前回までのあらすじ

興奮冷めやらぬまま勢いに任せて師長に退職の話をした榛葉。あとにひけなくなったものの無事にディズニー記念病院の就職試験に合格し、入職式の日を迎えたのであった。

春先の舞浜はまだ冷たい潮風が吹いていた。たとえ夢の国の周りであっても、例外ではない。

京葉線の舞浜駅は、これから仕事へ向かおうとする通勤客とパークへ遊びに行こうとしているゲストで込み合っていた。

榛葉は南口を抜けて、周りを見渡した。

「もう春だから暖かいと思ったけど、風が吹くと寒っ!」

薄着で出てきたことを後悔しながら身震いした。風の強さに震えているのか、緊張で震えているのかわからなかったが、今日から新しい病院で看護師として再スタートするんだ、とフーッと大きく息を吐いた。

駅の改札をぬけると左手にはショッピングモール、右手にはディズニーリゾートに向かう橋、そして正面の奥にはディズニーのモノレールが見える。周りには、ディズニーグッズを身につけている親子連れやカップル、友人同士と思われるグループがたくさん目に入った。同じ場所にいても、楽しそうな人たちと自分とはまったく対照的だ。目の前にパークがあるのに遊べないというジレンマを抱えるとは思わなかった。

(これが、ここで働く日常ってことかぁ)

ディズニーランドのゲートに向かって歩きながら、榛葉は病院から送られてきた封筒を出した。その中には入職時に必要な書類だけではなく、ディズニーランドの入場チケットが入っていた。

病院の最寄り駅はモノレールのベイサイド・メディカルステーションだが、入職日当日に限り、同封の特別入場チケットを使用してディズニーランド内から病院に来るようにと指示があった。そしてスーツではなく、私服で出勤するようにとも書いてあった。

モノレールに乗って行ったほうが楽なのに、なぜわざわざパークの中から来させるんだろうと疑問に思いつつ、入職者専用に作られたチケットを見つめる。ミッキーとミニーが白衣を羽織っている特別なデザインだ。

(うーん、記念にとっておきたかったなぁ)

ディズニーランドのエントランスに着くと、自分以外にも病院の入職者と思われる集団がいた。すぐにわかったのはリクルートスーツを着ていたためだ。榛葉は言われたとおりに私服で出向いた自分が間違ったのかと焦ってしまったが、彼らは場違い感に気がついたのか、一人また一人とトイレに駆け込んで私服に着替え始めた。確かに夢の国にリクルートスーツは似合わない。

入場を待つ列に並ぶが、一人でディズニーに遊びにきたように思われないかと、なんとなく落ち着かない。ソワソワしながら持ってきた荷物の確認をしていると、「おはようございます。チケットを拝見します」と係員に声をかけられた。

「あっ、はい! えっと……これです」

ファイルの中の特別入場チケットを出した。

「それではこの先で手荷物検査を受けた後、ワールドバザールを抜けて右手側に進んでいただき、トゥーンタウンへ向かってください。それでは、行ってらっしゃいませ」

笑顔で送り出されたものの、一人でディズニーランドを歩くというのはさっき以上に落ち着かない。いつ以来かわからない久しぶりのディズニーランドなのでゆっくりと見てまわりたいが、今は入職式が待っている。お目当てのアトラクションに乗るべくあちこちへと散っていくゲストを横目に足早に進んでいくと、すぐにトゥーンタウンへ到着した。振り返れば数人がまばらにこちらへ向かっている。どうやら目的は同じのようだ。

ミッキーの家の近くまでやってきたが、どう見てもこの先に病院があるようには思えない。

案内状を見ても行き方がさっぱりわからない。キョロキョロとしていると、キャストがこちらに歩いてきた。

「何かお困りですか?」

天の助けだ。おひとりディズニーの心細さに、キャストの優しさがひときわ染み渡る。

「今日、病院の入職式で、こっちに来るようにと案内があったんですけど、場所が……」

「そうでしたか。病院に行くならこちらです」

キャストはスタスタ歩いて、トゥーンタウンの景色の一部だと思っていた小屋の扉を開いた。

「えっ、ここから入るんですか?」

恐る恐る近づいていくと、扉の中には長い通路が見えた。通路はストレッチャーが三台並んでも余裕で通れそうなくらい幅が広い。柔らかいオレンジ色の光で照らされた床には、パークから向こうへ、向こうからパークへ、キャラクターの足跡がついていた。足跡の形はプーさんとプルートだろうか。

通路に足を踏み入れる。不思議な踏み心地で、なんとなく柔らかい感じもする。どこまで続いているんだろうと思いながら歩く榛葉の後ろに、新入職者がぞろぞろと続いてくる気配がした。

急に眩しく広い空間が現れ、ミッキーとミニーが両手を広げたデザインの横断幕が目に飛び込んできた。

『ようこそ、ディズニー記念病院へ!』


(次回に続く)

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イマジネーション・ケア_もしもディズニー記念病院でケアを学んだら
イマジネーション・ケア_もしもディズニー記念病院でケアを学んだら

夢と魔法の病院で行われるケアとは?
「あなたがしているのは看護じゃなくて業務でしょ?」そう言われた榛葉(しんば)が、夢と魔法の国の病院で気づいたこととは……。もしもディズニーに病院があったら、そこではどんなケアが生まれるのか? それは、ディズニーでしかできないケアなのか? 新感覚の看護小説、ここに誕生!

定価:1,980円(税込)
刊行:2022年9月
ISBN:978-4-8404-7891-5

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