今回の事例



『入院してから意欲が低下し、
一日中ボーッとするようになった』

70 代女性。乳がん・多発肺転移にて外来通院中であったが、肺炎をみとめたため入院となった。入院2日目ごろから「何もしたくない」と言って倦怠感を訴え、日中も寝てばかりいるなど、活動性の低下がみられた。表情はボーっとしており、医療者の話しかけにも全く関心を示さなくなった。また、急に「私、何でここにいるのかしら?」などと言って、「買い物に行かなくちゃ!」と荷物をまとめることもあった。さらには、不安そうに天井をじっと見つめている様子もみられた。付き添っていた夫からは、「入院前はこんなことなかったのに……」などと心配の声が聞かれた。



Q この患者さんで、考えられる疾患は次のうちどれか?



①うつ病
②認知症
③せん妄





「解きかた」を解説します!




①うつ病を疑う場合

高齢者によくみられる精神疾患として、うつ病(Depression)、認知症(Dementia)、せん妄(Delirium)の3つが有名で、それぞれの頭文字をとって「3D」と呼ばれています。3Dは互いに似た症状があるため、臨床現場で間違えられやすいことが知られています。

うつ病は、何らかの心理的要因を契機として発症することが多く、がん患者ではいわゆるbad news(医師による難治がんや再発・転移の告知)の後にうつ病をきたしやすいとされています。また、抑うつ気分や興味・関心の低下といった精神症状だけでなく、不眠や食欲低下、頭痛、倦怠感などの身体症状をみとめるのが大きな特徴です。

今回の事例では、心理的要因として入院や肺炎の発症などが考えられますし、また意欲低下や倦怠感など精神・身体症状をみとめているため、うつ病の可能性が十分考えられます。

観察ポイント 見逃し注意!

ただし、うつ病で意識障害をきたすことはないため、本事例のように辻褄の合わない発言がみられるのは、うつ病らしくない所見です。また、うつ病は「急に」発症するものではなく、まずは不眠をみとめ、次第に活気がなくなって……のように、亜急性の経過をたどることから、うつ病は否定的です。



②認知症を疑う場合

認知症のなかで最も多いのは、アルツハイマー型認知症です。アルツハイマー型認知症は、脳内に蓄積した特殊なタンパク質が発症の原因とされており、記憶障害や見当識障害、実行機能障害といった種々の症状を引き起こします。また、これらの中核症状に加えて、BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれる行動・心理症状をきたすことがあり、たとえば幻覚・妄想やアパシー(無気力・無関心)などがみられます。

今回の事例では、見当識障害だけでなくアパシーのような症状がみられているため、認知症の可能性が十分考えられます。

観察ポイント 見逃し注意!

ただし、認知症は発症時期が不明瞭であり、緩徐進行性の経過をたどります。本事例では、ご主人が「入院前はこんなことなかったのに……」と話していることから急性発症と考えられるため、認知症は否定的です。



③せん妄を疑う場合

せん妄とは、身体疾患や薬剤、手術などを原因として、軽度から中等度の意識障害をきたす病態です。記憶障害や見当識障害、睡眠・覚醒リズム障害、幻視といった多彩な症状が短期間のうちに出現し、夕方から夜間にかけて増悪することがその特徴とされています。がん患者では、不眠や不穏、徘徊などが目立つ「過活動型せん妄」よりも、傾眠や不活発、無関心などをきたす「低活動型せん妄」のほうが多いことが知られています。

今回の事例では、急性の発症・経過をたどっており、見当識障害や幻視、傾眠、不活発、無関心などをみとめることから、低活動型せん妄と考えられます。

観察ポイント 見逃し注意!

せん妄の患者さんの多くは、自分から幻視を訴えることはありません。そこで、「天井をじっとみつめる」「手で何かを払いのける仕草をする」などの様子がみられた場合、幻視の有無について積極的に確認してみましょう。




選択肢を検討した結果、答えは…



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井上真一郎
新見公立大学 健康科学部 看護学科 教授




本記事は『YORi-SOU がんナーシング』2024年1号からの再掲載です。



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