怒りっぽいFさんへの訪問看護

Fさんは70歳代前半の男性で、一人暮らしです。30歳代後半で2型糖尿病を発症し、その後離婚して家族とは疎遠になりました。また60歳で脳梗塞を発症したことにより、右上下肢に麻痺が残りました。そのためすり足歩行でバランスが悪く、つねに転倒しやすい状況でした。Fさんが長年住み慣れたアパートから転居したあと、訪問看護が開始されました。

転居前に担当していた医療関係者によると「すぐ怒る、トラブルが多発している人」とのことでした。糖尿病の治療では、持効型溶解インスリン製剤34単位と、訪問看護でGLP-1 受容体作動薬を導入することになりました。Fさんがインスリン注射をする際、看護師やホームヘルパーが注射器に針をつけるところまでを手伝い、そこからはFさん自身が左手でがんばって注射を打っています。当時のFさんはHbA1c 9.6%、BMI27.9kg/m2、腹囲は112cmと大柄な体格でした。

食生活からFさんがみえてきた

Fさんの日ごろの食事メニューと量は、ホームヘルパーが毎日記録してくれていました。

朝食:みたらしだんご5 本、エクレア2 個、野菜ジュース
昼食:どんぶり茶碗1 杯分のご飯の量のカレーライス
夕食:にぎり寿司1人前、サラダ巻き3 切れ、からあげ6個、たこやき2個
間食:仏壇にお供えしていたまんじゅう2個、柿の種小2袋など


こうしたメニューに加えて、好物のアイスクリームを毎日食べていました。Fさんの訪問看護は週1回30分未満でしたが、金銭的な悩みや体が思うように動かないつらさ、一人暮らしの孤独と寂しさなどの訴えが多く、訪問時間はいつも超過していました。それでも、訪問の時間内では糖尿病療養支援までたどりつきませんでした。

「俺は、朝ごはんは何も食べていないよ! みたらしだんごとエクレアしか食べてないんだぞ!」とよく怒っていて、おやつを食事と認識していないことがわかりました。また、Fさんはホームヘルパーに「ドクターに内緒でアイスクリームをいっぱい買ってこい!」と怒鳴っていました。次第に、HbA1cは11.6%まで上昇し、Fさんは「糖尿病は最悪だ!」と言うようになっていきました。

訪問診療主治医と相談し、Fさんと信頼関係をつくることがいちばん大事だと考えて「特別訪問看護指示書(頻回な訪問看護が必要と認めた場合)」を出してもらい、最初の2週間は連日訪問しました。そのあいだ、これまでに大切にしてきた人生のことや生活背景などを毎日聴いていきました。

看護師は食事を準備するホームヘルパーと連携を取り、食事制限ではなく、栄養バランスのよいものを食べてもらえる工夫を提案していきました。また、Fさんの部屋の壁に、おすすめの食事メニューやおやつの1回の分量などが視覚でわかるように、ポスターを貼りました。Fさんは「食べるものはどうしたらいいんだ?」と話すようになり、糖尿病をよくしたいという気持ちがあることがわかりました。そして、「ご飯の量をどんぶり茶碗から小茶碗にしてみる」と決めました。

このときまでに、3か月間にわたり「特別訪問看護指示書」で頻回訪問を続けていました。HbA1cが8.4%まで改善し、腹囲も102cmまでに減ったときには、Fさんとともに喜び合いました。血糖値だけでなくFさんの孤独感と寂しさが和らぎ、何よりも心の安定が図れました。

Fさんは、以前のようにホームヘルパーや看護師に怒ることがなくなりました。「看護師さん、もう帰るんか? 寂しいよ。また毎日看護師さんが来てくれるなら、血糖値が悪くなるのもいいね!」と笑顔を見せてくれます。

Fさんにとって幸せな時間が、これからも続きますように……。





臼井玲華
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。



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