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看護師クリエイティブプロジェクト「fractale」のみなさんが、毎回テーマに沿ってそれぞれの看護の足跡を残していく本企画。

「学びかたを学ぶことで看護師として生きる選択肢をふやしていく」ことをコンセプトに立ち上げたメディア「メディカLIBRARY」のスタッフが、毎回、フラクタルのみなさんにテーマを伝えています。

今回のテーマは「人生の最期」です。

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今回は「人生の最期」についてです。

これを読んでいる方は医療職者が多いと思いますが、エンゼルケアなどをしていつも思うことがあります。
生まれてから一度も止まることなく動き続けてきた身体は、終わりを迎えると何かをやりきったような身体になっているなと。
魂が抜けたという言葉が一番合っている、そんな身体になっています。
温かみのない硬くて重い身体は、完全に「ログアウト」した形になっていますよね。

不思議なものです。
数時間前まではしっかりと呼吸があり、循環がされていたであろう身体が、完全になにもかも止まっている。
その人のいた病室すら、先ほどまでのバタバタとは変わり、一気に時間の流れが遅くなる。
空気感もまるで別なものになる。
人の死って、不思議ですよね。

私が長年かかわっている精神科でも、たくさんの最期を見てきました。
私の印象的なエピソードがあります。

その患者さんは家族にひどいことをして入院となりました。
以後、とても長い間入院されていました。
家族としては“いないもの”とされていて、「死んだとき以外は電話してこないでほしい」という家族。
入院する前はよほど家族はつらい思いをされ、入院という形でようやく苦しみから解放されたのでしょうね。
その患者さんが亡くなったあと、病院にあるすべての遺品を処分してほしいとのことでした。

家族の気持ちもよくわかります。
しかし、この患者さんも“生きていた”のは事実。
どんなにひどいことをした過去があっても、患者さんは家族を忘れてはいなかったと思います
患者さんのロッカーを整理していたら、家族の写真が見つかりました。
もうボロボロだし、昔の写真だからはっきり写ってないけど、写真を持っていたんです。
荷物とともに処分してほしいとのことでしたが、退院手続きに来られた際、お渡ししました。
その後お渡しした荷物とともに、病院の病棟外のゴミ箱に捨てられてました。
いろいろ思いましたね、「人ってなんのために生きているんだろうか」って。

人はさまざまな経験をし、人生を歩むものです。
その人生は始まりがあれば必ず終わりがやってきます。
突然の終わりだろうが、予期されたものだろうが、病気があろうがなかろうが、必ず終わります。
亡くなられた方のエンゼルケアをすると「自分のときはどういう終わりになるのかな」って思います。

その時代を生き抜いた、苦楽を味わい人生を終えた人の身体。
人生の長さにかかわらず、ぴたりと時間の止まった身体。
人生の最期は、不思議なものです。

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fractale~mizuki~
twitter:mizuki@おぬ10年目看護師(@c_mikzuki

乗り物好きな看護師。事務職、データベースエンジニアを経て31歳で看護師に。脳外科、回復期、精神科病棟を経験。その後は在宅医療を経験し、再度精神科病棟へ。看護師クリエイティブプロジェクト「fractale」管理者。医療メディア「メディッコ」メンバー。看護師のキャリアについて考える「ナスキャリ部!」副部長(仮)。その他多数プロジェクトに参加。好きな言葉は「まだ見ぬ誰かの笑顔のために」。好きな看護技術はひげ剃り(その他ほぼ不得意)。好きな看護業務はリーダー業務。好きな都バスの路線は【業10】新橋~とうきょうスカイツリー駅前。 

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