CASE005:聞こえないだけ?|ケアマネ医師は患者・家族とどう向き合ってきたのか 認知症の介入困難事例アプローチ|西村知香

CASE 005 
76才女性

高齢者の認知症をおもに診療しているので、日々難聴者とのコミュニケーションを工夫しています。聴力が低下している場合には、拡声器を使用すると、会話がスムーズにできることがあります。それでも会話ができない場合には、筆談になります。

聞こえないから認知機能が低下しているのか、認知機能が低下しているから聞こえないのか、わからないこともあります。音が聞こえているのに、意味が理解できない、感覚性失語や、聴覚失認など、様々な可能性を忘れてはいけません。聞こえないことによるコミュニケーション不足が、精神的な症状を悪化させていることもあります。

役所の窓口で「家族に暴力をふるわれた」と訴える

まったく耳が聞こえない高齢の女性が、ある日、役所の窓口を訪れました。

耳が聞こえないため筆談での会話でしたが、女性は「同居の娘に蹴飛ばされて倒れた。水をかけられた。婿からは顔を15回ぐらい殴られ、髪の毛を引っ張られた」と訴えました。女性は興奮して、泣き喚いていました。驚いた役所の担当者が虐待と判断し、施設に緊急措置で4日間保護する事態となりました。

実はこの女性は、当院の通院患者でした。虐待の事実はなく、家族が心配して当院に相談に来ました。役所のほうでも本人の通院歴を調べ、当院に問い合わせてきました。当院からの説明で虐待ではないことがわかり、措置を解除することになりました。しかし、本人の被害妄想がひどく、興奮状態で、とても自宅には帰れそうにありません……。

これまでの経過

X-18年、実母が認知症になり介護していました。ストレスで眠れなくなり、意欲低下が出現。メンタルクリニックに通院開始し、薬物療法で改善しましたが、本人はいつまで経っても「眠れない」と訴えていました。このため、長年睡眠薬を飲むことになりました。

X-11年、夫ががんで他界。弔問客を接待しているうちに意識を失って倒れ、前後3日間の記憶が消失しました。独居になったので、娘が引き取って同居することになり転居しましたが、ガスコンロの使い方が覚えられませんでした。最初の脳梗塞の発作だったと思われます。

X-9年、娘がもの忘れを心配して病院受診させたところ、長谷川式という知能検査で27点でした。長谷川式は30点満点の検査で、27点というと認知症の前段階、軽度認知障害の点数です。頭部CTで前頭葉萎縮を指摘されました。前頭葉の萎縮というのは、典型的なアルツハイマー型認知症の所見ではありません。

アルツハイマー型認知症では、頭頂葉や側頭葉の萎縮がみられることが多いのです。前頭葉から萎縮してくる病気としては、前頭側頭葉変性症や血管性認知症が挙げられます。しかしながら、長谷川式の点数が良かったため、経過観察となりました。

X-6年、突然、幻聴が出現しました。難聴がひどく、会話もままならないのに「自宅の裏からピアノの音がする」と訴えます。同時期からふらつくようにもなりました。この頃に娘に内緒で銀行口座を開設。娘に対して、何らかの被害妄想があったようです。恐らくは、もの盗られ妄想でしょう。自分の預金を、その内緒の口座に移しました。

X-3年、もの忘れや会話がかみ合わないなどの症状が徐々に進んでくるので、娘がおかしいと思い、再度、病院受診させて検査してもらったところ、長谷川式26点でした。ほとんど低下していません。このため、また経過観察となりました。

X-2年、突然に耳がまったく聞こえなくなりました。このときから筆談になりました。テレビのコンセントが外れているのに気がつかず、「テレビがつかない」と騒いでいました。スイッチの消しかたがわからないで、自分でコンセントを抜いたようですが、後になってそれを覚えていませんでした。

ある日、娘が食事の支度をして、準備ができたので食べるように促すと、「なくなっちゃうから」と返事しました。おかしな返事で意味不明です。食べないでいるので再度促すと、「食べるなと言われた」と言います。会話がかみ合いません。脳梗塞の再発による、せん妄状態だったようです。

このため、当院を受診されました。初診時、聴覚障害の障害者手帳を持参されました。本人の診察は筆談で行いました。娘の話では、鍵などの置き忘れが多く、探し物ばかりしているとのことでした。不安感が強く、貧困妄想があり、「薬代がかかる」と言って、医療を受けるのを嫌がっています。介護サービスも拒否しています。

娘に対するもの盗られ妄想を認め、頑固で拒絶的な態度です。睡眠リズムが崩れており、ランダムに寝たり起きたりの生活で、食事も規則正しく食べられないので体重が減ってきていました。また、面倒がって入浴を嫌がります。

聴覚障害に配慮して、筆談でMMSEという知能検査を行ったところ、30点満点で28点でした。この点数ですと、軽度認知障害の診断になります。頭部MRIでは、海馬の萎縮は軽度でしたが、大脳白質に強い虚血性の変化を認め、脳室拡大が顕著で、大脳皮質もびまん性に萎縮していました。このため、血管性認知症と考えられました。

血管性認知症では、前頭葉機能の低下が見られる人が多く、意欲低下、うつ状態を伴います。また前頭側頭葉変性症のような行動障害が出現し、周囲に配慮できない、我慢がきかないなど、性格が変わることもあります。

振り返ってみると、いつも突然、新しい症状が出現し、そのたびに階段を降りるように悪化してきています。このような経過は「階段状悪化」といって血管性認知症の特徴です。

抗認知症薬を開始し、もの盗られ妄想は解消しましたが、それ以外の症状は徐々に進行しました。

尿失禁が出現。小銭の計算ができなくなり、掃除や片付けなどもできなくなりました。銀行でお金が下ろせなくなりました。水の出しっ放し、電気の付けっ放しなどがあり、ゴミの分別もできなくなりました。娘に手伝ってもらうことが増えました。

色々なことができなくなり、娘に手伝ってもらうことが嫌で、自分自身に対しての不満がつのってきたようです。娘だけでなく、娘婿も何かと手伝ってくれるようになりましたが、それも嫌だったようです。気分が落ち込み、徐々に怒りっぽくなり、イライラして眠れないということが増えました。うつ状態の合併と考え、抗うつ薬を併用したところ、怒りっぽさや、不眠が解消しました。抗認知症薬と抗うつ薬の併用でしばらく落ちついていました。

脱抑制、躁状態となる

X-1年、徐々に不眠が再燃し増悪したため、抗うつ薬を増量しました。すると、躁転してしまいました。躁転というのは、躁うつ病(双極性障害)の人が、うつ状態から躁状態に入ることを言います。うつ病だと思って治療していると、突然、躁状態になるので、双極性障害だったということが判明し、そういうときには、すぐに抗うつ薬を中止しなければなりません。

以前は貧困妄想があり、医療機関受診さえ控えていたのに、躁状態となり、気が大きくなり、浪費するようになってしまいました。部屋の中に、通販で買ったサプリメントや化粧品が積み上がり、娘夫婦が片付けようとすると怒り出します。不要になったダンボールも捨てようとすると怒るので、ゴミ屋敷となってきました。耳がまったく聞こえないのに、テレビショッピングに電話して、一方的にしゃべって注文しているようでした。

娘夫婦が介入に難渋し、家の中はどんどん物が増え、殺伐としてきました。抗うつ薬をやめてもなかなか症状が良くならず、抗精神病薬を開始しました。統合失調症や双極性障害、難治性のうつ病に使う薬です。認知症専門病棟への入院の相談も始めました。

その矢先、本人が脳内出血で突然倒れ、緊急入院になりました。軽い麻痺が残りましたが、幸い後遺症は軽く、2週間ほどで退院してきました。診断は、アミロイド・アンギオパチーでした。

アミロイドというのは、細胞内にたまるタンパク質の一種です。かたまりになると毒性を発揮し、細胞を壊してしまいます。アミロイドが脳の神経細胞にたまると、アルツハイマー型認知症になります。脳内の血管壁の細胞にたまることもあり、血管壁が壊れて、脳血管障害を起こすのがアミロイド・アンギオパチーです。度重なる脳梗塞も、アミロイドが原因だった可能性があります。

その後、首が垂れてきました。甘いものがやたら好きになり、たくさん食べて太ってきました。抗精神病薬の影響も、考えられました。よくある副作用は、パーキンソン症候群という運動機能障害です。

パーキンソン病のような小刻み・すり足歩行になり、首が垂れたり、背中が丸くなったり、体が右や左のどちらかに傾くなど、ジストニアと呼ばれる症状が出ることがあります。血管性認知症自体でもパーキンソン症候群を伴いますので、よりいっそう症状が悪くなるということです。また薬の種類によっては食欲が亢進し、過食となり、体重が増加します。

抗精神病薬の投与で、情緒は安定していました。首が垂れたり、過食になっていましたが、娘が入院させたくないということでしたので、服薬を継続しながら外来でみていくことになりました。

薬が飲めなくなり、認知症の進行と、精神症状の悪化

X年、睡眠薬をもらっているのに、忘れて薬局で市販の睡眠薬を買ってくるようになりました。抗精神病薬の効果が不十分となり、同居の娘や孫と喧嘩になり、娘がうつ状態になりました。

便失禁するようになり、便器を汚します。転倒しやすくなり、骨折してしまいました。間もなくどうして骨折したのか、忘れてしまいました。

これについて娘に対する被害妄想が出現し、「娘に蹴飛ばされて倒れた。水をかけられ、婿からは顔を15回ぐらい殴られた。髪の毛を引っ張られた」と訴えるようになり、周囲の人に話すようになりましたが、取り合ってもらえなかったので、自分で役所に行ったのです。

そして冒頭に書いてあるように、役所の窓口で興奮して騒ぎ、措置入所となりました。自宅を調べたところ、飲んでいない薬が大量に出てきました。薬カレンダーを使うことを拒絶していたので、いつの頃からか薬を内服できていなかったのです。

役所のほうでは虐待でないことがわかりましたので、すぐにでも自宅に返そうとしました。しかし、このまま自宅に帰っても、うつ状態のご家族に対して攻撃性が高まっており、介護はできないと考えました。このため、認知症治療病棟に入院していただきました。

病院では、薬剤調整にて速やかに精神状態が安定しました。脳血管障害による器質性精神病と診断されました。入院中には、MMSEなどの知能検査で記銘力障害や見当識障害が見られず、妄想や暴力も見られなかったのです。

認知機能の低下は、「難聴によるコミュニケーション・エラーが原因」という診断結果になりました。「聞こえないだけ」というわけです。落ち着いたので間もなく退院となりました。薬局に居宅療養管理指導を依頼し入っていただきましたが、当初は薬剤管理ができず、ほとんど飲めませんでした。

娘はこの診断に納得できず別の病院受診を希望しましたが、本人の拒絶が強く、なかなか連れて行けませんでした。

知能検査ではわからない、認知機能の低下

X+1年、薬局の居宅療養管理指導が入っていたにもかかわらず、本人が薬局に薬を取りに行ってしまうようになりました。自宅に帰ってからも、入院前と同じ妄想が再燃し、結局落ち着いていたのは入院している間だけでした。

易転倒性も悪化しました。徐々に体が曲がってきて、動作緩慢となりました。尿意や便意がわからなくなり、両便失禁状態です。大脳全体の血流低下による症状と考えられました。小刻み歩行で前のめりとなり、四点杖を利用するようになっていました。

年末に再度転倒し、大腿骨頚部骨折となり、今度は整形外科に入院となりました。それから約1年通院が中断となりました。

X+2年、骨折後、介護老人保健施設でリハビリテーションを行い、退所と同時に特別養護老人ホームに入所されました。特別養護老人ホームに移ったのを機に、1年ぶりに来院しました。平らな室内は平行棒で歩けるようですが、外出時は車椅子介助です。

頭部MRIで大脳全般の虚血性変化が悪化しており、海馬の萎縮は進んでいました。それなのに、診察時のMMSEでは、記銘力障害、見当識障害が見られません。生活の中で、様々な認知機能の低下が出てきているにもかかわらず、知能検査を行うと正常なのです。今回も脳が萎縮してきているにもかかわらず、知能検査の点数だけは良いのです。

長年にわたり、色々な病院で「知能検査は正常」「耳が聞こえないだけ」と言われていた人です。知能検査でわかるのは、記憶力や計算、読み書き等の言語機能、図形の認識など、側頭葉や頭頂葉の機能です。

この患者さんのように、前頭葉機能の低下が中心の場合、知能検査では引っかかってこないのです。知能検査だけで判断してはいけないことを、忘れてはいけません。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。