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1.薬剤師と依存症

薬剤師法の第一条にはこのように書かれています。

“薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。”

このなかで依存症の治療には「調剤」「医薬品の供給」はもちろん、「その他薬事衛生」は依存症予防に大きくかかわっています。薬剤師は病院以外にも、製薬会社、薬局・薬店などいろいろなところにいます。たとえば病院では依存症の治療、薬局では薬物乱用防止教育など、ぞれぞれの立場から支援することができるでしょう。ぼくは病院の薬剤師として、依存症患者さんの薬物療法にかかわって感じたことをお話しいたします。

2.依存症治療の特効薬?

残念ながら、飲んでいれば依存症が解決するような「特効薬」はまだありません。特効薬といえなくても、病気によっては、「まずはこれ、ダメならこれ」という、ある程度のパターンが教科書(いわゆるガイドラインなど)に書かれています。ぼくら薬剤師は、教科書と薬のトリセツ(添付文書)を参考にして薬を考え、評価します。

しかし、依存症の薬物療法はタバコ・アルコールに関してのみで、それも離脱症状(物質が体からなくなるときに出る症状)などに限られていて、教科書上の扱いも小さく、種類も少ない印象でした(お読みの時点ではいい薬があるかもしれません)。

 これには参りました。そもそも依存症用のトリセツがついた薬は日本に数種類しかなく、タバコ・アルコールに限定されています。それ以外の薬から選ぼうとしたら、今度は種類が多くて選ぶのがたいへんです。たとえばある薬は、コカインを使いたくて仕方ない感情の高まり(渇望)を抑えるという研究がある一方で、より厳密な調査では効果なしとされていました。

このような薬は“いい薬”(薬物療法の世界では第一選択薬といいます)としては教科書に載らないことがあり、今まで選択肢から外していました。それだと提案する選択肢が全部消えてしまいます。何もないからラムネでも飲んでみて、というわけにもいきません。過去に効果があった例と患者さんを比べて、効きそう・効かなそう・副作用が強そう、などと考えるようになりました。ときに薬理学(薬がどのように身体ではたらくか)、薬物動態学(薬がどのように身体に入り、出ていくか)などから薬を考えることもあります。とはいえうまくいかないこともあり、依存症者に対する薬物療法の難しさを感じております。

薬は治療の選択肢の一つです。なかには薬を飲まずに治療している患者さんもおりますが、自助グループ、支援者、仲間などとともに、患者さんにとっては人生の一部となることもあります。「特効薬」ではなくても、患者さんが薬でよくなったと感じることも多く、薬は人生を支える柱の1本になると考えております。さらに過去のデータを整理し、経験を分かち合い、患者さんの選択肢を増やすことも、ぼくら薬剤師・医療者に求められていることと思います。

3.依存症の薬が示すこと

たとえば「お酒をまったく飲まないこと」だけを目標とすると、「それは無理だ」といって治療をやめてしまう方もいます。そのため、2019年、日本でもナルメフェンが発売されました。ナルメフェンはお酒を飲む少し前に飲むとお酒の量を減らす薬です。

今までは、二日酔いの気持ち悪さを強めたり、飲みたい気持ちを抑え、飲んだときの楽しさを減らしたりする「ダメ、ゼッタイ」の薬しかありませんでした。ハームリダクション(お酒などを減らしたり止めたりすることができないとき、そのダメージを減らそうという考え方)とは少し違いますが、ナルメフェンは「ダメ、ゼッタイ」から一歩進んだ、「まずはほどほどにでもやってみよう」という新しい考え方の薬です。薬の世界にも、少しずつ考え方の多様性が生まれてきています。

4.命の門番として

ゲートキーパーという言葉を耳にしたことがあるでしょうか。政府の自殺総合対策大綱で紹介され、もともとは「命の門番」という意味です。処方せんや市販薬で人々と接する薬剤師は、過量服薬(オーバードーズ)による自殺防止の役割を期待されています。これとは別に、特定の薬学の世界では、薬物乱用を防止する薬剤師をゲートキーパーとよぶことがあります。

しかし、門を破られた後、ゲートキーパーはどうしたらいいのでしょうか。「また」はないかもしれない、と思いながら「またね」と静かに見送ればいいのでしょうか。ぼくは、薬物乱用防止教育として、「くすりを正しく使おう」「薬物乱用ダメ、ゼッタイ」と唱えるだけでなく、実際に依存症患者さんとも接し、“やってしまったらどうするのか” “どうやって元に戻るのか”を知りたいし、知ってほしいと思っています。

ぼくは7~8年前の実習で、薬物乱用防止教育のため学校薬剤師といっしょに、小学校へ「薬、酒、タバコの断り方」の小芝居をしに行きました。しかし、「ダメ、ゼッタイを破ったらどうしたらいいのか?」までは知りませんでしたし、教えませんでした(※その薬剤師が悪いということではありません)。そもそも乱用した人が治療を受け回復する、という単純な事実すら思いつきませんでした。

ぼくは今の病院で、他院のある内科の先生から、しっかり精神科医療を受けるべき、と言われてやってきた薬物乱用の患者さんとかかわりました。「門」を破られてから出会った患者さんです。彼は自助グループや支援者・仲間を通してとても落ち着きました。特別、薬の調節に苦労したようなエピソードはありませんが、これは素直によかったね、と思える事例です。

ぼくらは薬物乱用の門を死守するだけでなく、門番として患者さんを回復への入口に導く役割があると思っています。この患者さんにとっての内科の先生のように、よい支援者・理解者と出会うことで依存症の患者さんは救われるということを知り、ぜひ手を差し伸べられるようになりたいと思います。これには薬剤師のみならず、地域の保健師さんや看護師さんが重要な役割を担うと想像しています。

5.薬剤師はかかわりたい

ぼくらはおもに効果・副作用の評価や、薬に対する本人の考え・希望を聴くために患者さんと話します。さらに医師、看護師など他職種と相談して薬を考え、薬物療法の手伝いをします。

最近、患者さんに「薬が今のままで最善か考えるべきで、医者に減らす気がないなら薬剤師がそれを考えるべき」というご指摘をいただきました。正論ですね。ぼくは減らせないか考えましたが、減らしてうまくいくイメージがつきません。医師にも相談しましたが、医師は「本人が信頼している看護師さんと相談してもらおう」と丸投げしました。

結局、薬は変わりませんでしたが、患者さんが看護師さんと話して決めたことで、患者さんも納得されていました。ぼくが話したときは納得しなかったのにです。どの薬を飲むか飲まないかを決めるのは薬理作用よりも信頼関係なのもかもしれません。

依存症の薬は、まだまだ発展途上です。半ば手探りのように、患者さんごと、症状ごとに薬を選ぶ必要が出てきます。それでも信頼できる支援者とともに本人が納得して選んだ薬は、患者さんが生きていくうえでの大きな力になりうる、と信じています。

プロフィール:古屋宏章
昭和大学附属烏山病院 薬剤師

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