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認知症の人が、1人で通院することは病気の進行に伴い難しくなります。そのようなときに付き添ってくる人はさまざまです。

ほとんどが家族ですが、そうでない場合もあります。地域包括支援センターの担当者や地区担当保健師、ケアマネジャーやヘルパーの場合もあります。
介護関係の方だけでなく、いろいろな理由で、友人や知人が付き添ってくることもあります

CASE 041
78才男性

「また、よろしくお願いします」
診察室に現れたのは、もう関係ないはずの女性でした。

介護していた男性は施設に入り、もう関わりはないはずです。
いったい何があったのでしょう。

これまでの経過

元不動産業という生活保護の男性です。競輪が趣味でギャンブルで身を持ち崩したようです。2回の結婚歴があり、子どもが2人います。2回とも離婚しており、元の妻とも子どもたちとも絶縁状態です。

もともと高血圧症で、近所のかかりつけ医から降圧剤が処方されていました。長らく喫煙歴がありました。本数はかなり多かったようです。

X-4年、本人いわく「急におかしく」なりました。居住中のアパートの家賃を間違えて毎回多く支払ってしまうようになりました。大家も不動産屋も福祉事務所の担当者も、誰も気がつかないままでした。

X-3年、物忘れに気づいた福祉事務所の担当者が大学病院の物忘れ外来に受診させました。脳梗塞が見つかりました。メマリー®︎が処方されました。医師の指導によりタバコをやめました。

物忘れ以外に、もともと怒りっぽい性格がひどくなっているということで抑肝散も処方されました。抑肝散は、最初のころは多少は効いた印象だったということでした。

以後は近所のかかりつけ医から処方薬だけ継続されました。イライラしやすく怒りっぽい性格のため、かかりつけ医との関係は徐々に悪化しました。

大学病院は半年に1回、検査だけの受診でした。

X-2年、福祉事務所に保護費を受け取りに来た際に、家賃を多く払い過ぎていることに担当者が気づきました。本人に家賃の額を伝えても訂正できません。何度かやってみましたがダメでした。

このため福祉事務所の担当者が役所から直接、家賃を払うように手続きを変更しました。しばらくすると「家賃を払わなくてもいいのか」など、確認するため何度も福祉事務所に来たり、頻繁に電話してくるようになりました。

担当者がその都度、詳しく説明しましたが理解力が低下しており、何度説明しても納得しませんでした。そのうち本来の家賃よりも高く払っていたことは理解できました。

「だまされた」という発言や「大家と不動産屋はグルになっている」など同じ話の繰り返しです。単語が出てこなくて「あれ」など指示語の連発で、なんとなく伝わるもののうまく意思表示ができません。

対応に困った担当者の付き添いで当院受診しました。

初診時の状態

もの忘れは顕著でした。記銘力障害が重度です。

会話が噛み合いません。指示語が多く、何を言わんとしているのかわかりにくい状態です。複雑な話が理解できません。また、思い込みが強く、医師や福祉事務所の担当者の話も入りにくく、言葉の一部を捉えては勘違いしてしまうことが頻繁です。

内容が十分理解できないため不安感も強いです。書字も障害されていました。簡単な漢字も間違えますし、ひらがなも崩れています。

担当者の話では、手続き用の書類に署名してもらったときにも自分の名前の字さえ間違えていたことがあったそうです。

暮らしぶり

過眠です。日中はほぼうたた寝して過ごしています。

銭湯が好きで2日に1回は通っているとのことでした。食事、排泄、着替えなどの日常生活動作は自立していました。

検査結果

頭部MRIを施行しました。大脳は萎縮が顕著です。左半球の後方に比較的大きな陳旧性の梗塞巣を認めました。分水嶺梗塞です。分水嶺梗塞とは、内頸動脈が詰まるなど太い血管の閉塞が原因で起こる梗塞です。

そのほかに白質脳症も見られました。これは大脳全体の血流障害が原因です。頸動脈の狭窄や閉塞で全体に血流が低下すると起こります。

多発性ラクナ梗塞も見られました。ラクナ梗塞は、細動脈硬化という血管の末梢にあたる細い部分の閉塞により起こります。

このような脳血管障害は、生活習慣病による動脈硬化が原因のことがほとんどです。この人は大学病院にかかる前から高血圧症で、近所のかかりつけ医に通院していました。降圧薬を処方されていました。

こういった血流障害により大脳は全体に萎縮していました。左半球の梗塞巣の影響で言語機能が低下しているものと思われました。

意外と悪いMMSE

MMSEも施行しました。12点でした。もしもアルツハイマー型認知症であれば、この点数は重度の段階です。ADL、日常生活動作が自立していることは考えられません。

MMSEが低下する要因として失語症が考えられました。脳血管障害による失語症です。自分の名前の字さえも間違えたり、書けないことがある状態です。

言語機能が悪く、MMSEが低下しています。言葉による説明が入りにくいのもそれが原因です。

ADLは自立しています。これが、いわゆる「まだらぼけ」という状態です。血管性認知症の特徴です。

病識

病識もありました。アルツハイマー型認知症では考えられないことです。自ら「自分でも驚くほど物忘れがひどいです。困っています」と訴えました。

診察中の態度はさほど悪くなく、挨拶はしますし、話しかけると反応速度は普通です。ただ、言っている言葉に指示語が多いので、何を言わんとしているのかわかりにくいのです。

福祉事務所の担当者の話では、「いまのかかりつけ医との関係が悪くて、喧嘩みたいになってしまうので困っています」とのことです。

失語があって、会話によるコミュニケーションがうまくいっていないためと思われました。失語の人に物事を説明するときには、配慮して伝えないとうまく伝わりません。

処方は当院で引き受けることにしました。

元カノの登場

X-1年、本人の通院に女性が付き添ってきました。「おや?」と思いました。2回の結婚歴があり、2回とも離婚しているということでした。この女性は誰でしょう。

「あなたは元の奥さんですか?」
「元カノです」

ちょっとはにかんで、そう言いました。10年前に2人目の妻と離婚してから、3年間ほど内縁関係にあったとのことでした。

「もう、別れてから7年になります……」

3人目の女性でした。籍は入れていないのです。

ヨリが戻る

本人は「1年半ほど前に脳がおかしくなり、意識がなくなって、その後意識が戻って。でもその後呆けた、と言うんですか……おかしい感じがします。いまも何がどうなっているのかわからないことがある」と言いました。

実際におかしくなったのは3年ほど前ですが、毎回「1年半前」と訴えます。

「そう、それで、見るに見かねてボランティアでご飯作ってあげたり、掃除もしてあげているんです」

元カノはそう言いました。

通常、本人以外の親族ではない人に診察室に入ってもらうことはありません。個人情報保護法という法律ができてから、第三者への診療情報の開示に制限が設けられました。これにより診療に関する情報を開示するのに慎重な配慮が求められるようになったからです。

ですから、身寄りのいない人は診察に同席できる人は後見人や福祉事務所の担当者など、正式に本人の情報が開示できる人に限られているのです。

ところが、実際の現場では公式の援助者ではない人が本人の主介護者であるケースが多々あります。認知症の診療をしていると、どうしてもこういう場面が出てきます。

知人や友人、このような内縁関係にある人も含めてです。

認知症の人の生活を支えているのは公式の介護職ばかりではありません。親族じゃない、正式な後見人でもないのですが、実生活を支えている人たちです。このような人たちでも、診療の際には話をする必要があるのです。

私の経験では、これまでにさまざまなインフォーマル(非公式)の介護者がいました。会社の元同僚、元教え子、同じ教会のシスター、元民謡のお弟子さんなどです。枚挙にいとまがありません。

それが人と人とのつながりというものなのです。

娘の登場

インフォーマルな介護者たちは、日ごろの生活を支えることはできます。しかし、認知症の場合、親族や後見人などのフォーマル(公式)な援助者でないとその人の身のふりを決定することはできません。ですから、元カノが本人の転居や入院、入所などの意思決定や手続きを行うことはできないのです。福祉事務所の担当者は音信が途絶えていた遠方に住む娘を連れてきました。

娘と受診したときにも同じ話を繰り返していました。「1年半ほど前に脳がおかしくなり……」という話です。

私は娘に「血管性認知症であり、そもそも高血圧症が原因。今後も禁煙と降圧薬の服用が必要」と説明しました。

娘は福祉事務所の担当者と相談し、いまのアパートを引き払って施設入所させることに決めました。生活保護で入れる施設を探してもらうことになりました。

元カノとの受診

次の受診は元カノと来ました。薬を飲み忘れるということでした。残薬調整、薬剤管理が必要でした。薬の管理を援助するために介護認定申請をしてもらうことにしました。

本人のADLは自立しており、家事は元カノが行っているので、ある程度生活は成り立っています。しかし、服薬確認など肝心なところを元カノに任せるのは責任が重いと思いました。公式のサービスによる援助が必要と考えました。

元カノはあくまで他人なので、福祉事務所の担当者からの直接の連絡はありませんでした。それでも地域包括支援センターに本人を連れて行って介護認定申請をするのを手伝うと申し出てくれました。

介護認定申請

その日の帰りに、さっそく地域包括支援センターに私からの診療情報提供書を持参して相談に行きました。すると、その場はすんなりと手続きが進み、認定調査にこぎ着けることができました。本人も素直に受け入れている様子でした。後にして思えば、何が何だかわからなかったのだと思います。

後日、要介護度が出て、地域包括支援センターの担当者が訪問し、「それではまずはデイサービスの見学を」と切り出したところ、キレました。怒鳴り散らしている本人に何を話しても通じず、担当者は早々に引き上げました。

キレる彼

現場に同席していた元カノが私に相談に来ました。

「あの人、気に入らないとすぐに怒るんです。スイッチが入るとキレるんです。本当に怖いんですよ。だからいっしょに生活できなくなって別れました。でも、他に誰も面倒見る人がいないので、気の毒で……。

1人では役所の手続きもお金の管理もできないんですよ。近所のお店でもお金の支払い額を間違えたりして、店員さんから指摘されるとカッとなってクレームを言うので揉めるんです。コンビニでもです。

かかりつけの先生にも、気に入らないこと言われると声を荒げて怒り出すので出入り禁止になったんです。そういう事情なんです……。どうしたらいいんでしょうね」

キレるのは、元々だったのです。「いっしょに生活できない」とはどういうことでしょう。はっきりとは言いませんでしたが、パートナーに対する暴力があったのではないかと感じました。これが離婚を繰り返した原因だったのではないでしょうか。

それにしても、3人目の元カノがここまで面倒を見てくれるとは不思議です。何か女性を惹きつけるものを持っているのです。相手を支配して操ることができるのでしょう。サイコパスの要素もあるのかもしれません。

精神症状への対応

X-3年から2年間、抑肝散を服薬していましたが、キレる症状は変わっていませんでした。キレるのは認知症によるものというより元来の性格とのことでした。認知症になる前から精神疾患があったと考えられます。

一つはギャンブル依存。もう一つはパーソナリティ障害と思われます。サイコパスの要素もあったのではないかと疑ったのですが、認知症になる前の本人を知らないので、あくまでも推測です。

主たるものは反社会性パーソナリティ障害だったのではないでしょうか。
「喧嘩や暴力を伴う易刺激性」
まさに、その症状です。
「責任感がない」
「良心の呵責がない」
3つの症状が揃えば診断基準に合致します。反社会性パーソナリティ障害の場合、アルコールや薬物依存を伴いやすいといわれていますが、この人はギャンブル依存でした。

キレやすい症状に対して、もはや抑肝散の効果はないように思えましたので抑肝散を中止してデパケンR®︎を処方しました。デパケンR®︎に切り替えてから易怒性は改善しました。

過去を語り出す

元カノは家族のような顔をしていつも診察に付き添うようになりました。易怒性が収まったので付き添いやすくなったのもあるようです。

役所の書類や手続きは元カノが手伝っていました。本人に内容について説明すると、意味がわからず怒り出したり、被害妄想が出現するので、最近は何も言わずに援助しているということでした。

何度か通ううちに打ち明けてくれました。

「じつは以前に暴力振るって……警察に入ってもらったこともあるんですよ」

やはりパートナーに暴力を振るっていたのです。元カノはドメスティック・バイオレンス(DV)の被害者でした。

元カノには姉がいました。姉は元カノのことを心配し、「そんな人の面倒を見ることないでしょう」と言っているということでした。私も姉と同じ意見だと話しました。

「あなたは、この人と赤の他人です。暴力を振るわれたり、迷惑ばかりかけられているではありませんか。もう関わらないで、地域包括支援センターの担当者や実の娘さんにお任せしたほうがよいのではないですか?」

そう言いました。

パーキンソン症候群の進行

そのうちパーキンソン症候群が進行してきました。両膝の踏ん張りがきかなくなり、前のめりで小刻み歩行です。杖を使うようにアドバイスしましたが聞く耳を持ちません。

元カノが三食作り、掃除洗濯をして、生活の面倒を見ています。

腎機能の低下

かかりつけ医と喧嘩をしてから内科にかかっていません。このため当院で採血などの内科的な検査も行いました。採血の結果、クレアチニンが1.20mg/dLとやや高く、腎機能低下が見られました。
長年に渡り高血圧症を放置したための高血圧性腎症と思われました。

メマリー®︎は腎排泄の薬剤です。このため腎機能が低下している場合、メマリー®︎の量を減らす必要があります。維持量10mgが適切です。

いまでは元カノが薬を管理しており、血圧は正常範囲にコントロールされていました。定期的に採血し経過を見ていく必要がありました。

電話が止められる

保護費から適切に支払いができないので電話が止められてしまいました。本人が怒り出し、ドコモの本社に行き、怒鳴り散らしたということで警察が呼ばれました。

本人は診察室で元カノを指差して「こいつに食事を作ってもらって、ちゃんと食べています」と堂々と話します。

介護サービスは拒絶して受けていませんし、ケアマネジャーの契約もしていません。元カノと福祉事務所の担当者は連絡を取り合っていません。

それでも福祉事務所はちゃんと動いていました。

立ち退き

X年、本人が住んでいるアパートを強制的に立ち退かされることが決まりました。突然の告知でした。家賃の払い過ぎを指摘されてから、福祉事務所が家賃の支払いを代行するようになるまでのあいだに1カ月分の家賃が未払いのままだったのです。本人が「いままで多く払い過ぎていたのだから払わなくてもいい」と思い込んでいたのが原因でした。

アパートの大家さんも、いい店子さんであればそんなことにはしなかったと思うのです。しかし、この人はさんざんクレームを言ったり、怒鳴り込んだり、迷惑をかけました。だから何か退去させる口実が欲しかったのでしょう。1カ月分の家賃の滞納を理由に退去を申し立てました。裁判所の判断で強制退去となりました。

施設入所

次のアパートを自分で探す能力がありません。福祉事務所の担当者にそう告げられパニック状態になりました。

福祉事務所では、実の娘と相談の上、施設に入所させる方向で動いていました。施設見学を予定していました。

本人は不安が強くなり、頻繁に福祉事務所を訪れて、窓口で居座るなど行動がエスカレートしていきました。

本人の生活は元カノがほとんど支えていましたが、福祉事務所からは「XXさんは何もしないでください」と言われました。元カノが関わることで、福祉事務所が介入することが難しくなっていたのです。生活ができてしまうので介入を拒絶されてしまうのです。

しかし、元カノは「電子レンジにガラスのコップ入れるし、目が離せなくて」など言いつつ、援助をやめませんでした。

それでも福祉事務所のケースワークは粛々と進みました。もうアパートは出なければならないのです。

明日、施設に入るという日に元カノが当院に来ました。
「明日、施設に入るんです」
「よかったですね。もう、あなたがボランティアをする必要はないです。自分の人生を生きてください」
「そうですね。姉もそう言います。もう、あの人の面倒を見なくてもいいんですね」

施設の担当医に診療情報提供書を書いて転院してもらいました。これで当院の診療は終了したはずでした。

再度の登場

ある日、予約簿を見ると見慣れた名前がありました。

「あれ?転院したのでは?」

元カノが診察室に現れました。

「施設は3泊したんですが、脱走して私の家に来たんです。 行く場所がなくて……」

そう言いました。

「この人の実家も、実の娘さんも、引き取りを拒否して。だから私の家で面倒見ているんです。私も生活保護なので、とにかくやりくりして、2人でやっていきたいんです」

当院へ福祉事務所からの連絡はありませんでした。

介護依存

「トイレが近くて、しょっちゅう行くんです。トイレの床に排尿してしまって、毎回びしょびしょで……毎日掃除がたいへんなんですよ」

嬉しそうに話します。介護依存です。

「喧嘩したくないんで、好きなようにやらせてます。大声で怒鳴るので、怒鳴らないように接してます」

元カノの表情を見て、介護の闇を垣間見たような気がしました。

本人は悪びれもせずに言いました。

「膝が痛いんだ。湿布出してくれよ」

診察すると、膝が腫れています。膝関節症です。湿布薬を処方しました。

これからも長い付き合いになりそうです。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。