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1 私と依存症との出会い

「また入院までして、お酒はコリゴリです。流石にやめられますよ」 肝機能障害で内科へたびたび入院していたアルコール依存症の50代の主婦の方が退院時にこう私に話してくださった。

この方が私の依存症患者さんとの初めての出会いだったが、当時私は内科で研修ローテーションをしていて、なんとなくその言葉に不安が残ったことを覚えている。しかし、当時の私は依存症が精神科で治療できることも恥ずかしながら知らず、働いていた病院でも依存症で精神科へコンサルトしていなかった。

その方がその後どうなったかはわからずじまいだが、その約1年後、私は精神科の医局に入局した。依存症を診療しない精神科はまだまだ多いが、入局した先は幸運なことに依存症も積極的に診療しており、依存症専門のプログラムも開始されていた。

2 医療者でも持っていることもある偏見

入局したての私は気合い十分に、入院してくる依存症患者さんの話を素直に聞いたが、「飲もうと思わない日はやめられる日もある」「お酒を飲んでトラブルを起こしたことないよ」と言われると、あまりに普通の方であったりするので(例えば、仕事もこなしてきた真面目そうなサラリーマンであったり、優しそうな主婦であったり)、「この人は依存症ではまだないかも」と最初は私自身も思うこともあった。

映画で見たようなお酒の瓶を振り回し、いわゆるトレーラーハウスに住んでいそうな人ではなく、普通の人だったからなのだ。ご家族からの本人の話や上級医に教わりながら、まずは自分の依存症患者さんのイメージを修正する必要があった。

しかし、「絶対にもう飲まない」「薬は使わない」と言って退院しても、間もなくスリップしてくる状況もたびたび経験するようになると、「言うことも適当だし、治す気持ちあるのかな」と思うことも多くなり、最初はどの疾患よりも苦手意識が強かった。薬で治せるわけではなく、断酒のために入院しても本人はあっけらかんとしているように見えてしまったり、医師としてどう接したらよいか自信が持てず無力感が強かったからだ。

苦手であることを上級医に相談すると、「依存症の人はそうは見えないかもしれないけど、本当は本人もちゃんとやめたい。外来に来られているだけで100点満点」と話してくださった。そのとき、私自身が依存症に対してまだまだ「だらしない、意志が弱い人がなるし、意志が弱いからこそやめられない」といった偏見を持っていたことに気づけた。

専門職についていながらも私は1年程かかってしまったが、自分の偏見に気づけてからは、依存症治療も苦手ではなくなり、むしろ外来でも患者さんがその日に受診してくれたこと自体を心から一緒に喜べるようになった。深くかかわってみると、心優しく、真面目で自分自身に厳しい人も多いと感じた。

3 依存症と今後の治療について

人間誰しもつらい気持ちになったときに、楽になれる方法を模索したり、現実逃避をした経験はある。それがチョコレートであったり、友人に会うことだったりするが、アルコール、薬物もそういった不安やストレスを一時的に楽にしてくれる強い効果があり、使用方法を間違うと簡単に脳を物理的に依存させてしまう効果がある。脳を依存させてしまうので、決して本人の意志や気合いだけで治せる病気ではなくなってしまうのである。

そもそも依存症に対する偏見がまだ強い現代では、自身が依存症であることを認めること自体のハードルも高い。アルコール依存症自体は生涯に1%は罹患するといわれており、100人に一人と決して珍しくない。否認の病気とも言われ、精神科受診までに長い年月がかかることも多く、精神科や自助グループにつながっている人はまだわずかである。

入局前の私の担当していた患者さんのように精神科領域に携わっていない医療関係者が先にかかわっていることも多く、今後はこういったケースが少しでも早く医療につなげるようになることが望ましい。

依存症は薬物療法や自分一人の決意では改善が難しく、周囲にできるだけ多くの支援者や理解者がいることが回復の手助けとなることがわかっている。治療方法も十数年前の「飲んだら罰する」というスタンスから大きく変わり、「飲んでもいいから治療につながり続ける」こととなっている。

しかし、マスコミなどの報道もまだまだ偏見に満ちており、私たちも知らないうちにその偏見を身につけてしまっていることも多いのである。エイズや同性愛なども同様であり、今では少しずつ正しい知識が広がってきており、少しずつ人の意識も変わってきている。

依存症でも同様に、多くの人に正しい知識を広めること、偏見や差別がなくなり、依存症回復者も生活しやすい社会になっていくことが回復にとって重要なのである。そういった環境を整えることにより、治療を続けること、やめられるように仲間をつくっていくことが実現しやすくなる。

そのためには一人ひとりが正しい知識を身につけていくことであると思うが、知識も意識もその問題自体に触れる機会がなければなかなか変わる機会も少ない。私自身よい上級医に恵まれていなかったら、まだ偏見を持ったままの精神科医だったかもしれない。今回は私自身の反省も込めて、まずは少しでも多くの医療関係者に依存症のことを知ってもらえたらと思い、執筆させていただいた。

プロフィール:山田真理
昭和大学附属烏山病院 精神科医。

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