家族じゃないからこそできること|大事なことはぜんぶ臨床で学んだんだ|satomi|#004

看護師クリエイティブプロジェクト「fractale」のみなさんが、毎回テーマに沿ってそれぞれの看護の足跡を残していく本企画。

「学びかたを学ぶことで看護師として生きる選択肢をふやしていく」ことをコンセプトに立ち上げたメディア「メディカLIBRARY」のスタッフが、毎回、フラクタルのみなさんにテーマを伝えています。

今回のテーマは「患者さんの死」です。

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大切な人を亡くしたときの、胸が張り裂けそうな、心臓が痛いような、何かがつっかえているような気持ち。

涙ってとめどなく溢れ出て、なかなか枯れないってことを経験する。

できれば多く経験したくない。

それだけ強すぎるくらいに心に残るもの。
わたしが看護師になろうと決意をしたきっかけの1つも、祖父の死だった。

長いようで短い人生を生き抜いた、人の最期をみる機会はこの仕事上、多い。
「生きざまが最期に反映されるな、行いが最期に返ってくるな」そんなことを冷静に考えながら日々かかわった。

そう、どこか“冷静”に。
感情移入しやすいわたしが、“冷静”に。

“こんなんで、終末期の患者さんにかかわっていいのかな”
“どうかかわるのがいいんだろう”

と、すごくもやもやしながら、どうかかわるのが良いのか悩みながら、ずっとかかわってた。
“明るく元気に”を意識して。

とある日。
亡くなった受け持ち患者さんの旦那さんに、こんなことを言われた。

「さとみさんが毎日、明るくにこにこと接してくれるから、妻も“いつも元気もらえる”、と喜んでいました。家族だとどうしても、感情が入って悲しくなっちゃうけど、こうやって元気づけてくれる人がいて、妻もわたしもいつも本当に救われました。ありがとう」

言葉だけでなく、手紙も一緒に。
奥様がお亡くなりになってからしばらくして、わざわざ病棟に来て伝えてくださった。

わたしは根がうるさいくらいに明るく、昔から笑顔を褒められることも多かった。
なので、そういう人が求められる現場で働きたい、という思いがあった。
だから、その言葉を言われたときに、
“あれ? これってわたしの目指してたもの?”
“そのままのわたしで良かったんだ”
と、スーっと今までのもやもやが消化したのを覚えている。

【明るく接してくれる医療者の存在】

これがいかに心強く、ありがたいか。

それは、自分が患者家族になったときにもあらためて感じた。

トップの写真は、祖母が亡くなる数週間前の塗り絵です。

「毎朝、看護師や医師がほめてくれるからうれしくてがんばっている」と、うれしそうによく話していた。
こういう自然な声かけって、本当に患者さんの生きる目標になるし、家族側もその姿をみるととてもうれしいし、本当にありがたいのです。

「どうやってかかわればいいのかな」と悩むことはこれからもとても多いと思う。

でも、何も難しいことは考えなくていいんです。
いつもどおりの、自然なあなたで接してしてください。

//バックナンバー//

#001 はじめての尿道カテーテル
#002 なにがなんだかわからないケンサチ
#003 大きいからポケットには到底入らない


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fractale~satomi~
twitter:自由人ナースさとみ(@minisatominy

三度の飯よりお酒が大好きな飲兵衛看護師。仕事終わった瞬間からが本番だと思っている。仕事は真面目な自信あり。大学病院消化器外科3年、民間病院ICU2年、公立病院脳外科夜勤専従、訪問入浴、デイ、老健など1年の派遣生活を経て、メルボルンへ10ヶ月の看護留学。帰国後から訪問看護師として働き3年目。座右の銘は「笑う門には福来たる」。根からの明るい性格を最大限に利用し、日々楽しく訪問中。マルチポテンシャライトだから特技っていう特技はないけど、強いて言えばラポール形成が無駄に得意。今までクレームや担当変更がないのが密かな自慢。ちゃっかり保健師免許所有。 

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