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1.底つきる前に

私は精神科病院で心理の仕事を始めてもう20年以上になりますが、仕事を始めた当初から依存症の患者さんは通院されていて、心理検査やカウンセリングでお会いする機会がありました。当時から現在までの間に、自分自身も依存症治療への考え方が大きく変わったなと思いますし、出会う患者さんたちから学ぶことが多くなって、ますます仕事に対する興味とやりがいが強くなったと感じています。

仕事を始めたばかりの頃は、いっしょに働く医師たちから「依存症は底つき体験が大事だよ」と言われることがよくありました。ですから、カウンセリングにまわってくる患者さんたちは、底をつききって生活を立て直すのに苦労している人が多かったですし、依存症であることを否認している患者さんたちについては、担当医が「まだまだ回復に向かえないから、もう少し底をついてからカウンセリングにまわすね」などと言うこともありました。そういう意味では、依存症治療の最初の段階は「あきらめモード」の時期が長く、患者さんやご家族といっしょに悲しい気持ちになることが多かったように思います。

しかし、昨今の依存症治療は、「底つきる前からできることを始めよう」が基本のスタンスになっています。心理士の私たちも俄然やる気が出ます。「私は依存症ではないけどね!」と言う患者さんにも、「それでも来院してくれてうれしいです」とねぎらい、体調を確認したり、苦労しながらも毎日の生活を工夫して生きている患者さんの話に耳を傾け、寄り添うことができるようになりました。これは心理士にとっても希望のある治療スタイルなのです。

2.外来の依存症プログラムを通じて

当院では、医師、作業療法士、精神保健福祉士、臨床心理士の多職種チームで、依存症の患者さん向けの集団プログラムを行っています。集団プログラムでは、おもに依存症についての心理教育と認知行動療法を盛り込んだワークブック形式のテキストを使って、読み合わせをしたり、質問に自分なりの考えを書き込んで発表してもらったりしています。ありがたいことにたくさんの患者さんがプログラムに参加してくださり、継続的に参加してくださる方も多くなりました。終了後は毎回感想を聞いているのですが、「皆さんの意見が聞けて参考になりました」という声が多く、仲間の話を聴くために参加されている患者さんがたくさんいるのだと感じています。

個人的には、グループ開始時に自己紹介と1週間の出来事を話していただく時間がとても有意義で楽しみです。無事に過ごせた、スリップしてしまったなど、病気に関する報告はもちろん、散歩の様子や見た映画の話、仕事や家族についての悩みなど、患者さんがいろいろな角度から自分たちの生活を話してくださるのを、ありがたく聞いています。患者さんも治療者も、同じ目線で日々どのように過ごしていたかをシェアする大事な時間になっていると思っています。

3.仲間の力

カウンセリングは基本1対1で行い、患者さんに寄り添いながら治療意欲を大切に底上げしていくのですが、患者さんの意識を変えるためには、同じ依存症に立ち向かっている仲間の力が非常に大きいと感じます。カウンセリングはオーダーメイドで効率が良いように思われることが多いですが、先行く仲間たちの言葉の威力のほうがもっと絶大です。同じことをカウンセラーに言われるのと、治療仲間から言われるのでは説得力が違います。カウンセリングで「カウンセラーに寄り添ってもらえて心強い」と思ってもらい、集団プログラムで「同じように悩んで、そしてがんばっている仲間がこんなにいるんだ」と実感できることで、また何倍も心強くなれるのです。

私たち治療者にとっても、同じ依存症患者さんたちの存在は、とても心強いチーム医療の一端だと思っています。さっきもお話ししたように、1対1のカウンセリングは患者さんもカウンセラーも独りです。しかし、仲間の言葉に励まされる患者さんをみていると、私たち治療者も孤独ではないと感じます。治療者も当事者も垣根なく、依存症と向き合う仲間になる、そんな一体感を感じることがあります。

4.治療者も燃え尽きない依存症治療

20年前の私は、依存症治療に一種の燃え尽きを感じる瞬間もありました。しかし、現在は治療者の仲間も増え、患者さん自身にも仲間が増えています。治療者たちも当事者たちも、スリップしてしまった人に「いいんだ、いいんだ。またやってみよう。思うようにいかないものだよ。そんなに自分を責めなくてもいいよ」と、優しく励ます言葉が聞こえてきます。そして「次にどうしたらよいか一緒に考えよう」と前向きな支えももらえます。こうなると、いつもスリップしたことを必死に隠していた患者さんも、カウンセリング中に隠さず話してくれるようになりました。そのうち、何度もスリップしてしまう患者さんがいても、私もあきらめることなく、燃え尽きを感じることもなくなってきました。

実際に、さまざまな自助グループで仲間を見つけた患者さんたちは、少しずつ断酒の日数が延びてきて、健康に過ごせる日々が増えてきているようでした。入院当初はぐったりした様子だった患者さんも、集団プログラムやいろいろな自助グループに参加するにつれて、笑顔が増えていきました。

依存症の治療は、治療者と患者さんの目線を同じラインに置くことができる点が魅力だと思います。私たち治療者が患者さんになにかを教えるということではなく、同じ人間として悩みを共有して、できることを探す過程を大事にしています。もともとカウンセリングは洞窟探検の伴走者のようなもので、問題解決の糸口を一緒に探す仲間の意味合いがあるように感じています。依存症治療ではもっとこの意味合いが強く、時には患者さんから教えていただくことも多いです。カウンセリングでいっしょに迷子になってしまう場合もありますが、ほかの患者さん仲間が「こっちだよー」と教えてくれることもあって、とても心強いのです。

底つきる前にかかわり始める、底つきる前に手を携える、底つきる前に仲間が話を聞いてくれる。そんな一連の治療同盟を組んで、燃え尽きず、底つきず、いっしょに人生を考える仲間になる。ちょっとかっこつけすぎですか?でも、そんな体験を依存症治療の中でしている私です。

プロフィール:根本ありす
昭和大学附属烏山病院 公認心理師/臨床心理士

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