著者:宇城 令(愛知県立大学看護学部准教授)



愛知県立大学で医療の安全性・質評価を研究しながら、看護管理学を専門として教鞭を執る宇城令先生。その宇城先生が中心となって、新人看護師が(できるだけ)インシデントを回避できるようになるためのアドバイスをまとめた書籍『できればインシデントを起こしたくない新人ナースお助け あぶない展開回避の術』(詳しくはこちら)では、どのようなシーンでインシデントが起こりやすいか、どうすれば回避できるのかをわかりやすく解説しています。
今回は、そんな宇城先生に医療現場ときってもきれない「インシデントレポート」についてのギモンをぶつけました。業務の負担に感じていることも多いインシデントレポートへの認識が180°変わるお話、ぜひお読みください。

医療事故の被害者は2人いる!?

みなさん、はじめまして。日々、医療の現場で奮闘している新人ナースのみなさんを応援するために書籍『できればインシデントを起こしたくない新人ナースお助け あぶない展開回避の術』を書かせていただきました。多くの新人ナースの皆さんの手元に届くといいなと思っています。

今回は、「インシデントレポートは誰のために書いているの?」という新人ナースのみなさんの疑問に答えていきたいと思います。

いきなりですが、医療事故の被害者は2人いると言われています。
1人はもちろん医療事故の被害者である患者さんです。もう1人は実際に事故を起こした医療者自身です。医療者も被害者という考え方はびっくりされるかもしれませんね。でも、エラーを起こしたくて起こしている医療者はいないのではないでしょうか。現在は、医療者が起こしたエラーの背景にはいくつもの要因があるという考え方に立ち、エラーに至った経緯、原因や関連した要因を突き止めることが重要とされています。そのため、インシデントレポートは患者さんと私たち医療者のために書いています。
医療現場で同じ失敗が繰り返し起こらないように、そして患者さんにとっては予防可能なエラーによって被害を受けることがないようにするためです。
あらたに事故を起こさない(再発防止)ように対処するために用いられ、個人に対する責任追及や処罰のために用いるものではありません。

起こったインシデントは、患者さんのため、医療者のためにすみやかに報告し、インシデントレポートを書くことが重要です。
しかし、自分のエラーは報告しにくいですよね。誰も失敗したくてしているわけではありません。
ですから先輩ナースのみなさんや主任さん、師長さんにおかれましては、新人ナースのみなさんからインシデントの報告や相談を受けた場合は、相手が失敗してしまったと思っている気持ちを理解して「よく報告してくれたね、ありがとう」と報告を受けてもらえるといいなと思います。
重要なことは、報告した人が「報告してよかった」と思うことができるような対応です。そうでないともう二度と報告しようとは思えないかもしれません。

報告したことで不利益を被ってはならない

インシデントを報告しやすいほど、インシデントレポートが多いほど「報告し続ける文化」が定着しているともいえます。誰でも自分のエラーは言い出しにくいものです。それでも勇気を出して相談や報告できる職場環境をつくるためには、報告した人が罰せられることがない文化や雰囲気を病院組織はもっていなければいけません。報告したことで不利益を被ることなく、自分のエラーの報告が組織にとって役立ったと実感できれば「報告してよかった」と思うことができ、今後も報告しやすくなるでしょう。

ジェームズ・リーズンは、安全文化の醸成には「情報に基づく文化」が不可欠であり、その情報に基づく文化には「報告し続ける文化」「公正な文化」「柔軟な文化」「学習する文化」の4つの文化が重要であると指摘しています。このなかでも「報告し続ける文化」はとても重要です。この「報告し続ける文化」のためには、報告した人が罰せられることがないよう「公正な文化」であることが極めて重要です。そして報告した内容が役立てられると、今後も報告しやすくなるでしょう。どのような間違いや失敗があったのかを部署全体で共有し、自分も他者も同じ間違いや失敗を繰り返さないように「学習する文化」も大切です。

インシデントレポートは病院全体で重要なもの

「学習する文化」に通じるものですが、インシデントレポートは、インシデントが起こった部署だけでとどめておくのではなく、他の部署にインシデントの内容や経緯、要因を共有していくことが重要です。自分たちが起こしたインシデントではなくても、他者の経験を生かして同じようなインシデントを起こさないように対策をとることができるからです。
どのようにインシデントが起こったのかといった経緯、原因や関連した要因を突き止めることで、背景にある問題や課題を発見し対策を考えることにつながります。
つまりインシデントレポートは、インシデントの背景や課題、教訓の共有、再発防止のために病院全体で重要なものなのです。

日本医療機能機構では、報告件数別報告義務対象医療機関と参加登録申請医療機関1297施設(https://www.med-safe.jp/contents/report/html/nennzi/2023/TTL373_YI-01.html、2023年12月31日現在)およびヒヤリ・ハット事例収集・分析・提供事業として3938施設(https://www.med-safe.jp/contents/report/html/shihannki/2024/2Q/QI-VIEW.html、2024年6月30日現在)から報告されるデータ(両者は重複があります)を活用し、病院や国民にむけた情報提供をしています。
これは各病院で共有するだけではなく、他の病院のインシデントの背景や課題、教訓をデータとして収集し、類似の事例とともに蓄積され、共通の原因や関連した要因を解明しようとしています。
各病院がインシデントを報告することによって、他の病院のインシデントの背景や課題、教訓を受け取ることができるならば、病院も医療者も、そして患者さんにとってもインシデントの報告による利益を得ることになると考えられます。

著者の書籍の案内




100日ドリル

できればインシデントを起こしたくない新人ナースお助けあぶない展開回避の術

先手必勝、転ばぬ先の杖、明日はわが身。
インシデントレポートは“事故当事者の個人的責任を追及するものではなく”、収集した情報を分析し、医療事故防止の改善策を検討し実施する目的に使用する(厚生労働省資料より引用一部改変)。ただその一方で新人ナースにとっては、インシデントレポートを書くことで「できない新人」というレッテル貼りをされるという悲しい現実もある。すこしでも新人ナースの皆さんがそうした思いをしないように、本書ではインシデントが起こりやすい場面を取り上げ、どうすれば極力インシデントを回避できるか、という視点からその方法をやさしく紹介する。