Hさんとの出会い
Hさんは70歳代後半の男性で2型糖尿病、認知症があり、80歳代前半の認知症をもつ奥さんと2人暮らしでした。子どもはいませんが、夫婦仲よく買いものに行くことが日課でした。
Hさんの病歴は24年と長く、糖尿病性腎症の腎不全期でもありました。X年12月、HbA1cが10.6%と悪化し、認知症も進行して診療所への通院が困難となったため、訪問診療に変更になりました。Hさんはもともと人見知りで、気心の知れた人以外は受け入れない様子でした。長年つき合いがある診療所からの強いすすめで、しぶしぶ納得して訪問看護を開始しました。
認知症夫婦の暮らし
Hさんの部屋には薬が多量に残っており、服薬カレンダーごとごみ箱に破棄されていました(図)。

図 Hさんが使用している服薬カレンダー
食事はカップラーメンや菓子パン、ポテトチップスなどで、お茶の代わりにコーラを飲んでいました。夜は毎日缶ビールを1本飲み、たばこは1日15本吸っていました。
Hさんは日常生活動作(activities of daily living;ADL)は自立していましたが、尿失禁状態のままタクシーに乗って買いものに行ったり、訪問看護の日を忘れたりすることも数知れずでした。部屋全体はいつも尿臭が充満しており、畳は排泄物で汚染され、足の踏み場もないほど散らかっていました。訪問看護開始2か月目、奥さんが新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に感染し、翌日にはHさんも感染が判明しました。防護服を着用して夫婦ともに連日訪問を行い、Hさんには血糖測定とインスリン注射を継続していました。Hさんは認知症があるため、マスクなどの感染対策や自宅待機ができずに、たびたび外出していました。「Hさんへ、外出しないでね!」と書いた貼り紙を階段や玄関に貼っていましたが、どれも無効でした。
「えっ!? お母さん(妻)、死んだんか……」
Hさんの奥さんは、自宅で容態が急変して緊急入院後、亡くなりました。雪晴れの日、COVID-19感染4日目のHさんに、看護師が奥さんの訃報を伝えることになりました。Hさんは「えっ!? お母さん(妻)、死んだんか……」と言い、非常に気落ちした様子でした。そのあとのHさんはコタツに入って横たわったままで、食事や水分の摂取量も減り、やせて、仙骨部に褥瘡ができました。Hさんは1週間点滴を受けましたが、筋力が低下し、階段昇降もできなくなり、好きな買いものにも行けなくなりました。
看護師には「もうええって! かまわんといて!」とケアの拒否が続き、「はよ死にたい」と言うようになっていきました。Hさんは血糖測定とインスリン注射だけは拒否せずに、なんとか受けてくれました。Hさんの気持ちに耳を傾け、訪問を続けていきました。
Hさんは一人ではない
訪問看護開始5か月目、看護師がいつもようにHさんの部屋のゴミを拾い集めていたとき、「看護師さんが触っているのは、ネズミの糞やで」と笑って立ち上がり、看護師に気を遣ってくれる言動がみられました。 看護師は「やっと心を開いてもらえた!」と嬉しくなりました。それからのHさんは、好きなコーラをゼロカロリーのものにして、栄養にも気を配り、外に出られるまでになりました。
Hさんは、看護師が来るたびに「今日もお母さん(妻)が夢に出てきた! 会いたい」と話し、温かい涙が溢れ出ています。奥さんの面影を胸に、あたらしいHさんの生活が始まりました。
Hさん、今夜も目を閉じれば、すぐに奥さんに会えるかな……。
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。

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