料理と株が好きなBさんとの出会い
Bさんは、80歳代後半の男性です。2型糖尿病(病歴37年)とパーキンソン病(病歴8年)がありました。認知症と慢性閉塞性肺疾患がある70歳代後半の妻との2人暮らしです。Bさんは要介護3で、パーキンソン病が進行しており、すくみ足と小股歩行が目立ち、家では転倒をくり返していました。HbA1cが9.0%台まで悪化し、緊急外来受診が頻回になりました。ケアマネジャーからの説得もあり、しぶしぶ訪問看護と訪問診療が同時に開始されました。
Bさんの趣味は、料理と株でした。タブレット端末をベッドの枕元に置いて、株の動向をつねに注視していました。Bさんは「わしは長年糖尿病(治療)をやってきた自信があるねん! この血糖ノートを見てくれんか」と、ボロボロになった20数年分の自己管理ノートを見せてくれました。
Bさんは高齢でありながらも、1日に3回インスリン自己注射をしていました。ベッドの下の箱の中には、使用した注射針と未使用の注射針がごちゃごちゃに混ざっており、足元には薬の粒などがいつも落ちている状態でした。
できること、やりたいことは自分でやる! を人生のモットーに
Bさんの部屋は2階で、部屋にはキッチンがありました。パーキンソン病の進行によってつねに姿勢の保持が不安定でしたが、Bさんは「動けるときに、自分でやりたい!」といすの背を支えにして、ふらつきながらも自分で調理をしていました。
訪問看護師が来るたびに、Bさんは「おかずがうまくつくれた! 味見して〜」と、嬉しそうにスプーンを看護師の口の近くまで運んでくれました。いつも笑顔でユーモアがあって、前向きに生きているBさんに、好感をもっていました。ある日、深夜4時に「ベッドから今落ちてんねん! 来て!」と連絡を受けて看護師が駆けつけたときも、「ちゃんぽんがうまくつくれた! 食べてから仕事に行ってや〜」と気遣いをしてくれる、優しいかたでした。
Bさんは、以前重症低血糖を起こした恐怖から、かならず深夜0時すぎに血糖測定をしていました。深夜まで起きているせいか、アイスクリームやチャーハンなどを補食する習慣がありました。深夜2時ごろに電話で「今、血糖値が400やねん。どないしよう?」とよく相談がありました。B さんは、株価の上昇と血糖値の上昇にいつも敏感でした。
笑いは療養生活を前向きなものにする
Bさんの妻は1階で生活しており、Bさんの好きなおやつ(ようかん、みたらしだんご)を1日に数回2階へ運んでいました。妻は「おっさん(Bさん)は糖尿病か? 気にせんでええ! 好きなもんを食べたらええんや!」とたばこを吸いながら語っていました。寝床や食事は別々でしたが、妻が食べものを運んでくるときは、夫婦が語り合う時間だとBさんは嬉しそうにしていました。
やがて、Bさんは糖尿病網膜症から視力低下が進行し、パーキンソン病による手のふるえが強く見られるようになりました。ベッドに座って「最近、目がぼやけてきて……血糖値を測るのも、4回目でやっと成功や!」と話しながら、大きな虫メガネでインスリン製剤の量を確認し、そのまま後ろへ体が倒れてしまいそうな姿勢でインスリン自己注射をするようになっていました。
深夜の病室から「血糖値がHIやねん、どないしよう?」
Bさんが肺炎で入院しているときに、「今日は血糖値がHI(高血糖の表示)やった。わしが何回も血糖値を測るから、病棟の看護師さんに血糖測定器を取り上げられてしまった。困ったな」と夜中に相談がありました。すぐに病棟看護師に連絡し、Bさんの思いを共有していきました。
退院後は、1日1回の持効型溶解インスリン製剤を注射するようになりましたが、血糖測定は1日5回ほどしていました。「血糖値の測りすぎは不安になる」と血糖測定は1日2回までと医師に制限されたり、血糖測定器を訪問診療で一時期預かったりすることもありました。
Bさんは「先生に血糖値を気にしたらあかんと言われた。わしの血糖値の変動がいつも激しいから、信用してもらえへんねん」と苦笑しながら話していました。Bさんは「自分の本心をわかってもらえない。いつも好き勝手にしている人だと思われている」という寂しさを感じているようでした。
Bさんとの永遠のお別れ
訪問看護開始から3年後、早朝にホームヘルパーから「Bさんが息をしていない」と連絡を受けました。Bさんはベッド付近で倒れ、急死されました。亡くなる前夜まで、失敗しながらも何回も一生懸命に血糖測定をしていたBさん。もっと安心してBさんが在宅療養できる支援方法がほかになかったのかと、今でも悔やまれます。
天国のBさん、そちらでは血糖値を気にせずに、おいしいものをたくさん食べていますか?
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。
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