1.救急医から精神科医に そして依存症診療に
私はもともと、依存症患者さんのことが苦手な救急医でした。私の思い込み(偏見)から、嫌いになってしまっていた時期もありました。医者だって人間です。好き嫌いはあります。そして今はその真逆です。気づいたら私は、依存症を専門とする精神科医になっていました。そんな私から、依存症患者さんと専門医療の連携についてお伝えします。
2.専門医療につながる依存症患者さんは、とても少ない
アルコール依存症患者さんのうち、専門医療を受けている人の割合は5%程度1)です。20人のうち1人しか治療につながっていません。治療が必要な人のうち治療を受けていない割合を「治療ギャップ」とよびますが、依存症はすべての精神疾患のなかでもっとも治療ギャップが大きい疾患です。
1,否認の病(病気という自覚なく認めない)ともよばれる依存症患者さんが、
2,依存症者でなくともむずかしい断酒(一切お酒を飲まない)という目標のもと、
3,なじみのない精神科病院を受診する
この3つのハードルを乗り越えないと専門医療への受診に至らなかったわけです。5%という低い数字も、納得できるものでした。
なお現在は、ご本人が依存症という病名を受け入れなくても、飲酒量を減らそうという目標であっても、飲酒量を減らそうとすらしない人にも、それぞれの価値観に寄り添いながら専門医療を行っています。ただ、精神科病院を受診するというハードルは現在でも高いように感じています。
専門医療機関に来た後よりも、来る前の動機づけのほうが困難なことは、この5%という数字に現れています。依存症治療の専門家として、自分の病院にたどり着いた人のみを診察していれば十分なのか。より困難な、病院にたどり着く前の患者さんにアプローチすることが、専門家として求められているのではないのか。もしかしたら考えすぎなのかもしれませんが、そのときの私はそう思って、総合病院へ出張して診療する試みを始めました。
3.「架け橋モデル」のご紹介
依存症の専門医療を行っているのは、おもに精神科病院です。私も単科精神科病院(診療科が精神科のみの病院)に勤務しています。一方で、依存症(とくにアルコール)の患者さんは最初から精神科病院に来てくれるわけではありません。転倒して骨折したり、肝臓を悪くしたりして、総合病院を受診することが多いです。
依存症専門医療機関の精神科医が、総合病院に出張して診療を行う。この連携の方法は、後に「架け橋モデル」と名付けていただきました。素敵な名前を付けていただきありがとうございます。
実際に始めてみると、この「架け橋モデル」はとても効果的だということがわかってきました。とくに入院患者さん。体調を崩して入院し、患者さん自身もこのままじゃいけないと思っています。もちろん医療者から見れば、そんな飲み方していたら体調崩すのは明らかなのですが、患者さん自身がそれを実感するタイミングとして入院中は最適なのです。そして入院生活は暇な時間が多いのか、面接にも好意的に応じてくれます。
面接して信頼関係を築いた精神科医師が、今後もそのまま主治医として依存症診療を続けられることで、精神科病院への受診にもつながります。実際、「架け橋モデル」を開始することで、出張している総合病院を経由して専門医療につながる人の数は、これまでの2倍以上に増えました2)。
また、この「架け橋モデル」による連携を始めたことで、自分自身の気づきもありました。
まず、医師同士が顔を合わせて話をすることで、以前に経験をしていた「患者さんを病院間で押し付け合う」ことが一切なくなりました。病院の連携室を通しての書面のやり取りだと、どうしても防衛的になってしまい、困難がありそうな患者さんを断ってしまう場面がありました。たとえば精神科病院の場合、重度の身体合併症のある患者さんについて「うちは精神科のみの病院なので無理です」と断る場合などです。
しかし、身体症状が悪化した場合は再度総合病院にお世話になればよいわけです。医師同士が直接話をすると、自然にお互いができることを模索し、気持ちのよい連携ができるようになりました。
私自身の反省なのですが、精神科病院で依存症診療を行っているうちに、依存症患者さんが精神科病院に来ることが当たり前かのように錯覚するようになっていました。前述のように、ときに重度の肝硬変の患者さんや、治療に前向きでない患者さんの受診を、断る場面を目にすることがありました。最初は疑問に感じるものの、次第にその光景にも慣れていきます。しかし、先ほどの5%という数字に表れているように、多くの人の努力があってようやくつながった、貴重なバトンなのです。そのバトンを、あろうことか専門医療機関が断ってしまっていたわけですね。
依存症は孤立の病といわれています。人とつながることで、回復していきます。専門医療機関である精神科病院でも、患者さんにそう伝えています。そして、依存症診療では連携が重要だということに異論を唱える人はいないでしょう。しかし、依存症患者さんだけでなく、その専門医療機関自体も孤立した存在になりやすいのかもしれません。診療科が精神科のみという特殊性も影響しているかと思います。総合病院に出張することで、専門医療機関に勤務する専門家としての、みずからの姿勢を再考する機会にもなりました。
私は、この「架け橋モデル」が全国に広がってほしいと思っています。それは、出会った患者さんが専門医療につながりやすくなることはもちろんのこと、専門医療機関が顔の見える存在になり、風通しがよくなり、地域の依存症診療の連携がスムーズになると考えるからです。患者さんにとっても、地域にとっても、総合病院にとっても、専門医療機関にとっても、win-win-win-winです。
4.看護師の強み
先に述べたように、依存症患者さんを目の前にして、専門医療になかなかつながらない歯がゆさを感じることもあるでしょう。専門医療は、患者さんが人とつながり、依存物質がなくても笑顔で幸せに生活するお手伝いをしています。きっと患者さんのお役に立てると、専門家の1人として信じています。しかし、いわゆる専門医療につながらなくても、回復する依存症患者さんはいます。とくに断酒会などの自助グループにつながることができると、退院後も心強いですね。
人とのつながりが回復に直結する依存症。遠くの専門家よりも、近くの支援者が、患者さんを信頼し患者さんに信頼される関係になることが大切だと私は思っています。病院にいる間だけのつながりかもしれませんが、人とのつながりは依存症患者さんの回復への第一歩です。入院患者さんのかわいい寝顔も知っている看護師は、きっと患者さんの多くの側面に触れています。患者さんの行動を変えてやろうとなんて思わなくて構いません。患者さんの回復を信じて寄り添うことが、患者さんの回復につながります。効果はすぐに現れないかもしれませんが、あなたのかかわりは依存症患者さんの回復に役に立っています。気負いせず、一人の人間として、依存症患者さんに寄り添ってみてはいかがでしょうか。
1)樋口進ほか編.新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン.東京新興医学出版社,2018,26-7.
2)手塚幸雄ほか.総合病院におけるアルコール依存症患者の診療:単科専門病院の精神科医によるリエゾン出張診察および治療導入.総合病院精神医学.32(3),2020,262-7.