看護師に嘘をつくDさん
Dさんは60歳代の男性で、一人暮らしです。20歳時に1型糖尿病を発症しました。その当時は、1型糖尿病でも2型糖尿病と同じ食事指導を受けたようでした。Dさんは、一年に数回は重症低血糖で病院に救急搬送されることがありました。「家でどのような生活を送っているのか」と心配した外来看護師のすすめで、訪問看護が開始となりました。
Dさんは、買いものに出かけるとき以外は自宅で過ごしています。もともと人見知りで、社会参加もしていない状況でした。初回訪問時に「訪問看護師さんに嫌われたくないから、これから嘘をついていきます」と話しました。看護師は戸惑いましたが、「嘘をつきたいならついてもOK」という思いでDさんにかかわっていきました。
Dさんの血糖測定ノートには、200mg/dL以下のよい血糖値ばかりが記入されていました。毎食前に打つインスリン注射の量も、同じ数字が並んでいました。あきらかに虚偽だろうと感じながらも“アドバイスをする看護師、それに頷くDさん、両者ともに心が痛い”といった状況の訪問看護が始まりました(主治医には、その情報は適宜報告していました)。
Dさんの変化
訪問看護師に慣れてもらうために、病気以外の話に意識を向けていきました。Dさんの趣味のバイクや音楽についてたくさん話しながら、いつかDさんが心を開いてくれることを、信じて見守る姿勢でいました。
訪問看護開始3か月目に、「看護師さんに嘘をつき続けたら、胃が痛くなってしまって……。今日から嘘をやめる」「高血糖になるのが嫌、罪悪感をもってしまう、インスリンをたくさん打っている」と話してくれました。低血糖のリスクや医療者が心配していることを毎回伝えていきました。それから、Dさんは血糖値やインスリン注射量の相談、生活全般における心配ごとを電話でも相談してくれるように変わっていきました。
インスリン注射をマックスで……
訪問看護開始7か月目、Dさんは「1型糖尿病が大嫌い、もう死にたい」「インスリン量をマックスにして打って、看護師さんとお別れする」と言い、インスリン注射のダイヤルを60単位まで回し、打つ準備を始めました。看護師は「インスリンをマックスで打ったら、ここで訪問看護は終了、すべてが終わってしまう」と何度も説得しながら、すぐに主治医に連絡をとりました。看護師が家にいることが刺激になるため、Dさんの傍から離れました。
その日は、救急車のサイレンが鳴るたびにDさんのことが気になっていました。翌朝、電話でDさんのいつもの声が聞けて、看護師全員の緊張が解けました。Dさんのこの出来事を機に、医療関係者、福祉関係者、地域の保健師、ケースワーカーともさらに情報の共有を図っていきました。
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夢に向かって、すこしずつ前へ進む
訪問看護開始8年目、Dさんは訪問看護を楽しみに待ってくれるようになりました。「訪問看護はとても安心。僕はもう一人ぼっちではない」と語り、落ち着いて生活できるようになりました。Dさんは「夢はパフェを食べること」とよく話しています。20数年以上も甘いお菓子を口にせず、自分なりに決めた食事療法でがんばっています。Dさんは「パフェは食べたいけれどこわい。高血糖になったら、インスリンをマックスで打ってしまいそうで……」と話し、今でも夢は実現していません。
Dさん、いつの日かパフェを食べるときは、そっと看護師を呼んでくださいね。Dさんの夢の続きに、これからも伴走していきます。
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。
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