前回までのあらすじ
「あなたがしているのは看護じゃなくて業務でしょ?」。先輩にそう言われて悶々としていた榛葉は、気晴らしにいろいろな病院の求人情報を検索していた。すると、【浦安市舞浜 ディズニー記念病院】との文字。
「何これ……? ディズニーリゾートに病院ってあったんだっけ」。
遊びに行ったときは全然気に留めていなかった。しかし、あの夢の国で働いている自分の姿を想像すると、榛葉は忘れかけていたドキドキとワクワクが息を吹き返してくるように感じた。
(すごく楽しそう! ここだったら自分のやりたいことができるかも! ディズニーリゾートといえば一流のテーマパークだし、ホスピタリティもサービスも一流のはず! 看護が何かわかるかもしれない!)
気がつけば病院の求人サイトのリンクを踏んでいた。募集要項から部門紹介まで掲載されている内容を片っ端から読み漁る。看護部の理念には『私たちは、イマジネーション・ケアを提供します』とあった。
(イマジネーション・ケア……。聞いたことがないけど一体どんなケアなんだろう。でもきっと何かすごい気がする。決めた! ここに行く!)
さっきまでの鬱々とした気持ちが消えていった。それどころか、榛葉はすでに就職試験に合格したつもりになっていた。
(ユニフォームもかわいいはずだし、夜勤が明けたらそのままパークに遊びに行けちゃったり、夜は近くのホテルでディナーをしてもいいよね)
そんな妄想に夢を膨らませる。
(どんな素敵な場所なんだろう。王子様を待つプリンセスの気持ちがわかった気がする)
自分はディズニーの病院で働くんだ! と思うと、榛葉は遠足に行く前日の子どものように興奮して寝付けなくなってしまった。まだ就職試験を受けてもいなければ、退職の話もまったくしていないというのに。
翌朝、榛葉はその興奮冷めやらぬまま勢いに任せて師長に転職の話をしに行った。
「師長さん、私、転職することに決めました」
「えっ! 急すぎない?」
驚かれた。当然だ。昨日まで普通に出勤していたわけだし、面談でも転職の話は一切していなかったのだから。何より自分だってこんな展開はまったく考えていなかったのだ。ただ、根拠のない希望と衝動に突き動かされていた。
「すみませんが、もう決めたんです」
「そうですか……。あなたが今ここを離れるのは少しもったいない気もします。これからが楽しみだったんですが、決めたんですね。わかりました。応援しています」
意外とすんなり話がまとまってしまった。
(もう少し引き留めてくれるかと思ったのにな)
自分から退職を言い出しておいて勝手な言い分だったが、逆にこれで転職に集中できる、と榛葉は前向きに考えることにした。というよりも何がなんでも合格しなければいけない。勇み足が過ぎたために、もう後がなくなってしまった。
後日、榛葉はオンラインで就職試験を受けた。現地に行かずとも、すべてリモートでやり取りできるのは非常にありがたい。数週間後には電子メールで合否結果が送られるとのことだった。
あっという間に決めて突っ走ってしまったので、全部終わると冷静になる。
(これで落ちていたらどうしよう……。勢いだけで行動してしまったけど、転職に失敗したのでやっぱり辞めませんとは、絶対に言えない)そう思うと今ごろになって肝が冷えた。
それからは勤務中もメールの通知が来ていないかドキドキしながら待つ日々が続いた。そして数週間後、電子メールが送られてきた。
メールには添付ファイルを示すクリップマークがついている。
(お願い、受かってて……!)
深呼吸を繰り返し、震える指先でメールアプリを開いた。
榛葉はその文面を何度も読み返した。徐々に、実感が湧いてくる。
「やったあ! これでディズニーの病院の看護師になれるんだ!」
榛葉はこれから始まる日々に思いを馳せていた。たくさんの期待と少しの不安を抱いて。
「あなたがしているのは看護じゃなくて業務でしょ?」そう言われた榛葉(しんば)が、夢と魔法の国の病院で気づいたこととは……。もしもディズニーに病院があったら、そこではどんなケアが生まれるのか? それは、ディズニーでしかできないケアなのか? 新感覚の看護小説、ここに誕生!
定価:1,980円(税込)
刊行:2022年9月
ISBN:978-4-8404-7891-5
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