訪問看護の導入
Eさんは80歳後半の女性で、病歴20年の2型糖尿病です。腎不全期で、中等度のアルツハイマー型認知症があります。Eさんは築100年の広い家屋でご主人と自営業を営んでいましたが、10 年前にご主人が亡くなり、一人暮らしになりました。その後認知症が進行し、体調も悪化したため、訪問看護が開始となりました。
当時のHbA1cは8.8%、クレアチニン(Cr)が4.4mg/dL と腎機能も悪化しており、慢性的に両下肢の浮腫が続いていました。両足の浮腫により外出もできなくなり、歩行器で室内を移動していました。看護師は「これから足を元気にして、散歩に行きましょうね」とEさんを励ましていました。Eさんは、看護師の顔を見るたびに「お姉ちゃん(看護師)、お腹が空いた。あめちゃんちょうだい! お腹が空いて、買いものに行かれへん」と話していました。
Eさんの冷蔵庫の中には、期限切れのインスリン製剤が山積みになっており、血糖自己測定器も冷蔵保存されていました。この広い家で、糖尿病治療もままならなくなって、一人で混乱していたと思うと寂しい気持ちが広がっていきました。そして、訪問看護で週に1 回、GLP-1受容体作動薬の注射をすることになりました。
Eさんの暮らしぶり
Eさんは中等度の難聴(日常会話に支障をきたす程度)があり、いつも身ぶり手ぶりを交えて会話をしていました。訪問看護では、毎回フットケアを継続していきました。Eさんは「足が気持ちええな……ありがとう。また来てや」と看護師を受け入れてくれました。
Eさんはふだん菓子パン2個やご飯2膳と総菜、ほかにはまんじゅうやあめをたくさん食べていました。そこでEさんと家族と相談し、まずは減塩食の宅配弁当を開始しました。Eさんは「うす味は嫌い! 腎臓が悪いなんて聞いていない」と話しながらも、しぶしぶ納得されました。
Eさんは「あそこに塩(食洗器用の粉末洗剤)あるやん! 持ってきて」「私の塩を誰が隠した! みんないけず(医療者はいじわる)」「あめちゃんいっぱいほしい」と泣くこともありました。夕方には、電話で「お姉ちゃん、まだ弁当が来ない! お腹が空いた。あめちゃんちょうだい」という連絡が続きました。
看護師は、Eさんの食べることの楽しみや生活の質まで落としてしまうことを懸念していました。医療者・家族ともに、Eさんの今後について検討していました。Eさんの腎機能は、ここ数年Cr3.4〜3.5mg/dL台で経過しており、食塩制限は必要でした。好きなおやつは量を決めて食べてもらうことを続けていました。
訪問看護では、服薬カレンダーのポケットに朝の薬と並べて好きなあめを1日2個、1週間分セットしていましたが、1週間分の薬とあめを一度に全部口にしてしまうこともありました。Eさんは「透析はせーへんで! 血液交換やろう? 知っている」「それよりも、お父ちゃんのところにはよ逝きたい」と話すようになりました。

フットケアの介入から4 年目、歩きはじめたEさん
訪問看護を続けるうちに、Eさんは食事量が安定し、体重が8kg減少し、両足の浮腫も改善しました。認知症は進行していますが「お姉ちゃんのおかげで、足が細くなった。もう透析せんでええやろう?」と笑って話しています。
しかし、Eさんは月のきれいな深夜に突然、歩行器で歩いているところを保護されました。これからも、Eさんの人生がより豊かになるための挑戦が始まりました。
Eさん……まずはどこへ行きましょうかね?
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。

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