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1 依存症治療の革命後に起こったこと

依存症治療に革命が行ったことは以前の連載(第1回)で話しました。歴史上、革命の後に何が起こるか? 大体はAからBに綺麗に政権が譲渡されて、一枚岩になるということはまずありません。大体はBの中でもさまざまな派閥が生じるわけです。

依存症治療でも革命が生じた結果、さまざまな考え方・介入法が生まれています。「依存症を病気と捉える」「好きの延長ではなく、負の感情からの回避という自己治療の結果である」など、大きな枠は一緒でも、その具体的な治療法にはさまざまな方法が出てきています。その中には、新村一樹先生が以前の連載(第10回)で紹介してくれた「動機づけ面接」や「CRAFT」以外にも、さまざまな方法が見られます。

ただ、これは政権争いではなく、治療法の話なので、どれが一番であるかを争う必要はないんです。むしろ、群雄割拠していただいて、その中でそれぞれの当事者にあった方法をオーダーメイドに連立できるとよいのだろうな~って思っています。

ちなみに、新しい方法が多過ぎて、僕もすべては把握していないと思います。「自分の地元ではこんな面白い方法をやっている」などがあったら、ぜひお教えください。では、少し新しい方法を見ていきましょう。

2 「動機づけ面接」

みなさん、小さいころに親から「勉強しろ」と言われて、「あ~あ、今まで勉強する気だったのに、言われたらやりたくなくなった」みたいな気持ちになったことはないでしょうか? 今がまさにそうである人もいるかもしれません。

人は禁止されるとやりたくなり、命令されると反発したくなります。「鶴の恩返し」で男は奥を見るなと言われて見たくなり、「浦島太郎」でも開けるなと言われた玉手箱を開けたくなっています。

一方で、人は一つのことに関して常に両価性を持ちます。「勉強をしなくてはいけないと思うけど、先延ばしもしたい」とか、「今付き合っている人は最低だと思うけど、でも大好きで別れたくない」とかいうやつです。このときに周囲の人たちが、いかに理性的にあなたが今付き合っている人が最低か、あなたの人生にとって別れることが重要かを説いても、恋はかえって盛り上がるだけではないでしょうか?

無理やり会えなくされたりした日には、まさに「ロミオとジュリエット」です。自分でも本当は別れたほうがよいかもしれないと思っていても、反発の勢いでそんな思いはどこかに行ってしまいます。これは依存症者と依存対象の関係に似ているかもしれません。

依存症者は心のどこかで、「今のままではいけない」と考えています。もちろん、依存対象を完全にやめようと思っているかはわかりません。それでも、依存対象とのかかわり方を変えたほうがよいのかなとは思っています。だからこそ私たち、いわゆる援助者の前にいるのです。

そのときに理路整然とした正論は、時に暴力にもなると思います。耳を塞いで「そんなことわかっている! うるさい! 黙れ」という気持ちになってしまうかもしれません。正論よりも、「そんな気持ちを抱えながらも受診できたってすごいですよね!」という感嘆のほうが、人の行動を変えることができるかもしれません。

アルコール・薬物・ギャンブルにハマってしまったことを告白して怒られると思っている人に、「具体的にはどんな種類が好きなんですか!」「使っている最中に恋人から電話が来たらどうしてたんですか」など、少し的がずれている話を聞くほうが答えやすいこともあるかもしれません。

これらはもしかしたら、みなさんが依存症以外の患者さんに普通に行っていることかもしれません。でも、なぜか依存症の患者さんには、正論で「負けました。もう依存をやめます」と言わせなくてはいけないと思ってしまう援助者は多いのです。まるで、裁判で「罪を認めろ!」と迫るかのように……。

「動機づけ面接」は、人は誰でも両方の気持ちを持つことを前提として認めながら、自身にもやめたい気持ちがあることを気が付いてもらって、そこをエンパワーしていくという方法になります。エンパワーって、要は「ほめる! 支える! そばにいる!」という決して特別ではない看護の基本でもあり、「得意技なのでは?」と思います。

今までの治療が正論で、正面から論破することで相手に白旗を上げさせる方法であるとすると、「あなたにも白旗上げたい気持ちあるじゃないですか。チャンスですよ」とささやいていくイメージかもしれません(ここら辺のイメージは完全に個人的なものです)。

これは新村先生の言うとおり、身体科でも使えますが、家族内でも使える気がします。とくに家族内で意見が分かれたときには、相手を無駄に頑固にしないという点でよいのではないかと思います。論破されるのは誰でも嫌ですし、嫌な印象から始まる相手との治療関係は難しいですよね~。

3 「CRAFT」

「Community Reinforcement And Family Training」(コミュニティ強化法と家族トレーニング)の略称です。もともと日本では引きこもりの家族に対して行われている家族の対応の仕方です。依存症では、家族はイネーブラー(依存症状態を継続可能にする人)として本人を手放すことが奨励されてきました。それはそれで正しいと思います。家族が依存症当事者に振り回されることはよくない結果を生む場合は多くあります。

ただ、それが物理的にだったり精神的にだったりで、できない家族もいます。「CRAFT」は、正しい対応を覚えれば、家族は当事者に対して最も影響力を持つ社会資源であるという視点で書かれています。「家族が変われば当事者が変わる」という言葉があります。家族自身の精神衛生上もよいですし、当事者が医療につながる可能性も高まると言われています。

「CRAFT」で出てくるテクニックの一つに、「私が」を主語にする「アイメッセージ」というものがあります。透析で決められたよりも体重が増えた人への「これ以上増やすなって言っただろう!」に対する答えは、「俺の身体だ! お前に迷惑かけてない!」でしょう。

ただ、「これ以上増えると〇〇さんが突然死んじゃうんじゃないかって、私は心配になる。私は〇〇さんが体重制限がうまくできていると安心するし、うれしい。だから、私は〇〇さんに体重を増やさないでほしいって思っている」という言葉に対しては、少なくても最後まで聞いてはくれるのではないでしょうか?

これは家でも使えます。例えば、思春期の娘が遅く帰ってきたときに、「何時だと思っているんだ! もっと早く帰ってこい! お前のために言っているんだ!」とお父さんが叫んだとします。これに対する娘の心の中は、「24時ですよ。時計も読めないんですか。私のためにだったら黙っていてください」というような感じでしょうか。

このお父さんの本来の気持ちは「こんな遅い時間まで外にいられると、うちの子はとくに可愛いし、何か変な事件に巻き込まれたのではないかと心配だ。居ても立っても居られなくなり、眠れないし、仕事もできないから、私が安心できるように〇〇時以降は家にいてほしい」なはずなのです。

人は「お前のために言ってやってんだ」は、「私のためなら私が判断します」となります。極論、「事件に巻き込まれたって、私の身体や心なんだから、あなたに言われる筋合いはない」というやつです。そうではなく、「私が〇〇してほしいんだ」と伝えることで、相手に自分の気持ちが伝わりやすくなるかもしれません。

4 「SMARPP」

「Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program」(「せりがや覚せい剤依存再発防止プログラム」)の略です(呼称は「スマープ」)。もともとは「SMAP」にしようとしたそうですが、さまざまな大人の事情で「SMARPP」になったと聞いたことがあります。

もともとは覚せい剤を始めとする薬物の集団療法に使われているテキストを使ったプログラムです。全24回となっていますが、多くの場所では何回でも継続して参加し続けられることになっています。またアルコールに転用したり、これをベースに他の行動嗜癖に対してのプログラムを作成している部署も多くあります。

このプログラムの最大の特徴は、安心して違法薬物を使用しながら参加し続けられる点にあります。違法薬物を使用したと話しても、誰もがっかりもしなければ怒りもしない、正直に話してくれたことを称賛してくれる場所を提供しながら、認知行動療法を行っていきます。個人的には、このテキストは当事者の人以上に援助者側の勉強になるのではないかと思っています。

プログラム中に再使用を打ち明けられたらどうするでしょうか? プログラムではスタッフが周りの仲間とともに正直に話せたことを祝福します。それこそが回復への大きな前進だからです。このことを一回体験しておくと、病棟や外来で「実はさっき飲んでしまって/使ってしまって/やってしまって」など言われても、応えに心配しなくてよいはずです。

笑顔で「教えてくれてありがとう!」と言えばいいんです。ぜひ近くで「SMARPP」(もしくはその改変型)が行われていたら、顔を出してみてください。診察室、病棟、面会室などとは全く違う表情が見られるのではと思います。

ちなみに、ギャンブル障害をはじめとする行動嗜癖に対しても、同じようなテキストでプログラムが行われることが多くあります。個人的にはテキストの中身よりも、同じつらさを持つ者が集まること、そこから自助グループへつながっていくことが重要なのかなって思っています。

5 「LIFE-mini」

さまざまな依存症テキストが出現していますが、このテキストの特徴はスタッフが短時間で当事者と1対1で行える点にあります。短期間の入院中に最低限の知識を身につけてもらうために、開発されました。主治医でも看護スタッフでもPSWでも、依存症治療の深い経験がなくても対応できるように作成されています。

これらの資料をうまく活用することで、職人芸のような技がなくても、誰でも最低限の認知行動療法はできるのかなと思っています。看護師として現場に配属されて、「清拭できません」とか「お風呂介助できません」は多分許されないんだと思います。依存症に対する最低限の介入も、同じようなレベルになってくれるとよいなと思います。このテキストは、横山佐知子先生の連載(連載:第11回)にも出現しますので、覚えておいてください~。

6 「ARASHI」

「Addiction Relapse prevention by Amusement-like Skill-up tool for Help-seeking Innovation」(呼称:「アラーシー」)。「SMAP」の次は嵐か……という感じですが、こっちはカードゲームです。飲みたいとき、薬物を使いたいときなど、危機的状況をどう乗り越えるかをゲーム感覚で楽しんでいくという方法です。みんなで盛り上がることで、連帯感も上がりそうな気がします。

こんな楽しみながら治療関係をつくっていく方法もあるということで見てもらえたらと思います。これは難しい言葉で言うと、クライシスプラン(どういう状態になったらどう対処するかのプラン)を作成していることになるのかなって思っています。「退院して友だちから飲みに誘われたら?」「明日までにお金がなくて競馬で当てるしかないって思っちゃったら」とか危ない場面を事前に考えるわけです。

参考URL:https://www.pref.mie.lg.jp/KOKOROHP/HP/m0187100015.htm

7 「オンライン自助グループ」

さまざまな依存対象をやめようとしている人が集まる、自助グループ。「言いっぱなし、聞きっぱなし」の原則といって、ここではどのようなことを話しても批難されることはありません。誰かが答えを出すわけではありません。ただ共感してくれて聞いてくれるのです。

ある人は初めて自分よりもやばい人に出会ったと言います。そして、その人が現在回復していることに、自分も回復できるのではと自信を持ちます。あとから入ってくる人たちを見て、少し前の自分を思い出します。自助グループは依存症云々ではなく、自身の生き方を生きやすくするメンタルケアなのだと勝手に思っています(僕の勝手な思い込みなので当事者の方々、読んで不快になったら申し訳ありません)。

この自助グループは、コロナ対策で場所が使えなくなったときに一部オンライン化されました。もちろん直接顔を合わせて話すほどの効果はないという意見もありますが、家からでも病棟からでも入れる手軽さは他にはない武器になります。極論、入院患者さんには、「入院中の暇つぶしでいいから入っておいて」でもよいかもしれません。

入院中の患者さんと一緒にスタッフが入るのもお勧めです。彼らの生の言葉をたくさん聞いておくことは、自分の引き出しを増やすことだとも思います。中にはスタッフも同じ立場で話させてくれるグループもあり、自身のメンタルケアからもすごくお勧めです。僕自身もたまに患者さんと一緒にと言いながら自分自身のために参加して、自分の家族のこと、仕事のストレス、怒りなどを話して昇華させてもらっています。
興味のある方は下記のページがまとまっているかもしれません。
もし「自分も〇〇を止めたいんだけど……」などがあったら下記にアクセスしてみてもらっても良いかもしれません。

https://www.ask.or.jp/updates/9318

8 「SBIRTS」

「Screening(飲酒スクリーニングテスト)、Brief Intervention(簡易介入)、Referral Treatment(専門医療機関)、Self-help group(自助グループ)」(呼称:「エスバーツ」)は、もともとアルコール依存症者に対して専門医と断酒会がタッグを組んで始めた自助グループを勧める方法です。診察時に医者が患者さんの目の前で断酒会会員に電話し、その場で電話を替わってもらい、断酒会員が診察に来た患者さんを直接断酒会に誘う、という方法です。

当院ではアルコールに限らず薬物ではダルクのスタッフ、ギャンブルはGA参加者や家族会などに協力いただいて、依存症者が来院したときは必ず自助グループの方々と電話で話してもらうようにしています。その効果は絶大です。「自助グループ行ってごらんよ」と行ったこともない援助者や、効果を実感していない医療者が勧めることの何倍も自助グループの魅力を伝えてくれます。

結果、自助グループに参加し続けて回復する人も増えていきます。どんなサークルでも部活でも、中にいる人からの直接の勧誘が一番効果あるに決まっている、行きたいなと思っても一人ではなかなか勧誘会の場所まで行けない……。考えてみれば当たり前だな~って思ったり。

9 大切なのは興味を持ち、敬意を払ってかかわること

……といろいろ書きましたが、最近の新しいやり方の特徴としては、職人技がなくても熱意と時間だけあればできる方法が増えているなあ~って思います。もちろん、「最重症な人で、上記のやり方をすべて駆使して最高の援助を継続し続けて、何とか……」という人もいるんだと思います。

でも、ちょっとした工夫だったり、ちょっとしたひと手間でできることも増えています。最後の「SBIRTS」なんて、医療者は電話をつなぐだけです。あとは全部自助グループ任せ……。「オンライン自助グループ」も基本は紹介するだけです。それでも、やらないよりもやることで人生が変わってくれる人はいるんです。

大切なことはその人に興味を持って対等に、もしくは「自分の知らない世界を知っている人」として敬意を払って話すことなんだと思います。興味を持ってかかわって、その人に合う場所を紹介して、時には一緒にその場所まで行く。求められるのは、援助者としての技術よりも、人間を好きかどうか、なのかもしれません。

依存症者はどこにでもいます。職場でも、同窓生にも、家族にも。もしかしたら、今日デートする相手もいつか依存症になるかもしれません。来年は自分がなっているかもしれない、そういう病気です。「この人(自分も!)依存症かもしれない」と思ったときに、さまざまな方法があることを覚えておいてください。Aの方法が合わないからといって、絶望する必要はないんです。Aがダメでも、bやcが合うかもしれないのですから。

プロフィール:常岡俊昭
昭和大学附属烏山病院 精神科医師。昭和大学医学部卒業後、現在の病院に勤務。依存症治療の楽しさを知り、依存症治療にハマる。趣味は旅行で2015年には一年間バックパッカーをしていた。
書籍:僕らのアディクション治療法:楽しく軌道に乗れたお勧めの方法:星和書店、2019

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