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1.精神看護が大好き……?

私は、22年間、看護師として「精神看護が好き!」と言い続けながら、ここ、烏山病院にいる。そう言える背景には、たくさんの患者さんやそのご家族、ユニークな先生方、尊敬するソーシャルワーカーさん、優しい作業療法士さん、ともにたくさん悩み、回復を喜び分かち合える多くの看護師に支えられているからこそである。

しかし、最近、「精神看護が好き!」を口にすることを躊躇ためらうこともよくある。表情や口調はにっこり笑顔で、端から見ると寄り添うように患者とともにいっしょに時間を過ごしているように見えているそのときも、私は心のなかで(無理……)(解わかれない……)(こわいよ……)と叫んでいたりもする。そう、【私は精神科の看護師!ダメ、ダメ……そう思っちゃいけない】と、強く感情労働を意識してしまう時間があることに気づいてしまった。

2.スルッと出てきてしまった気持ち

ここからは、私のなかの大切な「変化」について正直に見つめてみたい。
この「変化」の実感は、実に、#008に登場した塚越看護師と、依存症患者Aさんの影響が大きい(この「ハマったさん」投稿のお誘いも塚越看護師からです)。

ある日、塚越看護師と休憩室で他愛もない話で盛り上がっており、そのフラットな感情のまま、いつの間にか依存症ケアの話題に移っていた。塚越看護師は、キラキラと「すごくおもしろい。スリップしてもなんとも思わないですよ。また、はじめからがんばりましょうねって感じです。すごくおもしろいなって。患者さんは、すごくかっこいい」と話している。

私は驚いた。「え? おもしろい? かっこいい? 患者に裏切られたみたいで、私はぜんぜんおもしろいとは思えないし、むしろ悲しくなります」と、スルッと返答した。いつもなら心に蓋をしていた【私は精神科の看護師!ダメ、ダメ……そう思っちゃいけない】という感情が無視され、出てしまった。

私は、休憩が終わってからも【もう、精神看護が好きとか言っちゃいけない】と、塚越看護師との会話で「おもて」に出てしまった言葉をとても恥ずかしく思い、後悔した。この後悔はなんなのだろう……。言えずにいたことが言えてすっきりしたという、それとは違っていた。

3.いやおうなくつきつけられる偽りの自分

依存症は、「孤独の病気」「否認の病気」ともいわれているのは百も承知で、知識と理解をもちながら、回復や予防にと寄り添ってきた。しかしそれを、「つもり(……)だよ」と教えてくれたのはAさん、40歳男性、アルコール依存症。幼少期から親や祖母から虐待を受け、児童期にも度重なるいじめを経験した過去をもっており、入退院を繰り返している。毎回、入院直後はアルコール離脱もあり自我脆弱な状態下であるために、感情リテラシーや行動制御は著しく低下。そして、馴染みの看護師である私は、そのたびに容赦なく二者関係の再確認の対象となる。

「あんたさ、プロじゃないの? プロだったらそのくらいできて当たり前でしょ?」「わかったふりばっかりしないでよ」「笑っていればいいと思っているんでしょ?」「あんたにはなにも期待してないしね」など、視線や行動で威嚇し、「このイライラの原因はあんたたちが作っている、どんどん悪くなる」など矮小化や責任転嫁に遭うのだ。その時間の不安や恐怖、悲しさ、つらさ……自分の知識やコミュニケーション技術に自信を失う。でも次の勤務のときには、ケロッと両手を合せながら「相談したいことがあるけど時間ありますか?」とアンビバレントさを露呈してくるAさん。そのときの私は、まさしく、表情口調はにっこり笑顔なのだろうな。

依存症ケアにおいて、その関係に引き込まれる場面を多く抱え、そのたびにケアのむずかしさを自覚することになったことは、これまではなんとなくの感じのいい~だけであり、本心からの「逃げ」があったのではないかと思うようになった。裏切られたくない、怒鳴られたくない、こわい目で見られたくない、からの「偽りの自分」。まさに塚越看護師やAさんが教えてくれたことはとても多く、深いのだ。特にこの2つを所産の代表として挙げる。

4.やっと出せた「ほんとうの自分」

1つめとして、私は、やっと「ほんとうの自分」を出せたということ。すなわち今までの【優しい自分】や【感じのいい自分】という「偽りの自分」のなかで精神科看護をしていたと直面することができたことである。

私は、「精神科看護たるもの」という枠づけが人よりも強いことを自覚している。いつも微笑みを絶やさず、思いやりをもって、傷ついた人々に献身的に尽くす、ナイチンゲールや白衣の天使や理想の母親のイメージだろうか。少しオーバーかもしれないが、私は、「それが当然のこと」と言わんばかりに、たとえばスタッフが患者の訴えに感情的な対応していたら、その場面に遭遇したことに、つらく悲しくなり、やんわりとではあるが「看護師として心得るべきこと」を伝えていたくらい。

ちなみに、その中身とは、学生時代も、多くの研修でも繰り返されている精神看護の中心で、~心の安全基地になる~、~患者のニーズや意向を尊重する~、~本人の生活のペースや価値観を尊重する~などで、「尊重」という言葉や「役割」「患者-看護師関係」が私のなかにはたくさんあり、気づくとそれらがどっぷりと沁みついてしまっている。

もちろんAさんに対しても、入院直後の攻撃性の影では、実はAさんは怯え、不安なんだろうなと理解しようは思っている。しかし、2人だけの密室のなかで、受け入れがたい怒りや憎悪などの感情が否応なく降りかかり、あるとき、ついに「Aさんの気持ちは解れません。私は今、こわいし、つらいし、ここから出たいと思ってしまっています」とおそるおそる伝えた。その後どうなったかは想像にかたくないと思う。もちろん「あなたは最低の看護師。もう2度と来なくていい」と言われてしまった。

胸が引き裂かれそうになりながら溢れ出しそうな感情をグッと堪え、ナースステーションに戻った。そこにいたスタッフへ報告と相談をすると、「看護師として心得るべきこと」などは二の次さんの次で、「あ~言ったんですね。自分なんかいつもそう言ってますよ。あとで平井さんに叱られますけどね」と……。そういうことか、「精神科看護師たるもの」以前に「ほんとうの自分」で向き合わなければ、感情や葛藤が無視されたままで、Aさんは私にファンタジーを向け続け、お互い妙な共生関係が結ばれ、実の治療的関係は、一向に構築されていかないのではないか……。

塚越看護師にも、なぜか本心をスルッと言ってしまい、とても後悔してしまったが、初めて自分の言葉でわからなさを口にして、そんな自分を「そうだったのね、こわいのね、離れたかったのね、確かに悔しいわよね、ここでギブアップしたくない」と受け入れながら、ほどほどの心的距離感を保つことや「精神科が好き!」という特別感から、均一感を意識すること、わからなさやその曖昧さというギャップを確保することが自己の存立にも大きな意味をもつ気づきとなった。

これは、「精神科看護たるもの」と誇示したり、なにかができる能力ではなく、なにもできない無力感や空しさに耐える能力をもつことが、依存症のケアとして大切な希望へとつながっていく技術であると再認識できた。

5.人生の再構成に立ち合う

また2つめとして「語り」が生まれる関係が大切であるということ。それは、Aさんのように自我が脆弱で、自己の価値に確信が持てず、失望や悔しさ、寂しさなどが渾然一体となって、医療者を「怒りと恨み」の対象とする患者にとって、また同席する自分にとってもいかに「語り」をつくり出すことが重要であるかと考えている。

Aさんは、私との関係で、これまでのつらい生い立ちや重要他者に裏切られた過去、恋愛などを、「語り」を重ねることで自然と話してくれた。「障害者枠でここのスタッフになって自分みたいな人を助けたい」と将来の夢も語ってくれた。「語り」によってAさんらしさの再構成を助け、これからの人生へと「新しい語り」「いまだ語られなかった物語」が、新しい「Aさん」を紡ぎはじめた場面に立ち会えた感覚があり、とても感動したことを覚えている。

そして、「語り」を引き出すということは、「こうするほうがいいと思います」など余計な提案や選択を慎み、いわゆる「無知の姿勢」を保ち続けることであり、これまでの私に欠けていた部分(知識やコミュニケーション技術を前面に押し出していた)であったことにも気がついた。

私は今日も、【私は精神科の看護師!ダメ、ダメ……そう思っちゃいけない】と感情労働を必死にしつつも、「ほんとうの自分」を承認しながら、「この人に話したい」と思ってもらえるように「無知の姿勢」で、そして、患者-医療者間が、ユニークで溢れ、果敢に患者のつらさに向き合うヒーロー的存在のスタッフに支えられながら、ハマったふうに「やっぱり精神科看護が好き!」と、ここにいる。

プロフィール:平井尚子
昭和大学附属烏山病院 看護師

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