第一線で活躍する医師や看護師、医療従事者などが講師として登場し、わかりやすく解説する「メディカのセミナー」。
今回は、大好評の「ポリヴェーガル理論」解説チャプターを、メディカLIBRARY限定で特別配信します。
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講師
立岡 弓子
滋賀医科大学医学部看護学科実践看護学講座(母性・助産)教授
<どんなセミナー?>
助産師や看護師として日々出会う患者さんの中には、性暴力・DV・虐待の被害を受けながらも声を上げられず、苦しんでいる方がいます。そのような患者さんは自ら助けを求めることが難しい場合が多く、医療従事者が最初に気づく立場となることも少なくありません。
本セミナーでは、フォレンジック(法医学)看護の専門家であり、SANE(性暴力被害者支援看護職)としてご活躍中の立岡弓子先生が、暴力のサインに気づく視点・初期対応の要点・支援機関との連携の進め方まで、豊富な事例を交えて解説します。
配信|ポリヴェーガル理論
性暴力の被害には「日付がない」と言われます。性暴力は非常に大きな破壊力を持ち、体への暴力もつらいけれど、それをはるかに上回るとも言われています。
さらに、性暴力は「生きるための力」、命の源を壊すとまで言われています。自分を大切にして生きていくこと、尊厳や自尊心、生きていく希望を奪う。
にもかかわらず、被害者に責任を問う歪んだ社会構造がこれまであったことを、先ほどの判例を振り返りながら、私たちは理解していく必要があると思います。
そして、強姦神話が刷り込まれている警察、弁護士、医療者、家族などの周囲の人たちが、被害女性への理解を十分に持てていない現実もあります。
受診に来た被害者に対して、「なぜそんな時間に歩いてたの?」「そんな服装で歩いてたらダメでしょ?」「お前が悪い」「なぜ自分の家に入れたの?」「なぜ加害者の家に行ったの?」「好意的な内容のやりとりはどういうことなの?」「本当は望んでたの?」「好きだったんじゃないの?」といった言葉が投げられることがあります。実際に口にはせずとも、心の中でそう感じてしまうこともあるかもしれません。
私たちの中に、強姦神話が刷り込まれているからこそ、つい「どうして?」と思ってしまう。悪いのは加害者なのに、被害者が悪いかのように、責任があるかのように思ってしまう自分に気づくことは、とても大切だと私は思います。
なぜ私たちは、性暴力・性被害・性犯罪において、被害者の側の問題を注視してしまうのでしょうか。それが、被害者が味わっている屈辱感につながっているのではないでしょうか。
強姦神話(レイプ神話)とは、性暴力に関する誤った信念や偏見のことを指します。
こうした神話は、被害者を非難したり、加害者の行為を正当化したりする要因となり、性犯罪の認識や対応に悪影響を及ぼします。私たちは、まずそのことを知っていきましょう。
たとえば「挑発的な服装・行動をする女性が性暴力を招く」という考え方があります。しかし、可愛い格好で、短いスカートで道を歩いている女性は、その日、性被害に遭うつもりで外を歩いているわけではありません。
ほかにも、「女性でも本気で抵抗すれば被害を防げる」「性暴力の被害者は若い女性だ」「加害者は見知らぬ人が多い」「被害者はすぐに警察に届けるはずだ」といった思い込みもあります。
けれども、これらは事実と違います。実際には、性暴力の被害は年齢や性別を問いませんし、加害者は知人や身内であることも多い。私たちは、こうした誤った信念や偏見を取っ払う必要があります。
強姦神話は、被害者が自責の念に駆られたり、支援を求めることをためらったりする原因にもなります。強姦神話を信じないでください。強姦神話に正しいところはない、ということを知ってほしいです。
被害の最中や被害直後、被害者の中で何が起きているのか。専門家がそれを知らないままでいてよいのでしょうか。
被害者は「どうしてあのとき動けなかったのか」「どうして相手の言うとおりに従ってしまったのか」と自分を責め、それが回復の妨げになっています。頭が真っ白になる、フリーズする、動けない、覚えていない。そうした反応が起こり得るのです。
実際に判決文の中にも、「頭が真っ白でした」「声が出なかった」「固まって動けなかった」「よく覚えていない」といった記載がありました。
被害の最中・直後に人がこのような状態になり得ることを、専門職が知らずにいると、「本当にそうなの?」「どうして動けなかったの?」「どうして相手に従ってしまったの?」と、被害者に問いかけてしまうことがあります。被害者は、時間が経ってからもその言葉や視線を受けて、さらに自責を深めていきます。
そして、その自責こそが、被害者の心身の回復の妨げになっているのです。だからこそ、被害直後に被害者の中で何が起きていたのか、専門職・専門家が理解することが大切です。
そのためには、「ポリヴェーガル理論」がとても大切な、科学的根拠となる知識になります。ポリヴェーガル理論は、看護職、とくに性犯罪被害者の看護にあたる者にとっては、必ず知っておく必要がある知識です。
スティーブン・ポージェス博士は神経生理学者で、1994年にポリヴェーガル理論を公表しました。
みなさんもご存知のように、自律神経系には交感神経と副交感神経があります。ポージェス博士はこの理論の中で、「副交感神経は2つの神経枝に分かれる」、つまり1つではなく多重なのだと捉えました。多重を意味する「ポリ(poly)」と、迷走神経を意味する「ヴェーガル(vagal)」を組み合わせて、「ポリヴェーガル理論」と呼ばれています。
交感神経は、緊張や興奮、逃げる、戦うといった反応に関わり、スポーツや仕事など活動しているときに優位になりやすい神経です。一方で副交感神経は、リラックスや休息に関わり、健康や成長にとっても重要で、休んでいるときに優位になると言われています。
被害を受けたときは、交感神経が先に優位になるわけではありません。副交感神経には2つの神経枝があり、「背側迷走神経系」と「腹側迷走神経系」があります。危機に直面したとき、最初に優位になるのは背側迷走神経系です。
スライドに「危機に面すると酸素を使わずにじっとする」と書いてありますが、衝撃的な出来事が起きたとき、人には無意識にブレーキがかかります。じっとする、凍りつく、これがいわゆる「フリーズ」です。
そして、フリーズしてブレーキをかけたまま、「戦えるかな」「逃げられるかな」と見極める時間に移行していきます。ここでようやく交感神経が優位になります。戦える、逃げられると判断できれば、交感神経が優位になって心拍が上がり、酸素を使って体を動かし、「よし逃げよう」と逃げることができます。
しかし性犯罪の場面では、人はその場をやり過ごそうとします。生き残るため、これ以上のことが起こらないようにするために、腹側迷走神経系が「やめておこう」「安全の合図を待とう」「迎合しておこう」という反応を引き出します。性犯罪では、背側迷走神経系→交感神経系→腹側迷走神経系という経路をたどることが多いということです。
この神経生理学的な理論から、被害直後にフリーズすることや、覚えていないという反応が起こり得ることを理解できるのではないでしょうか。
腹側迷走神経系が優位になることで「迎合」が起こります。迎合とは、国語辞典的には「自分の考えを曲げてでも相手に合わせる」反応です。性犯罪・性被害においての迎合は、被害者の性格や意思の問題ではなく、生き残りをかけた神経系の反応である、ということです。
ポリヴェーガル理論を理解していると、被害を受けた直後に何が起きているのかが見えてきます。被害者に起きているのは、混乱と恐怖です。何が起きているのかが分からない。「え、今、自分は被害を受けているの?」ということ自体が分からない。頭が真っ白になって、どんな行動を取ればいいのか分からない状態になっている、ということです。
さらに恐怖反応も起こります。手が震えて足に力が入らない。命令に従ってしまう、いわゆる迎合です。ポリヴェーガル理論では、これは「ニューロセプション」という無意識の安全感知の働きだと説明されています。
人間は意識で考える前に、神経系レベルで環境の安全性を判断し、それに応じて自律神経の状態を変化させているのです。だからこそ、副交感神経が優位になり、逃げない、抵抗しないという反応が起こり得るということです。
「なぜ逃げなかったのか」「なぜ抵抗しなかったのか」。それは、被害者の背側迷走神経系が優位になり、無意識のブレーキ=フリーズが起きていたからだ、と理解できます。そしてそれは、生きるための反応なのだと。
この理論から私たちは学び、理解し、被害者を支えていくべきです。そうあってほしい。今日は、そのことを分かってほしくてお話しています。
いかがだったでしょうか。「すごく納得できる」と言ってくださる方もいます。ポリヴェーガル理論は関連書籍もいろいろ出ていますので、書店で手に取ってみるのも良いのではないかと思います。
ご購入いただくとすべてのプログラムがご覧いただけますのでぜひご検討ください。
プログラム
1.性暴力とは
・イントロダクション
・暴力の定義・種類
・親密なパートナー間暴力(IPV)
2.社会施策への理解(法律・制度)
・不同意性交等罪
・性暴力被害女性と社会におきている理不尽さ
・裁判事例からみえること
3.ポリヴェーガル理論
・性暴力被害の実際
・性暴力被害への誤った信念や偏見
4.性暴力被害とジェンダー
・女性の性と人権
・トラウマの性差
5.性的合意(同意)とは
・医療者に必要な知識
・事例の提示
・警察関係者への研修・参加者の感想
6.知識をもつことの大切さ
・性暴力の影響
・トラウマを抱えるということ
・医療者に必要な知識とは
7.暴力への気づきの必要性と被害者からのサイン
・暴力の存在に気づくこと
・被害女性の事例
・周産期における注意すべき臨床症状
8.被害に気づいたら
・性暴力対応看護師(SANE)
・被害に気づいたら
・被害者への対応
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