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第13回
「認知症」と、ひとくちに言っていろいろな病気があります。

アルツハイマー型認知症はよくみられますが、最近では、レビー小体型認知症も思ったより多くあることがわかってきています。

アミロイドが脳神経細胞にたまって起こるのが、アルツハイマー型認知症です。
レビー小体型認知症では、αシヌクレインという物質がたまります。

アミロイド以外の、タウタンパク、神経原線維などが溜まる、種々の病気が認められます。その他には、脳梗塞が原因で起こる脳血管性認知症、アルコールの毒性によって脳が縮む、アルコール性認知症というものもあります。

それぞれの病気で、進行のしかた、出てくる症状、効く薬、効かない薬、薬の副作用などはさまざまです。正しく診断していれば、いろいろな症状が出てきたときに対応がしやすくなります。
ですから、診断は非常に重要ですが、診断が難しいこともあります。

症状が典型的ではなかったり、疑わしい病気が複数あると、誤った診断に引きずられて、治療や指導が適切に行えません。

「どの認知症でも、どうせ薬は同じでしょう? 診断はいいから、とりあえず薬を出してくださいよ」と言われることもあります。しかし、手探りでやっていると、痛い目に合います。介護する人、される人のあいだに無用なトラブルを引き起こしてしまうことがあるのです。


看護師のための認知症患者さんとのコミュニケーション&“困った行動”にしない対応法

CASE 013
80才女性

激しい精神症状と、意識消失発作を繰り返す

「入院させてください!」
数年前から、当院に通院している方が、娘に付き添われて来ました。娘の話では、暴言を吐く、意識を失って倒れる、などの症状が急にひどくなったので、自宅ではみられないというのです。

本人は、「いままでと何も変わっていない」と言います。
娘は、険しい表情で「もう無理です」と言います。

娘に症状を聞くと、「夜中にトイレで便を漏らして汚していたので娘が掃除をしていたら、それを見て本人が突然怒り出し、暴言が激しく、対応に困った」とのことです。また、朝昼晩の食後に、眠り込み、よだれをたらして突っ伏してしまい、声をかけても起きなくなるとのことでした。

夜間の暴言については、自分が汚したことに気がついていて、プライドが傷つけられたことによるものでしょうか。あるいは、せん妄という意識障害かもしれません。せん妄を繰り返す疾患といえば、レビー小体型認知症です。

食後に意識がなくなってしまうのは、食事性低血圧の症状ではないかと思いました。

食事を摂ると、胃がいっぱいになり、副交感神経が刺激されて、消化管が活発に働くようになります。通常、誰にでも起こる自律神経の反射なのですが、自律神経機能が低下していると、副交感神経が活発になりすぎて、血圧まで下がってしまったり、流涎がひどくなったりします。そして血圧低下によりショック状態となり、意識が消失します。

このような自律神経の機能低下は「自律神経失調症」と言って、レビー小体型認知症や、多系統萎縮症に多くみられます。

やっぱり、レビーなのかな? ふと、そう思いました。
レビー小体型認知症では、症状に波があり、診察場面に見られない症状が、自宅では現れることがあります。症状の波、取り繕い、作話、妄想……。

日ごろから認知症の診療をしていると、「いまここで症状がなくても、家族の言うことを信じる」習慣が身に付いています。

暴言を吐くことに関しては、以前から内服薬を処方していたのですが、本人が拒薬して、飲めていませんでした。このため、娘の求めに応じて、認知症専門病院に入院させることにしました。

これまでの経過

X-6年、「脳梗塞が心配」とのことで、本人が1人で当院を初診しました。

内科で血圧の薬を飲んでおり、すでに抗血小板薬も飲んでいました。血圧は薬で適正な値まで下がっています。頭部MRIを撮ると、両側レンズ核に虚血性変化を認めました。多発性ラクナ梗塞です。レンズ核は身体の動きを調節する部分で、細い動脈が分布しています。

長く高血圧が続いていると、「細動脈硬化」といって細い動脈が硬くなり、内腔が詰まってしまい、小さな脳梗塞が多発してきます。これを多発性ラクナ梗塞と言います。多発性ラクナ梗塞の進行予防には、血圧をきちんと下げておく必要があります。

血圧は適正な値まで下がっていたので、従来の服薬で様子を見れば大丈夫と話して、お帰りいただきました。

X-5年、1年経ったので、多発性ラクナ梗塞の再発がないか、検査に見えました。1年前とまったく変化がなく、落ちついているので、いままでの治療で大丈夫と話しました。

X-4年、また1年ぶりに見えました。このときも頭部MRIの所見には変化がなく、このままで大丈夫と話しました。

もの忘れの始まり

X-3年、1年ぶりに来院し、他院の神経内科で「むずむず脚症候群」と言われて、薬を飲み始めたということでした。また、「娘にもの忘れがひどいと言われる」と訴えました。頭部MRIを撮ると、大脳の虚血性変化が少し広がっており、また大脳のびまん性萎縮が若干見られるようになっていました。血管性認知症の始まりのようです。

X-2年、また1年経って、1人で見えました。
「むずむず脚症候群と言われていますが、むずむずというより、皮膚がヒリヒリして痛くて、だるいんです」と訴えます。MRIで、この1年では大脳に変化はありません。見ると、両下腿の静脈が怒張して蛇行しています。定年退職するまで、スーパーマーケットでずっと立ち仕事をしていたとのことでしたので、下肢静脈瘤と考えられました。

大脳に変化はありませんが、下肢静脈瘤に関しては、足の皮膚の症状に関係している可能性があるので、血管外科を受診するように指示しました。

初めて娘がついてくる

X-1年、1年経たないうちに、娘に付き添われて受診しました。
娘がついて来たのは初めてです。

娘の話では……
X-10年、仕事を辞めてから徐々に元気がなくなってきました。
X-7年、腰が曲がってきました。
X-5年、得意だった料理の味つけがおかしくなりました。
X-4年、薬の管理ができなくなりました。血圧の薬を飲み忘れます。晩酌のビールを飲んだ後、意識を失う発作を起こし、救急搬送されました。
X-3年、ビニール袋に入ったアンパンを、そのままオーブントースターで焼きました。

ときどきボーっとして、一点を見つめて固まっており、話しかけても反応がないことが出てきました。

このような状態は、てんかん発作の一種、焦点意識減損発作かもしれないと思いました。少し前までは、複雑部分発作と言われていました。この発作は、一時的にフリーズして、しばらくすると元に戻ります。

カルテを確認すると、この頃1人で来院しており、「他の病院で、むずむず脚症候群と言われた。娘にもの忘れがひどいと言われる」と訴えていた時期と一致しました。大脳の虚血性変化が悪化していた時期でもあります。

意識障害、振戦、視覚異常が出てくる

X-2年、血圧が乱高下するようになり、ときどきせん妄状態になるようになりました。

せん妄状態というのは、意識障害の一種で、意識が朦朧として、トンチンカンなことを言ったり、同じ動作を繰り返したり、ぼんやりしている状態です。人によっては、興奮して騒いだり、暴れたりします。

このケースの場合は、親族からかかってきた電話に出ても会話がかみ合わない、という症状でした。

X-1年、手が震えるようになり、字がうまく書けなくなりました。また、「風呂の床や白い紙が真っ黒に見える」と訴えるようになりました。

息子の名前の漢字が読めませんでした。

急に症状がいろいろと出てきたので、驚いた娘が本人に受診を促しました。しかし、同居の娘に対しては反抗的で、言うことを聞かないので、娘が本人の長男、娘から見ると兄に、「病院に連れて行ってほしい」と頼みました。このため、長男に付き添われて受診しました。

錯視、症状の波

初診時、検査をすると、時間的見当識障害が見られました。日付や曜日、今年は何年か、などがわからない状態です。

「外出時に道を歩いていると、誰かがいるように思うが、近づいてみると、誰もいない」
と、錯視を訴えます。長男の話では、まともなときと、ぼんやりしているときが交互にあり、ぼんやりしているときには、見間違い(錯視)や会話がかみ合わないなどの症状が見られるということでした。

高血圧症があり、多発性ラクナ梗塞が徐々に悪化している状況でした。いろいろな症状が急に出てくるのは、「階段状悪化」といって血管性認知症の特徴です。普通に考えれば血管性認知症です。

しかし、せん妄を繰り返したり、てんかん発作のような症状を合併していたり、錯視が出没する、手の震え、腰が曲がる、血圧が乱高下するなどがあり、レビー小体型認知症の診断基準にも合致しています。

むずむず脚症候群も、静脈瘤による痛みや感覚障害だと思っていましたが、パーキンソン症候群に伴うものだとしたら……。

認知症は一つだけではなく、2種類合併していることもあります。血管性認知症だと思われるが、レビー小体型認知症が合併しているかもしれない、と説明しました。

治療を試みる

血管性認知症の進行予防は、原因となる生活習慣病の管理がメインとなります。このため、従来通りの内科の治療を続けるように指導しました。降圧と抗血小板療法です。

レビー小体型認知症と思われる症状に対しては、アリセプト®を開始しました。抗認知症薬のなかで、唯一、レビー小体型認知症に保険適用が通っている薬です。

レビー小体型認知症では、アルツハイマー型認知症以上に、脳内のアセチルコリンが著しく低下しています。このため、アセチルコリンを増やす薬であるアリセプト®が著効することがあるのです。患者さんによっては、認知機能、幻覚妄想、身体機能のすべてが、ほぼ正常になるケースもあるほどです。

処方の際には、長男に対し、薬の管理ができなくなっているので家族が管理するように指導しました。同居している娘が管理するべきでしたが、娘が薬を預かることを拒絶され、喧嘩になってしまい、本人が自分で管理することになりました。すると、初日から薬を飲み間違え、重複服薬してしまいました。

幸い副作用はなく、その後は長男の口添えで、娘の管理を受け入れ、間違えずに飲めるようになりました。

娘の登場

アリセプト®を服用し始めたところ、手の震えが改善して字が上手に書けるようになり、すり足も改善してきたということでした。精神症状は、イライラが解消して、娘が付き添っても受診できるようになりました。

血管性認知症でもアリセプト®が効いて、少し脳の機能が底上げされることがあります。
レビー小体型認知症では、著効すると言われています。アリセプト®を服用して、少し良くなったと言われても、どちらに効いたのかは判断が難しいところです。

娘の話では、幻視は改善せず、「風呂の床に、髪の毛がたくさん落ちている。無地のタイルに模様が見える」などと訴えるとのことでした。また、血圧の乱高下も続いていました。

しばらく小康状態でしたが、一度は治まっていた娘に対する反抗心が悪化して、何か言われるたびに拒絶が強くなりました。もともと、この親子は似た性格だったようです。

口調がきつく、互いに遠慮がなく、当人たちにそのつもりがないかもしれませんが、会話はいつも喧嘩しているようです。

アリセプト®には、必要以上に脳が興奮して、怒りっぽくなる副作用が出ることがあります。このためアリセプト®の量を通常使用量の5mgから3mgに減らし、それでも喧嘩が絶えないので、1日1.5mgに減らしました。

診察時には、本人が「自分は変わりありませんが、娘が反抗的で困ります」と訴えます。娘のほうは、「本人が怒鳴るので、たしなめました。すると物を投げつけられました」と訴えます。診察中にも、互いの言い分を言い合って、口喧嘩をしています。

親子の小競り合いは徐々にエスカレートして、娘のほうは本人がやることなすこと気に入らなくなり、常に文句を言うようになりました。

同居の孫も、母と祖母の激しいやりとりを見て、母親のほうに加勢するようになっていったようです。本人を怒らせなければ、易怒性や被害妄想はある程度治まるのではないかと思われ、診察のたびに指導しましたが、うまくいきません。

いっそのことアリセプト®を中止しようかと考えましたが、内服開始時に調子が良くなったという自覚があり、家族も少量でも続けたいとの希望でした。このため、少し気持ちが落ち着く薬、抑肝散加陳皮半夏の併用を開始しました。副作用が少ないので、高齢者の認知症に伴う易怒性の改善を目的によく使われます。

しかし、これも拒薬して、飲んでもらえませんでした。

娘との関係悪化で精神症状・身体症状も悪化

「娘や孫から、『あんたは痴呆だから治らない! もう死ぬんだよ』と言われる」と、本人が訴えました。娘や中学2年生の女子が実際にそんなことを言うとは思えず、レビー小体型認知症かもしれないと思っていたので、本人の幻聴や妄想ではないのかと疑いました。

事実かどうか確認すると、娘は「実際にそのような言葉を言ったかどうかは覚えていない」と前置きしたうえで、「私も中学生の娘も、本人がいろいろ失敗したことを、つい窘めてしまいます」とのことでした。

X年、本人がトイレで排便を失敗した際に、娘が文句を言いながらトイレの掃除をしていると、本人が怒り出しました。そして大喧嘩になり、ついに「入院させてください!」となったのです。

このため認知症専門病院に紹介し、入院治療してもらうことにしました。このときには、レビー小体型認知症だと考えていましたので、紹介状には「レビー小体型認知症の疑い」と記載して、「被害妄想、錯視、暴言、暴行が激しい」旨を強調し、入院していただきました。

入院で症状が激変

入院した途端に、本人は穏やかになりました。

入院中の主治医の報告書では、易怒性はまったく見られず穏やか、家族が言うような、震えもなく、理解力も十分だったとのことでした。脳血流の検査などをしていただいたところ、血管性認知症に典型的な前頭葉の血流低下のみで、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症のような所見はみられませんでした。

てんかん発作や意識消失については、脳波検査を行っても異常所見はなく、神経調節性失神という結論になりました。神経調節性失神というのは、食事性低血圧を含む、排尿、咳嗽、嚥下などの日常の自律神経機能が働く場面で起こるだけではなく、恐怖、疼痛、驚愕などの情動ストレスでも惹起されます。大喧嘩をして興奮すれば引き起こされる可能性は十分あります。

紹介状の返事の最後は、こう結ばれていました。
「家族の介護力が低く、娘や孫とのトラブルが絶えない環境との報告があり、入院前にみられていた易怒性は環境因子が大きいと思われます。地域で目を配り、支援が必要と思われるため、訪問看護の導入を提案し、退院としました」

訪問看護が入り穏やかに

退院後は、定期的に訪問看護師が入ったため、娘と本人の関係が薄まりました。娘に対しては、介護でイライラする場面で具体的にどうしたらうまくいくのか、看護師からアドバイスしてもらえるようになりました。

中学2年生の孫は、当時はまだ子どもでなかなかうまく接することができませんでしたが、その後3年生になり、高校に入りと、成長するにつれ、だんだん上手に接することができるようになりました。

多彩な症状がありましたが、本人の腰が曲がってきたのは、骨粗鬆症による腰椎の変形によるものと判明しました。怒って興奮しなければ、震えません。

錯視や、タイルや紙が黒く見えたり、模様が見えるのは、降圧薬がきちんと飲めなくなり、血圧が乱高下していた時期に発症しています。眼科で、眼底出血の後遺症と判明しました。

退院後は、中断していた下肢静脈瘤の治療を再開して、脚のヒリヒリ、だるさは解消しました。

血管性認知症だけと判明したので、アリセプト®は入院中に中止して、その後も外来で再開していません。薬の管理で娘ともめていたのですが、訪問看護師が管理するようになり、きちんと飲めるようになりました。

降圧薬が規則正しく飲めるようになると血圧が乱高下しないので、意識も朦朧としなくなりました。降圧薬、抗血小板薬の併用だけで脳梗塞の再発は見られず、退院から5年以上経ちますが、症状の悪化は見られません。

蓋を開けてみれば、それぞれの症状に理由がありました。レビー小体型認知症のような、いろいろな症状が出て振り回された症例でした。結果として、本人家族とも辛い思いをさせてしまいました。

入院して、脳血流シンチなどによりはっきり診断できたことが問題の解決につながりました。そして、もっとも効果的な治療は、訪問看護師の導入でした。きちんと診断することの重要性を、再認識させられたケースでした。

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西村知香
認知症専門クリニック「くるみクリニック」院長。神経内科医。認知症専門医。介護支援専門員(ケアマネージャー)。1990年横浜市立大学医学部卒業。1993年同医学部神経内科助手、1994年三浦市立病院、1998年七沢リハビリテーション病院、2001年医療法人社団・北野朋友会松戸神経内科診療部長を経て、2002年東京都世田谷区に認知症専門のくるみクリニックを開業。