしてできません。管理者には、2重の意味でのタイムマネジメントが求められます。
ブルーの部分、適切な知識を増やすには学習です。本を読む・研修を受ける・できる人から学ぶなどが挙げられます。知識を増やすことについては、看護師はたいへん熱心です。私が提案するまでもなく、職場での研修・学会への参加・セミナー受講・参考書の購読などされていると思います。最近では動画配信などを活用し、低コストで学習できる機会が増えています。認知機能低下患者の対応でいえば、「こうすればうまくいく」など、How-Toを教える研修は人気があるかもしれません。
最後に、ピンクの部分についてお伝えします。精神的安定です。
社会人として、専門職として、情動の安定を図ることです。言い換えれば精神的に成熟することです。ここがもっとも困難を伴うでしょう。

精神的安定にどのように向き合えばいいか

ここまで述べてきた3つの要素が揃ってはじめて、私は認知機能低下患者さんへのケアの質が高まると考えています。どんなにケアに使える時間があっても、適切な知識があっても、2つだけでは認知機能低下患者の対応はうまくいきません。
イエロー・ブルーの部分は学ぶ方法がたくさんあるため、身につけやすいと考えます。先輩・指導者・上司・講師から学ぶ機会にも恵まれていると感じます。
一方、ピンクの部分はすこし様相が異なります。精神的安定を、適切に伝えることができる先輩・指導者・上司・講師はある程度限られるように思います。このため指導的役割にある人の指示・教えに従っても、精神的安定には結び付かないケースがあります。そもそも指導的役割にある人が、精神的安定を大切にしていないこともあり得ます。
このようにだれも教えてくれない場合、自分で身につけるしかありません。自分で情報を得て、考え、判断し、どんな姿勢で仕事をするか、自分で責任をもって決める必要があります。たいへんなことかもしれませんが、これが精神的安定に向き合う一歩になると考えています。

おわりに

今回は認知機能低下が1つのテーマでしたが、認知機能低下患者の対応が苦手な方は、それ以外の対人関係にもつまずいていることが多いようです。私は良好な対人関係を築くことに、認知機能低下は関係ないと思います。自分の対応がうまくいかない原因や、対人関係がうまく築けない原因を、認知機能低下のせいにしているように見えます。自分の精神的安定と向き合わない理由を、他者に求めてはいけません。
看護師、とくに指導的役割にある人にはスキルとマインドの両立が求められます。スキルはHow-Toともいえます。一見結果の出やすいHow-Toが、魅力的に映ることは理解できます。しかし、マインドをおろそかにしてスキルは生かせません。これまでの思考を転換する必要があります。
今回お示しした「認知機能低下患者に対する看護師の対応力を決める因子」が、精神的安定とはなにか、考えるきっかけになればうれしいです。
精神的安定についてすこしずつ考え、向き合うことができるようになれば、対人関係がとても楽になります。
あなたの対人関係は、きっとよくなります。

【参考文献】
内藤知佐子ほか.脳神経ナースがホントに知りたい2021年度の新人・後輩指導2021.ブレインナーシング37巻特別企画定期購読者限定ミニブック.2021,大阪,メディカ出.
内藤知佐子.看護管理者のための「教え方」「育て方」講座:だれも教えてくれなかった最強のファシリテーション&コーチング術.2019,大阪,メディカ出版.

プロフィール:小林雄一
看護師。1979年広島県生まれ。脳卒中リハビリテーション看護認定看護師。
認定看護師・看護管理者としての実践・指導・教育と並行して、執筆・講義活動をしている。JA尾道総合病院科長。脳神経外科病棟を経て現在、救命救急病棟科長。日本脳神経看護研究学会評議員、同認定看護師活動推進委員会委員。
施設内外で看護師の育成に取り組むと同時に、看護師の対人関係能力向上に貢献するため、独自の面談活動・セミナーを行っている。


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認知機能が低下した患者をめぐる看護師の面談録

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登場人物は「患者の役に立ちたい、優しくしたい」と思い一生懸命仕事をしている看護師ばかり。けれど、認知機能が低下した患者の問題行動を前にして、叱責し、咎め、罰を与え、時には無視し、患者に抵抗するという「不毛な戦い」をしてしまう……。面談・対話をとおして「患者さんの問題行動」にうまく対応できない看護師と向き合い続けた著者渾身の1冊!