1.依存のはじまり
私の依存は自傷行為です。私は20歳のときに性犯罪に遭い、PTSDになりました。本に書かれている症状が、そのまま当てはまるような苦しい毎日でした。生きていることが辛くて死のうと手首を切ったことがきっかけで自傷行為をやめられなくなりました。
自傷行為の最初の目的は「死ぬため」でしたが、そのうちに「生きるため」「がんばるため」になり、最後は切らないと一日が始まらない、切らないと一日が終われないと、自分を傷つけずにはいられなくなり、完全にコントロールを失いました。
トラウマを解決できたら自傷行為をしなくなるのではないかと、診察はもちろん、暴露療法やカウンセリングも受けました。PTSDの症状はよくなったのに、自傷行為だけはどうしてもやめられず、どんどんひどくなっていきました。大量服薬も、100錠、200錠と飲んで何度も救急車で運ばれました。最初は5針程度の切り方だったのが、最後は50針縫ってもらわなくちゃいけないほど切っていましたし、輸血もしました。痛みや恐怖は感じることなく、その後、医療者や家族からまた嫌な顔をされちゃう……という後悔はありました。
PTSDの症状で入院したというよりは、自傷行為が激しくて入院をしていました。入院して気持ちが落ち着いたら退院して、退院したらまた傷つけたい衝動に駆られて入院して……。精神科病院には10回入退院を繰り返しました。
2.ARP・断酒会との出会い
入退院を繰り返しているうちにすっかり自信を喪失し、最後は病院で死のうと思って入院しました。ヘモグロビンは3.1まで下がっていましたが、輸血は拒否、鉄剤も飲まない、ごはんも食べない、これでもうすぐ死ねるだろうと隔離室の中でぼんやり思っていました。
でもある日車いすに乗せられ、院内の断酒ミーティングに連れて行かれました。そこでアルコール依存症の方の体験談を初めて聴かせてもらいました。あのときの衝撃は忘れられません。「どうしてもやめられなかった」という言葉に、涙が溢れてきました。ミーティングが終わると、数人が私のところへ来てくれて、声をかけてくれました。そのとき、私のなかのなにかが動きました。それまでも、先生や看護師さんたちには優しくしてもらっていたのですが、その優しさとは違ったあたたかさを感じました。依存しているものは違うけれど、共感することができ、孤独だった私にかすかな光がさしこみました。「仲間」「居場所」を感じられた瞬間でした。
3.仲間との出会い
お酒をやめることを目的とした断酒会に、お酒を飲まない私は参加し続けました。真っすぐカッコ悪い話をしてる人がカッコイイと思いました。断酒会のなかで話を聴かせてもらったり、聴いてもらっているうちに、多くのことに気づかせてもらいました。依存したものは違うけれど、根本は同じだと今でも思っています。
とある断酒学校で、「お酒でたくさん迷惑をかけてきたけれど、今は自分が入院してた病院で看護師をしてます」という体験発表を聴き、私もそうしたいと思いました。看護学校の入試に3回落ちたりと、紆余曲折ありましたが、たくさんの人に支えられ、私も「自分が入院してた病院で看護師をしてます」と言えるようになりました。
4.依存症やりたい!
看護師になった目的は、「依存症の患者さんを救いたい」でした。誰よりも依存症のことはわかっているという自負があったし、入職の面接でそれも熱弁したので、依存症にかかわれると思っていたら、まったく違う展開が待っていました。依存症にはまったくかかわれないし、認知症病棟へ異動になるし……。依存症に対する熱い想いをもっていたので、納得できずに何度も涙しました。
看護師になって6年目に、やっとアディクションチームに入れてもらいました。それまでの5年間で、患者さんは依存症だけじゃないという当たり前のことに気づいたり、病棟の業務を覚えるなかで患者だったころの私を知っているスタッフとも関係を築くことができたりしました。また、入職してそのままアディクションチームに入っていたら、おそらく私はつぶれていただろうとも思いました。実は、私がアディクションチームでやっていけるようにするための、職場の配慮だったことを、最近になって知りました。上司は私が泣いても、なにも言わず、気づくのをずっと待ってくれていました。
5.ハマってます
最初からハマるつもりで看護師になったので、今、依存症治療にハマっています。入職したころと違うのは、「依存症の患者さんを救いたい」という気持ちが、「誰かの役に立てたらいいな」「誰かに寄り添えたらいいな」に変わったことです。依存症治療は一人ではできません。だからこそ、ほかのスタッフにも興味をもってもらいたいと思い、自助グループや研修会の情報を職場で拡散しています。
掲示板にチラシを貼って「ご自由にお取りください」と置いても、ほとんど減りません。最初はそのことに傷ついていました。
依存症よりも、チラシは手強い。
今は、どうやったら興味をもってもらえるのか、押したり引いたり試行錯誤中です。最近「できることは、ある」という素敵な言葉を知り、そう思いながら日々過ごしています。
6.当事者の支援者という役割
依存の当事者としての経験や、自助グループでの経験は、ほかのスタッフにはない強みだと思っています。自助グループや研修会などの具体的な説明をスタッフや患者さんにできることは、当事者だからできる役割だと思っています。また、私自身問題児で、回復にものすごい時間がかかったけれど、今はなんとか人並みに生活ができているということで、誰でも回復の可能性はゼロじゃないと思ってもらえたら嬉しいなと思っています。
7.十人十色
私は断酒会がピンポイントでヒットしました。でも、そうでない人もいます。依存に陥っているときは視野は狭くなり、自己肯定感も下がり、生きる気力も、やる気もなくなっています。今はオンライン自助グループや研修会もあり、田舎にいながらつながりをつくるチャンス、たくさんの人に出逢えるチャンスが増えました。なにが心にヒットするかは十人十色。孤独で孤立している患者さんに、ちょっとでも機会というか選択肢を増やしていくお手伝いができたらと思っています。
おまけ。百聞は一見に如かず
支援者として患者さんに自助グループを勧めることは少なくありません。けれど、実際に自助グループに足を運んだことのある支援者は、どれくらいいるのでしょうか。これまで私が参加した自助グループや研修会にも支援者の姿はありましたが、顔ぶれはどこか似ていました。さまざまな場に足を運んでいる支援者は、自助グループの良さを“体験として”知ってしまった、いわばハマったさんなのだと思います。
私たちはなにかを勧めるとき、「よい」と思うからこそ勧めます。であれば、自助グループのよさを自分の目で見て、肌で感じたうえで患者さんに勧めてほしいと私は思います。そのほうが言葉に重みが生まれます。そして、自助グループでカッコイイ回復者に出逢うことは、依存症への見方やかかわり方を確実に変えてくれます。
依存症治療スタッフは、院内で「少し変わった人たち」という偏見をもたれ、孤立しがちだといわれます。けれど、このシリーズを見てもわかるように、見渡せば実はハマったさんが全国にたくさんいます。ハマったさんを知ることで、依存症治療に興味をもつ仲間が増えていく。そして気がつけば、その仲間もまたハマっている。依存症治療は、そうやって広がっていくのかもしれません。
患者さんにはカッコイイ回復者を。
支援者にはカッコイイハマったさんを。
本音をいうと、患者さんにも支援者にも、その両方を見てほしい。
出逢いが、依存症への見方を変え、現場の空気を少しずつ変えていくのだと思います。その輪が広がり、依存症治療への偏見が少しずつ減り、現場がもっと前向きに発展していくことを願っています。そして私もその一人として、カッコイイハマったさんになれるよう、歩み続けたいと思います。
