CASE003:なかなか現れなかった夫|ケアマネ医師は患者・家族とどう向き合ってきたのか 認知症の介入困難事例アプローチ|西村知香

CASE 003 
71才女性

認知症という病気は、病識がないという特徴があります。
病識というのは、自分に何らかの症状があることを自覚することです。もちろんすべての患者さんがそうではありませんが、多くの場合、ご自身で症状に気づいていないため、周囲の人が気づいて病院に連れて行こうとしても、受診に繋がらないことが多いのです。

このため、時には「健康診断ですよ」とか、「かかりつけの先生が精密検査を受けてくるように指示したので、検査してきてください」などと言って、本人をだまして連れて来ることがあります。

当院では、家族が本人をだまして連れてくる場合には、口裏を合わせて、上手に誘導して、検査や診察を受けてもらうようにしています。何度もしつこく受診を促すことにより、家族と本人の関係が悪くなり、家族が付き添って来られなくなるケースもあります。

友人が付き添ってくる

X年4月、物忘れがあり、怒りっぽいとのことで、友人と別居の息子に連れられて当院初診しました。

初診時、物忘れ自体は軽度でしたが、言葉が通じにくくなっていて、会話がかみ合わず、イライラしてしまうようでした。MMSE は14点で、年・月・日・曜日がわからず、計算はまったくできず、図形が描けませんでした。口頭指示で動作を行う項目も、できませんでした。

MRIによる画像検査では、左側頭葉に顕著な萎縮がありました。左側頭葉は言語中枢があるところですので、失語症の原因は、この側頭葉の萎縮と考えられました。

段取りが苦手になり、調理の手順がわかりません。放っておくと服も着替えません。自分が着ている服が汚れていても気がつきません。異常に寒がり、下着を5、6枚重ねて着てしまいます。

息子の話では本人は夫と二人暮らしですが、夫婦仲が大変悪くなっていました。毎日夫が世話をしていますが、夫の援助を拒否することが多く、激しく抵抗することもあり、介護に難渋しているとのことでした。

これまでの経過

X-3年、イライラしやすくなりました。当時、本人は認知症の両親を介護していたので、息子や友人は「介護疲れではないか」と感じていたそうです。この時期に感情のコントロールが難しくなってきたと考えられます。

X-1年、宅急便の伝票などいろいろな書類に字を書くのが難しくなり、漢字が徐々に書けなくなりました。失語症の始まりです。物忘れも出現しました。友人に対し、「頭の中で焦点が合わない。私、認知症ではないかしら」と話すようになりました。この頃には、まだ漠然とですが病識があり、自分の状態が少しわかっていたようです。

X年に入り、調理ができなくなりました。このため夫が調理するようになりました。実行機能障害で、段取りができなくなったのが原因です。小銭が数えられなくなり、支払いはすべて札を出して釣りをもらう形式になりました。失算という症状です。

病識はなくなり、夫が援助するようになったことについて、本人が不服に思い、文句ばかり言っています。小銭が数えられないので、夫が預かると、これについても「お金がない。夫に全部盗られた」と、言います。これにより、徐々に夫婦仲は悪くなっていきました。認知症も徐々に進行しました。

診断、治療を試みる

進行性失語症の状態でしたので、大脳皮質基底核変性症という病気を疑い、DATスキャンを行いました。DATスキャンというのは、大脳基底核のドパミントランスポーターを調べる検査です。これがちゃんと働いていると正常ですが、大脳皮質基底核変性症やパーキンソン病、レビー小体型認知症ではこの働きが悪くなります。

検査の結果は、特に萎縮が強い左側の大脳基底核で働きが低下しているというものでした。また念のため、 MIBG心筋シンチも施行しました。こちらの検査では、パーキンソン病やレビー小体型認知症で、自律神経機能が低下しているかどうかわかります。

MIBG 心筋シンチは正常でした。これにより大脳皮質基底核変性症と診断しました。

診断がついたところで、認知機能低下を防ぐ目的で、リバスタッチパッチ(R)★の投与を開始しました。リバスタッチパッチ(R)★は抗認知症薬の一つで、コリンエステラーゼを阻害して、脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンを増加させる薬です。皮膚に貼付することにより、有効成分が吸収され、認知機能の低下を遅くする作用があります。

この貼付剤により一時的に言語機能が改善し、息子との会話が改善したということでした。ところが間もなく、貼付薬によって皮膚のかぶれが生じ、スキンケアや軟膏の塗布など、何をやっても改善しませんでした。アリセプト( R )★、レミニール( R )★と、他のコリンエステラーゼ阻害薬も使ってみましたが、今度は吐き気、食欲不振、易転倒性などが出現し、これらも内服を続けられませんでした。

これらの薬と別の作用機序をもつ抗認知症薬、メマリー(R)★を投与したところ、こちらは副作用はなく服用することができました。しかし、リバスタッチパッチ(R)★を開始したときのような、めざましい効果はみられませんでした。

いつも友人が付き添って来ていましたが、友人の話によれば攻撃性が徐々に強くなり、口調がきつく、通りがかりの通行人にまで言いがかりをつけたりします。駅のホームでは、駅員に対しても「しょうがないわね!」とどやしつけるとのことでした。友人が付き添って一緒に行動していましたが、一緒にいると気苦労が絶えないということでした。

夫の登場、介護指導を受けてもらう

初診から半年経ち、初めて夫も一緒に来院しました。友人も付き添って来ていたので、診察途中で友人の方にお願いして、本人と一緒に待合室に出てもらいました。

夫の話では、保険証や通帳、キャッシュカード等を頻繁に紛失し、家のあちらこちらに現金が放置されている状況とのことでした。また、プラスチック容器をガスコンロに直接かけて、溶かしてしまったということです。下着姿のまま外に平気で出たり、すでに自動車を運転してないのにもかかわらず運転免許証を更新に行こうとする行動がみられます。スマートフォンやリモコンが使えなくなり、スイッチを闇雲に押してしまうので、真夏に暖房を入れてしまったりします。

生活は相当破綻してきています。危険な行動が多いため、夫もついつい声を荒げてしまうと言っていました。夫の口調が荒くなると、本人の抵抗も激しくなります。

やっと夫が私の前に現れましたので、夫に対して介護指導を開始しました。本人に対してあれこれ言うのではなく、黙って環境を整えていくように指導しました。特に運転免許証に関しては本人の執着が強く、これが主に夫婦不仲の原因となっていました。

手続きなどができなくなっており、放っておけば自然に免許は失効するので、何も言わないようにと指導しました。結局、免許の更新手続きが自分でできるわけもなく、そのまま運転免許証は失効しました。自家用車は、間もなく夫と息子で売却してしまいました。車がなくなると、間もなく車のこと自体を忘れて、本人は車のことを言わなくなりました。

次に本人がターゲットにしたのはお金のことです。夫が金銭管理を行うようになっており、本人の手元にお金はありません。お金の話が夫婦不仲の原因になりました。「夫がお金を盗った」と、そのことばかり話します。その前から下着を6、7枚重ねて着るなど、異常な着衣がみられていましたが、この頃には着衣失行が出現し、服のどこに手を入れるのかなどがわからなくなりました。

そのうち、お金のことだけではなく、薬や身の回りのものなど自分が無くしたものすべて、夫が盗んだと思うようになりました。もの盗られ妄想です。これでまた夫が通院に付き添うことができなくなりました。

夫とはメールでやりとりすることにしました。メールでやりとりするうちに、本人がまだ若く、保険の負担割合が3割で薬代が高いので、今後のことが心配との相談がありました。このため、自立支援医療の導入を行いました。金銭的な不安が取り除かれたためか、夫の気持ちに余裕ができたようでした。介護指導も続けているうちに、夫の本人に対する接し方が改善し、またときどき夫の付き添いを受け入れるようになりました。

治療方針の変更

X+1年、薬の飲み忘れが多くなりました。メマリー(R)★は服用していましたが、認知症の進行速度は変わりませんでした。

この時期、ちょうど介護認定の更新になりました。認定調査員が自宅を訪問し、本人にいろいろ質問しますが、うまく答えられないと代わりに夫が話します。すると本人の機嫌が悪くなってしまい、調査中に怒り出してしまいました。このため、思い切ってメマリー(R)★を中止して、抑肝散加陳皮半夏を開始しました。すると、1カ月半程で攻撃性が改善し、穏やかになり笑顔が出るようになりました。認知症は進行し、ズボンの上からストッキングをはくなど、異常な着衣がみられます。

薬はまったく管理できなくなり、あるとき漢方薬をすべて捨ててしまいました。漢方薬が切れて2週間ほどたつと、以前のような攻撃性が再燃しました。そして、いつも付き添って来る友人に対して依存性が出現し、一日中、頻繁に電話をかけるようになりました。これには友人も困りました。

漢方薬をなくさないように、これも全部、夫と息子で管理してもらうことにしたところ、また落ちついてきました。
友人に対しての電話も減りました。

「口に何かできました」というので診察すると、目に麦粒腫ができています。リモコンを冷蔵庫にしまう、ごみ箱に茶碗を入れる、箸を逆さまに持つなど多彩な症状が出ました。

この年の年末に、以前、本人が介護していた実母が他界しました。しかしその話を聞いても本人はケロッとしていました。

どんぶりをコンロに置いて、中にじゃがいもを入れて火を付けます。目を離すと、タイツを穿いただけの姿で、外出します。その姿で隣りの家を訪れます。常に目が離せなくなり、朝から晩まで夫がつきっきりとなりました。
夫がへとへとになってきました。このため相談の上、抗精神病薬の併用を開始しました。
ロナセン(R)2mg 錠を、1日3回内服してもらいました。

病気が進行し、精神症状が変化

X+2年、診察室に入るとき、「はじめまして」と挨拶されました。穏やかになりましたが、会話はまったく成立しません。発話量は多いのですが、医師に向かって笑顔で「ぶっそうになるから」と意味不明の言葉になっています。

しばらくすると、典型的な大脳皮質基底核変性症の症状が出てきました。一つは、パーキンソン症候群です。バランスが悪くなり、動作緩慢となり、体が曲がってきました。抗精神病薬の服用により、薬剤性パーキンソン症候群が加わり、症状が顕著となったと考えられました。同時に、右手足が動かなくなってきました。右不全片麻痺です。以前からあった、左側頭葉の萎縮に加え、左前頭葉も萎縮して、運動麻痺が出現したのです。

左の大脳は、右利きの患者さんにとって「優位半球」と言われます。優位半球の症状としては、前頭葉症状として右片麻痺や運動性失語が、側頭葉の症状として、記銘力障害や感覚性失語がみられます。

運動性失語は、言葉を話す機能が低下します。感覚性失語は、言葉を聞き取る機能が低下します。また、頭頂葉の症状として、手指失認、左右失認、失算、失書が出現します。これを、ゲルストマン症候群と言います。

この方の場合には、初診時から小銭が数えられない、MMSE のセブンシリーズ(100から順に7を引いていくテスト)ができないなど、失算が目立ちました。また、名前や漢字が書けないなど、失書の症状もありました。そして、進行してから左右失認も出現し、靴の左右の区別がつかなくなりました。

さまざまな変化を経て、共倒れの危機に

半年経った頃、落ち着きがなくなりました。以前は夫に対しての攻撃が目立っていましたが、もはやまったくありません。ただ、ウロウロと歩き回っています。診察中も座っていることができず、立ったり座ったりです。

診察で医師が話しかけると、穏やかに返事はしますが、すぐに立ち上がってしまいます。食事も一口食べては動き回るようになって、体重が減少しました。箸や食器の使い方も忘れ、手づかみで食べるようになりました。

再び夫がつきっきりの状態となり疲弊してきました。目に見えてやつれてきました。このままでは共倒れです。自宅での介護は限界だと思いました。入院させたほうがよいと考え、認知症疾患療養病棟をいくつか紹介しました。と同時に、ダメもとで食欲増進を期待して、ロナセン(R)★2mg錠を、セロクエル(R)★25mg錠に切り換えました。

紹介先の病院宛てに、診療情報提供書を用意して、次の診察日を迎えました。すると、落ちつきが戻り、笑顔が出るようになり、食事も取れるようになりました。夫の顔色も少し良くなっていました。

ほぼ発語がなくなり、攻撃性はありません。パーキンソン症候群や右片麻痺は徐々に悪化していますが、辛うじて自立歩行できています。夫は、「もうしばらく自宅で介護します」と私に言いました。

気がつけば、初診から2年半経っていました。さまざまな出来事が次々と起こり、あっという間でした。しかし、これで終わりではないようです。この夫婦とは、まだこの先も付き合うことになりそうです。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。