CASE021:息子と孫|ケアマネ医師は患者・家族とどう向き合ってきたのか 認知症の介入困難事例アプローチ|西村知香

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認知症の親を介護していると、介護うつになったり、介護依存に陥ったり、元の親子関係のゆがみから虐待につながるなど、いろいろなケースがあります。

親子の関係というのは、関係性が濃いので、視野が狭くなりがちです。その点、主介護者として親を介護している子と違い、孫は手伝いながらも、一歩引いて、客観的に状況を見ていることが多いようです。

「お母さん、やり過ぎだよ」
「おばあさんにもっと優しく言わないとダメだよ」
「言い返したら、かえってこじれるよ」
「いちいちまともに説明をしてはダメ」

などと、医師顔負けのアドバイスをしてくれる孫もいます。

一方、孫自身が介護の主役を担い、自らの学業や仕事・人生に、支障をきたすことが社会問題になっています。ヤングケアラーとまではいかなくても、社会に出たばかりの20代の若者が、仕事と介護の両立を迫られるケースがあります。

「親が早くに亡くなって、孫が祖父母の介護をせざるを得ない」「親が若年型認知症になってしまった」というパターンが多いようです。
しかし、それだけではないのです。

CASE 021
88才女性

認知症の祖母に付き添って診察室に入ってきた孫が、「お父さんと毎日けんかになります。助けてください」と言いました。

「お父さん」というのは、患者本人の長男に当たる人です。そして、長男の息子である孫が、長男とけんかになり、「助けてください」というのです。

一体どうなっているのでしょう。

虚弱な高齢者

X-2年、実の弟が他界したのをきっかけに、全般に意欲が低下して家事をしなくなりました。ときどき夢にうなされて「弟が来た」と口走るようなこともあったということです。

閉じこもり、自宅にいることが増え、足が弱りました。しばらくすると家の中で転んで、腰椎圧迫骨折をしました。それをきっかけにさらに動かなくなりました。テレビも付けないで、ただぼーっとしていたり、横になっています。

あとから、これはアパシーという症状だったとわかりました。

X-1年、曜日が分からなくなりました。
記銘力が低下し、薬を飲み忘れます。孫が手渡しして飲ませるようになりました。

自分から話をせず、言われれば素直に応じますが、自分からは何もしません。

食事も自分から食べなくなったので体重が急激に低下し、10kgほど減ってしまいました。見るからに虚弱な高齢者です。

食事摂取量減少に伴い、便秘になりました。体重減少に伴い、筋肉が落ち、足の上がりが悪くなり、家の中は壁づたいに、すり足で歩くようになりました。

湯船もまたげなくなり、介護認定を受け、デイサービスで入浴させてもらうようになりました。

アパシー

世話がたいへんになり、困った孫が本人を連れて当院を初診しました。

初診時MMSE15点でした。すでにやや重度です。
頭部 MRI では、大脳全体の慢性虚血性変化が強く認められ、血管性認知症と考えられました。血管性認知症の特徴として、前頭葉の血流が低下しやすく、これに伴い前頭葉機能の低下が著しくなり、前頭葉症状の一つであるアパシーという症状が強く認められます。

アパシーは、意欲の低下、自発性の低下、無為、無関心という症状です。モチベーションが低下します。アパシーは、パーキンソン病や、脳血管障害で多く見られます。

モチベーションが低下するので、何もしない人になってしまいます。性格が変わります。社交的で活発だった人が、非社交的で人嫌いになります。今までやっていたことをしなくなるので、「廃用症候群」になります。

歩かなくなれば、足が弱り、歩行障害が悪化します。寝てばかりいると起きたり立ったりしなくなるので、血圧を調節することができなくなります。それを、起立性調節障害と言います。起きるたびに血圧が下がり、立ちくらみが多発します。

風呂の湯船から出られなくなるのは筋力低下だけでなく、これも原因です。自宅の風呂に入れなくなります。

それだけではありません。食欲も意欲の一つです。前頭葉の機能が低下して、自分からは食べません。食べるモチベーションが失われてしまうのです。このような場合、失われた前頭葉機能を補ってあげると食事が摂れるようになります。外から刺激を与えて、本人の前頭葉の代わりにするのです。

「つられる」機能

「つられる」という言葉があります。

人の動作を見て、無意識のうちに同じ動作をしていることがあります。あくびがうつったり、誰かがトイレに行くと自分も行きたくなったりします。そのように、自分のモチベーションが周囲の人たちの動きに影響されていると感じることがあると思います。それを利用したのが、デイサービスでの食事です。

自宅で一人だと食事ができなかった人が、デイサービスに行くと自然に食べられることがあります。自宅で食事を用意しておいても食べられません。目の前に一人分の食事を並べて「食べてください」と指示しても食べられません。しかし、他の人が目の前で食事をすると、つられて食べます。

この「つられる」機能は、もともと人の脳に備わっているシステムなのです。この機能が残っていれば、本人の前頭葉機能を補うために利用できるのです。

長男からの申し入れ

初診時、当院に付き添ってきた孫は働いていました。会社員で、そうそう仕事を休んでいられません。一方、長男は定年退職したばかりで、ぶらぶらしています。このような事情のため、2回目の通院からは長男が母親を連れてきました。

長男の話では、「普通に生活しています。もの忘れはしますが、大丈夫ですよ」と、あっさりしたものでした。食欲がないことに関しては、「夏で暑いからしょうがない」と言います。

デイサービスの記録を見ると、デイサービスでの食事はよく摂れているようなので、しっかり食事を摂るためだけでも、デイサービスは続けたほうがよいと思われました。もちろん入浴も、デイサービスでしか入っていませんので、現在の週3回のデイサービスは増やしてもよいぐらいでした。

ところが、しばらくすると長男からケアマネジャーに「体が疲れているようなので、家で寝かせておいたほうがよいと思う。デイサービスを減らしたい」と申し入れがありました。

ケアマネジャーから私のほうに、「デイサービスを減らしてもよいものか」と意見を求める問い合わせがありました。食事量が減っていて、デイサービスでしか食べられないこと、入浴は自宅で入るのが難しいこと、以上から「デイサービスを増やす選択肢はあっても、減らすことは考えられない」と返事をしました。

初診時に付き添ってきた孫は、仕事が忙しくて通院に付き添えませんでしたが、私にメールをしてきました。

「家で寝ている時間が長くなり、ますます弱ってきました。デイサービスに行くと少し元気になって帰ってきます。何とかデイサービスに行かせたいのです」

私とケアマネジャー、孫の意見は一致していました。
ところが、本人の財布を握っていたのは長男でした。
本人の代わりに、年金から介護保険サービスの支払いをしていました。

食事が摂れなくなり、消耗してきたので、訪問診療に入っていた内科のかかりつけ医は、エンシュア・リキッドを処方しました。

重度の認知症状態

X年、孫からメールがあり、食事中にむせることが増え、咳き込んだり痰が絡んでいるということでした。

診察時、長男に「食事の飲み込みが悪くなっていますか?」とたずねましたが、「変わりないです。大丈夫です。疲れていると思うので、デイサービスは休ませます」との返事でした。

デイサービスをやめさせたい長男としては、私の質問がさらにデイサービスを減らす口実になってしまったようで、逆効果でした。

どうしても相談に来たいということで、孫が会社帰りに1人で来院しました。

「デイサービスから帰ってくると、元気で、滑舌も良くなります」

そう訴えました。

「どうか、デイサービスをやめさせないでください。父を説得してください」というのです。私からケアマネジャーに直接連絡して、何とかデイサービスを減らさずにプランを継続してもらいました。

このころから、孫が会社を早退して、祖母に付き添って来るようになりました。アパシーが強く、自分からは食事も飲水もしないため、家に寝かせておくとそのままです。毎日でも、デイサービスに行かせたほうがよいほどです。

MMSEを施行したところ、初診時に15点でしたが、12点に低下していました。重度の認知症の状態です。

廃用症候群が進み、自分の唾液でもむせるような嚥下障害が出現しました。薬を飲むときには嚥下補助ゼリーを使ったり、水分摂取の際には、とろみ剤を使用するように指導しました。

また、ほぼ寝たきりで動かないことにより、血圧を調節する自律神経の機能が低下して、血圧が乱高下して意識が朦朧とすることを繰り返すようになりました。

起きるのは、トイレに行く時だけです。トイレに行くために起きることによって、起立性低血圧が起きます。その後トイレで排泄すると、排泄後の低血圧になります。ダブルで低血圧になるのです。

日中に体を起こしておくだけでもこういったことは防げます。体を起こしておけば、重力に対して体幹の筋肉が働きます。腹筋や背筋などです。また、肺も広がりやすくなるので、肋間筋が働きます。痰が出しやすくなりますし、嚥下性肺炎の予防になります。

また、寝たり起きたりすれば、心臓に対する頭の高さが変わるので、血圧を調節する自律神経が働きます。自律神経も鍛えることができるのです。

廃用症候群が進むのを防ぐために、最低限、日中起こしておくだけでもよいのです。

介護認定申請のときや、ケアマネジャーの契約のときに、孫が相談に行った地域包括支援センターでは、月1回程度のショートステイの利用を勧められたとのことでした。ショートステイでは、日中は起こしておいてもらえるでしょう。

しかし、孫は父親である長男に対して、「おばあさんをショートステイに行かせてほしい」と言い出すことはできませんでした。きっと反対されて、またけんかになると思ったからです。

父子の意見の対立

「お父さんと毎日けんかになります。助けてください」

孫はそう言いました。

長男は「年のせいだからしかたない」「疲れているから寝かせておいたほうがよい」「デイサービスをやめさせたほうがよい」と主張しているとのことでした。

一方、孫は「デイサービスに行くと元気になる。ご飯も食べられるし、お風呂に入れてもらえる。家で寝ているとどんどん悪くなっていく」と言います。

父子の意見は真っ向から対立していました。

長男は退職して年金暮らしです。会社員である孫の収入で3人の生活を支えているような状況です。長男には光熱費などを支払う余裕がなく、孫がすべて支払っているということでした。

食事の準備を誰もできないので、孫が配食サービスを頼みました。長男は弁当が来ると本人の目の前に置きますが、それで終わりです。食事介助などはしません。孫が仕事から帰ってくると、弁当がそのままになっているのを見つけて、本人を起こして食べさせるということでした。

栄養失調や脱水が加わってきて、本人はせん妄を繰り返すようになりました。夜間夢を見ながら寝言を言ったり、亡くなった人が生きていると言うなどです。また、週1回だけになってしまったデイサービスでは、食事の前後に血圧が低下して、意識を失うようなことも出てきました。

生命の危機です。

体調を持ち直してもらうため、ショートステイや施設入所が適切と考えられたので、私のほうから利用を勧めましたが、長男がかたくなに拒みました。

孫が弁当を食べさせるときに、食事を受け付けなくなり、無理にでも口に入れようとすると「もう食べたくない」と言って泣くようになりました。水も飲まないので、口にコップを当てても「嫌だ」と言って泣きます。徐々に話しかけても返事をしなくなりました。ついには、薬も飲まなくなりました。



ケアマネジャーに依頼して、ショートステイ利用や施設入所について、長男に対して説得してもらいましたが、ケアマネジャーの力でもどうにもなりませんでした。このため、訪問診療医に依頼して、長男に対して「適切なサービスを受けさせるように」と説得してもらうことになりました。さすがに医師の言うことなら聞くだろうと思いました。

ところがこれが逆効果でした。

訪問診療は医療費が高く、長男は以前から訪問診療もやめたいと思っていたようです。医師から意見されたことをきっかけに、訪問診療の契約を破棄してしまいました。訪問診療をやめてしまったので、内科で処方していた薬を当院から継続して処方するように頼まれました。

もう年末でした。私は、孫を保護者にして医療保護入院させるか、行政と連携して、虐待事例として措置入所させなければならないと思いました。

娘からのメール

X+1年、年末年始にデイサービスが休みのあいだ、トイレ動作もできなくなり、孫は排泄の後始末に追われました。相変わらず長男は何もせず、孫の負担は増えるばかりです。

「食事など介助していないくせに、デイサービスに行かせないつもりなので、自分としては父がいちばんの問題で、ストレスになっており、けっこうつらいです!」

そんなメールが来ました。孫の苦悩がひしひしと伝わってきました。虐待事例として早々に役所に電話をかけようとしていると、本人の娘という人から連絡が入りました。

本人には、長男以外に娘もいたのです。他県に嫁いで、実家に来ることはできませんが、孫はときどき電話をかけて本人の状態についてやりとりしていました。娘は、長男が実家で母の面倒を見てくれているので、口出ししないで様子を見ていました。

しかしながら、さすがに孫から「訪問診療をやめて、デイサービスもやめようとしている。年末からは排泄もうまく行かなくなり、汚すので後始末がたいへんだ」と聞かされて、心配になったようです。そして私にメールで連絡してきました。

私は娘に返信しました。「必要なサービスを受けさせないことは虐待の一種です。状況が悪くなるようであれば、区役所のしかるべき部署に連絡して、お母さまを保護してもらおうと思っています」と、私の意見を伝えました。

母親の年金や通帳をすべて長男が管理しています。施設に入れたり、新しいサービスを使おうとしても、長男は断固拒否しています。もし、孫や娘の判断でサービスを入れるとなると、別のところからお金を出さざるを得ない状況です。

孫が、「社会人になってから貯めた貯金をはたいて、祖母を特別養護老人ホームに入れる」と言い出しました。

「このようなことを、お医者さんに相談してもよいのでしょうか」

と、訊ねられたので、

「あなたが後見人になったらどうですか? 後見診断書は私が書くことができます。家庭裁判所が状況を調べれば、お父さまが適切な介護を受けさせていないことがはっきりしますから、お父さま以外の人が後見人に選出されるでしょう。そうすれば、お金の問題は解決するのではないでしょうか。叔母さまと相談してみてください」

そう答えました。

明らかな長男の虐待

その次の診察時、娘が初めて当院に来院しました。甥である孫と本人も一緒です。娘が遠路はるばる実家に帰ってみると、衰弱しきった母の姿がありました。

当日、本人の診察をすると、るいそうが進行して体重が40kgを切っていました。
娘は言いました。

「こんなことになって……。母にはすぐにでも特別養護老人ホームに入ってもらいたいのです」

続けて、

「兄が母の年金を流用しているようなのです」

と言いました。
娘が長男に母親の通帳を見せるように言っても、絶対に出してくれなかったとのことでした。介護放棄だけではなく、経済搾取も行われているようです。お金が足りなくなり、介護サービス費を支払うのが苦しくなっているのかもしれません。

どう見ても明らかに虐待なので、「長男によるネグレクト、経済搾取、これは虐待です」と説明しました。すると、診察後、娘と孫はケアマネジャーに相談しました。しかし、ケアマネジャーは、「家族の問題なので、まずは家族で話し合ってください」とのことで、取り合ってくれませんでした。

「ケアマネジャーが取り合ってくれません」と、孫からメールがきました。たしかに、すでに家族で話し合っています。デイサービス増回の是非について、孫は長男と何度も話し合っています。話し合っているというよりも、話し合いにならないで、言い争いになってしまうことの繰り返しでした。

だから、孫は遠くに嫁いだ伯母を呼び寄せました。それでも解決しないから、ケアマネジャーに相談したのです。どうして、このような対応になってしまったのでしょうか。

ケアマネジャーは、迷っているようでした。ケアマネジャーの訪問時に自宅にいるのは、キーパーソンの長男でした。長男は、診察の時と同じように「大丈夫です」「普通に生活できています」という調子でした。

対照的に、ときどき電話をかけてくる孫は、深刻な声で「おばあさんが悪くなっています!」と毎回訴えるので大袈裟に感じられたようです。長男と孫の温度差が大き過ぎました。どちらを信じたらよいのか、わからなかったのでしょう。

行政の介入

孫がメールで「お父さんが、おばあさんに必要なサービスを入れてくれない。おばあさんのお金も盗んでいるみたいです」と、窮状を訴えてきました。

私は、「ケアマネジャーが対応できないのなら、地域包括支援センターに相談するように」と言いました。ところが、今度は包括の担当者が「まずはケアマネジャーに相談してください」と返してきました。孫は口下手で、うまく説明できなかったのかも知れません。

このため、孫に直接、区の虐待ケア会議担当保健師に相談するように言いました。すると、保健師からは「まずは地域包括支援センターに相談するように」と言われたとのことでした。

孫から「たらい回しです!」という悲痛なメールが来ました。たらい回しですが、よく考えれば保健師の言うとおりです。包括からあげていただく必要があります。

それで、私が直接ケアマネジャーに連絡し、区の虐待ケア会議にあげてもらいたいと申し入れました。ようやく、ケアマネジャーが動いてくれました。

ケアマネジャーが動いてからは、ケースワークが進みました。

まずは、地域包括支援センターに虐待通報してくださいました。調査が入り、長男の意見が退けられ、デイサービス増回、ショートステイの導入が実現しました。特養の入所待ちにも並ぶことができました。

今まで自分の意思を押し通してきた長男でしたが、母親の年金を搾取していたことが露見するのを恐れてか、行政が介入してからはおとなしくなりました。相変わらず長男はサービス利用に反対でしたが、主張は弱まり、行政の主導でことは粛々と進みました。

ほぼ毎日のデイサービスと、月に10日ほどのショートステイを使い始めてからは、本人の体重が回復して40kgを超えました。

サービス記録を見るたびにデータは改善しています。また、診察室に来るたびに元気になりました。泣いてばかりいたのが、笑顔が見られるようになりました。

X+2年、落ち着いて経過していたところ、ようやく特養入所の順番が回ってきました。朝一番に診察に来て、入所に必要な検査を一通り終えました。付き添ってきた孫に、よかったですね、と声をかけました。

「ありがとうございます! 今日は会社休めないんで、もう行きます!」

挨拶もそこそこに、彼は祖母の車椅子を押して診察室を出ていきました。

これからは、孫に自分の人生を生きてほしい、そう強く思いました。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。