CASE014:うつ病と言われて|ケアマネ医師は患者・家族とどう向き合ってきたのか 認知症の介入困難事例アプローチ|西村知香

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前回も書いたように、認知症は一つの病気ではなく、いろいろな病気の集まりです。症状も多彩で、いろいろな病気を知っていないと診断が思いつきません。

もの忘れをする病気と思われがちですが、人格が変わったり、社会性が失われたり、やる気が低下したり、幻聴が聞こえたりなど、精神疾患の症状を示してくるタイプもみられます。

CASE 014
75才女性

「嫁が浮気している」

いつも通っている患者が、いつになくハイテンションであれこれ多弁に話し、本人は上機嫌で診察を終えました。

「今日は随分ご機嫌ですね」と私が感想を言うと、「そうですね」と嫁も同意しました。診察が終わって本人が出て行った後で、さっきまで黙っていた嫁が何か言いたそうにしているので、引き止めて話を伺いました。

あらためて、「何か変わったことがありましたか?」と尋ねると、「私が浮気していると言うんです。私に言うのではなく、近所の人や親戚に言いふらされて困っています」というのです。
妄想です。

誰彼構わず、いろいろな人に妄想の話をするので、知らない人は信じてしまうのではないかと、嫁は不安に思っているとのことでした。

嫁は本人に付き添って長く通院していて、私とも長い付き合いです。浮気どころか、日々姑の世話に追われています。その他にも、最近、本人は隣近所の花壇から花を持ってきたり、いろいろと困った症状が出ているようです……。

これまでの経過

もともと神経質で、不安の強い性格だったとのことでした。

X-11年、「庭に出ると、隣家の人が悪口を言っているのが聞こえる」と言い出しました。

X-9年、夫が他界し、以後眠れなくなり、動悸がするようになりました。不安感が強くなり、3分ごとに血圧を測るなど、自分の健康状態を異常に気にするようになりました。

近所のメンタルクリニックを受診し、うつ病と診断され、抗うつ薬を処方されました。なかなか良くならず、あちらこちらのメンタルクリニックを渡り歩きました。いわゆるドクターショッピングです。

X-8年、「悪口を言われている」という妄想がひどくなりました。本人は「頭がもやもやする、眠れない」などと訴え、大きな病院の精神科を受診し、別の抗うつ薬を飲み始めました。

人柄が変わり、孫を虐待する

X-7年、同居の小学1年生の孫をいじめるようになりました。嫁が注意すると、逆ギレするようになりました。もとの神経質で不安の強い性格は影を潜め、やりたい放題の言いたい放題です。人格を司るのは前頭葉です。このころから明らかに前頭葉の変化が起こっていました。

X-6年、動悸を訴えて、夜間救急車を呼ぶことが頻繁になりました。病院に運ばれても異常が見つかりません。とにかく我慢ができなくて、すぐに119番してしまいます。衝動性が増してきたのです。これも、前頭葉の機能の低下です。

X-5年、「健康状態が悪くなったから」と主張して、親しかった友人と外出するのをやめました。「異常なし」と言われているのに、血圧の薬を飲みたがり、内科医に頼み込んで降圧薬を処方してもらっていました。

わがままで、自己の主張を押し通します。Going my wayと言われる、前頭葉症状です。

X-4年、「隣の家の人が私を見張っており、『臭い』と文句を言う」と主張して、空気清浄機を3台も購入しました。これは、窃視妄想と自己臭妄想です。

X-3年、本人は「頭がもやもやするのが良くならない」と言って、別の精神科に通うようになりました。そこでもうつ病と言われて、抗うつ薬と睡眠薬を処方されました。

この症状は、体感幻覚だったかもしれません。体感幻覚というのは、幻覚の一種で、実際にはない症状を感じてしまいます。

それでも改善しないので、また別の大きな病院の精神科を受診しました。そこで初めて、大脳萎縮が見つかり、うつ病ではなく認知症の可能性があると指摘されました。ここまでで8年もかかりました。

パーキンソン症状の出現

このころからバランスが悪くなり、歩行が緩慢になりました。また、ゆっくりしかしゃべられなくなりました。流涎が出現しました。顔つきが悪くなり、能面のようになりました。パーキンソン症状で「仮面様顔貌」と言います。顔面の筋肉が硬くなり、表情が出なくなります。

上記のため、嫁の付き添いで当院を初診しました。初診時、記銘力障害があり、前日の記憶がありません。身近な物をなくします。妄想があり、「隣家の人に悪口を言われる、臭いと言われる、家を覗かれる」「宅急便の配達員が来て荷物を置いて行ったが、後から配達員の上司が来て、荷物の写真を撮って『詐欺だ』と言っていた」などと訴えます。

頭部MRIでは、大脳萎縮を認め、脳室拡大もあります。認知症の種類を調べるため、DATスキャンや、MIBG心筋シンチを受けていただこうと思いましたが、大きな病院に連れて行くのが難しいとのことでした。

DATスキャンも、 MIBG心筋シンチも、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、大脳皮質基底核変性症などの鑑別に必要な検査です。大きな病院に連れて行くのがたいへんとのことでしたので、まずは薬物療法を行って、薬剤の反応をみることにしました。

認知症のタイプがわからないまま治療を始める

アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症で、アリセプト®を服用することによって進行予防や症状の改善が期待できます。特にレビー小体型認知症の場合は著効するので、「薬が著効した」というだけでも診断の一助になります。

このため、まずはアリセプト®を処方しました。3mgで副作用がありませんでしたので、維持量5mgで経過を見ました。すると、間もなく機嫌が良くなり、かなり緩慢になっていた身体の動きも改善したということでした。

試しに本人に薬を管理させたところ、飲み忘れがありました。このため、嫁に薬を管理してもらうことにしました。

しばらくすると顔つきが良くなり、笑顔が出るようになりました。著効とまではいきませんが、改善がみられました。

外来で経過を見ていると、単語を間違える「錯語」という症状が出現し、リンゴのことを「柿」と言い、治りません。「頭がもやもやする」という訴え以外に、「足の裏にまめがいっぱいできている」とも言うようになり、これも体感幻覚と考えられました。

ずっとアリセプト®は飲んでいましたが、前頭葉症状である衝動性が高まってきて、何か言われると、待てなくてすぐに行動してしまうようになりました。

X-2年、スリッパを穿いて歩いていると、時々右足がひっくり返って、スリッパが飛ぶという症状が出てきました。右半身の不全麻痺の始まりです。

徐々に会話がかみ合わなくなりました。これは、失語の始まりです。右半身の麻痺と失語は、どちらも大脳の左半球の症状です。左半球が変性して萎縮してきていました。

また、動作の仕方がわからなくなり、トイレに入るとなかなか出て来なくなりました。これを「失行」と言います。前頭側頭型認知症の一種、大脳皮質基底核変性症によく見られる症状です。

X-1年、「頭がもやもやする」「足の裏にまめがいっぱいできている」と言わなくなりました。

試行錯誤

アリセプト®を1年以上飲んでいたため、抗認知症薬のローテーションを行ってみることにしました。

抗認知症薬のローテーションというのは、現在医療保険で使えるアセチルコリンエステラーゼ 阻害薬3種類をローテーションで使うことをいいます。

アリセプト®、レミニール®、リバスタッチパッチ®/イクセロンパッチ®の3種類は、作用機序は同じですが、化学構造が違います。1種類だけをずっと使い続けると、効果が薄れてきます。それを別のものに変えると再び作用が感じられるようになるので、半年から1年ぐらいをめどに薬を変えていきます。

まずはレミニール®に変えました。すると、最初にアリセプト®を飲み始めたときのように意欲が改善し、身だしなみに気をつけるようになり、表情が明るくなりました。

もの忘れや妄想には変化がありませんでした。

薬に対しての反応をみると、著効という程でもなく、レビー小体型認知症というよりは、アルツハイマー型認知症のような反応を示しているな、と思いました。

意欲が出たのは良いのですが、毎年通っている墓参りに一人で行こうとして、電車を乗り間違えて迷子になりました。

デイサービスに通い始めましたが、連絡帳に「認知症」という言葉が書いてあるのを見つけ、激怒していました。

薬で活性化し過ぎたときに、易怒性が増すことがあります。

前頭葉症状と、妄想、躁状態など、多彩な精神症状が出現

X年、「嫁が浮気をしている」という妄想が出現しました。同じころ、近所の家の庭に咲いている花を勝手に切り取って持ち帰るようになりました。

前頭葉症状による、衝動性の悪化です。ピック病の人によくある、万引きと同じです。欲しいものがあると我慢できません。善悪の判断が失われています。

ハイテンションになり、カッとなって怒ったり、話にまとまりがなく多弁になりました。幻聴が聞こえており、「悪口を言われている」と言って幻聴の相手と会話しています。

診察時も話が止まりません。レミニール®でテンションが上がっている可能性があるため、投与を中止しました。

それでも治まらないので、リーマス®の投与を開始しました。この薬は炭酸リチウム製剤と言って、躁病、躁うつ病(双極性感情障害)に使います。薬の効果はあり、すぐに静かになりました。同時に、嫁が浮気しているという話を言いふらさなくなりました。

認知症が進み、穏やかになる

X+1年、デイサービスのスタッフから「静かになりすぎて、心配だ」と言われるようになりました。リーマス®を減量しました。

X+2年、時々ハイテンションになりますが、おおむね落ち着いて経過しました。認知症が進行し、もの忘れは悪化しました。大脳の、前頭葉、側頭葉の萎縮が進み、幻聴はなくなり、妄想も言わなくなり、衝動性が増してきました。

発語はオウムのようになり、同じ言葉を連呼します。回覧版が濡れているのを見て、「回覧版が濡れた、回覧版が濡れた、回覧版が濡れた……」と何度も繰り返します。「保続」という症状です。前頭葉の機能低下によって起こります。

常に口を動かす「口舌ジスキネジア」も出現しました。口をモグモグ、歯をカチカチ、常に鳴らしています。これも認知症によく伴う症状です。大脳基底核などのドーパミン系の機能不全が影響しています。大脳基底核変性症によく見られます。

X+3年、汚い服を着たまま着替えなくなりました。自発性の著しい低下です。前頭葉症状です。

同居の孫の危機

この年のことです。10年前に、本人から虐待されていた同居の孫が高校生になりました。嫁によれば、無気力で集中力がなく、勉強についていけないとのことでした。認知症高齢者と同居していた子どもに、発達の問題が生じるケースが見られます。何か問題が起きているのかもしれないと思いました。介入が必要です。

このため、当院でカウンセリングを行いました。心理士が面接すると、その子は小学生のころから忘れ物が多く、宿題も出せませんでした。何とか高校には入りましたが、楽しいことにばかり目が向いてしまい、勉強のようなコツコツやることが不得意ということがわかりました。

話しているうちに、その子は自分のことを客観的に考えられるようになりました。「大学に行きたい」という気持ちがあったので、心理士の助けを借りて勉強をがんばるようになりました。

一方、祖母の方は・・・

X+4年、本人の室内に脱いだ服が散乱し、ゴミが散らかって、足の踏み場がなくなりました。嫁が片付けに入ろうとしましたが、嫌がるのでできません。部屋の中に腐った食べ物が放置され、カビが発生しました。

X+5年、てんかん発作を起こすようになりました。大脳の萎縮など器質的な変化が進むと、そこがてんかん源となり、てんかん発作が起きることがあります。アルツハイマー型でも、レビー小体型でも、その他、大脳が変性する疾患すべてで起こり得ます。抗てんかん薬の投与が必要です。少量の抗てんかん薬で発作を抑えることができました。

孫の旅立ち

X+6年、学童期に本人からいじめられ、高校生からカウンセリングを受けていた孫は無事に大学に合格し、一人暮らしを始めるため家を出ました。祖母からの脱却です。当院のカウンセリングも卒業しました。

ますます前頭葉の機能が低下、認知症らしくなってくる

このころ、本人は「脱抑制」の症状がひどくなり、自分が考えていることを常に大きな声で話すようになりました。これも、前頭葉症状です。一日中、話し続けています。

「仮性作業」も出現し、1日中、ティッシュペーパーを千切って、こよりのように細く丸めるようになりました。羞恥心がなくなり、トイレのドアを閉めなくなりました。夏に冬物の下着を着けていました。お金がわからなくなり、1万円と100円の区別がつきません。

知能検査では測れない

こんな状態なので、知能検査の点数も下がっていると思っていました。

ところが・・・
久しぶりにMMSEを行いましたが26点でした。

この検査は、記銘力障害や見当識障害などを調べる検査なので、アルツハイマー型認知症の状態を評価するのには適していますが、前頭葉症状や精神症状を評価するのには向いていません。

30点満点の知能検査で、アルツハイマー型認知症の場合は1年で平均2~3点低下します。経過が10年以上のアルツハイマー型認知症であれば、点数は一桁にまで下がっていることがほとんどです。

MMSEの点数が26点ですと、医師によっては「認知症ではありません」と診断してしまうことも考えられます。前頭側頭型認知症では、アルツハイマー型認知症のような記憶の障害が少ないので、MMSEで重症度を測ることができません。

代表的な病気はピック病です。最近は、前頭側頭型認知症はピック病だけでなく、いろいろな原因で起こる病気の集まり、ということがわかってきました。

ピック病、大脳皮質基底核変性症、進行性核上性麻痺、筋萎縮性側索硬化症に伴うもの、などいろいろあります。生前に鑑別診断をつけるのは難しく、亡くなってからの病理診断で初めてわかることも多いのです。原因や治療法がないので、難病に指定されている疾患が多いです。対症療法に終始するのが通常です。

この症例のように、出てきた症状に合わせて向精神薬や、時にパーキンソン病の薬を組み合わせて治療します。病気の始まりが物忘れではなく精神症状なので、うつ病や他の精神疾患だと思われていることもよくあります。

孫が一人暮らしを始めたと聞いて、私は嫁に「おめでとうございます」と言いました。「ありがとうございます。義母は、ずっとうつ病と言われてきたんです。おかしいなと思いながら、ここが11カ所目の病院だったんですよ。いろいろありましたけど、子どもも大きくなって一安心です」

嫁の言葉を聞いて、この年月を思い起こしました。次々に出る症状に試行錯誤しながら付き合ってきました。気がつけば、長い付き合いになっていました。

最初は、うつ病と言われていましたが、統合失調症、躁病など、いろいろな精神疾患の症状が出ました。これからも、お付き合いは続いていきそうです。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。