さみしがりやのIさん

Iさんは70歳代の男性で、一人暮らしです。30歳代後半のころに2型糖尿病を発症し、中断をくり返しながらもインスリン注射を続けていましたが、60歳代前半で脳梗塞を発症したため、インスリン治療から経口薬治療に変更されました。その後まもなく腎不全になって人工透析が開始となり、同時に訪問看護が導入されました。

Iさんは、さみしくなったときには「昔やんちゃして、家を1軒建てられるぐらいのお金を賭けごとに使った。そのバチが当たって、一人暮らしになった」とくり返し、よく「疎遠になった家族に会いたい」と語ってくれました。そんなIさんの孤独感を埋めてくれる唯一の場所が、自宅近くの喫茶店でした。Iさんはいつも、常連の高齢者で賑わう喫茶店のカウンターの角の席に座り、食事をしてコーヒーを飲んで過ごしていました。この時間がいちばんの楽しみでした。

Iさんは、透析導入後は水分1日500mL、食塩1日6gの制限がありました。しかし、「わしは好きなもん食べにいくで」と、雨のときでも傘を差し、フラフラしながら歩行器で喫茶店に向かっていました。私は、そんなIさんの後ろ姿を見送っていました。しだいに透析の目標体重を超え、顔や足にも浮腫がみられるようになり、透析時間を延長することも増えていきました。喫茶店のママさんとも相談し、Iさんが毎日注文する定食などは、特別に減塩メニューをつくってもらうことになりました。

見えない世界でのIさんの暮らし

Iさんは60歳代後半のとき、両目の糖尿病網膜症と緑内障が進行し、急激に視力が低下しはじめ、人の顔も見えなくなりました。その半年後、膀胱がんの診断も受けました。Iさんは、がんの手術や抗がん薬治療をしない緩和ケアを選択しました。「看護師さん……、目も見えんようになったし、がんにもなった。もうあかん」と涙を流すことが増えていきました。そして、一人で喫茶店にも行けなくなりました。

週1回の訪問看護の際、活気がなくなったIさんを車いすに乗せて、散歩の途中に喫茶店へ送迎することにしました。「ありがとう、うれしい」と、喫茶店に行ける日はIさんの笑顔がみられました。喫茶店のママさんや常連客の会話に耳を傾けながら座っている時間は、Iさんにとって心安らぐものでした。

Iさんの見えない世界での生活では、いろいろなことが起こりはじめました。テーブルの上のものを取ろうと手を伸ばしたときにベッドの下に転落したり、緊急ボタンが探し出せず、ときには床に落ちたまま、寒い朝を迎える日もありました。食事は喫茶店のママさんが配達し、その食事をホームヘルパーの全介助で食べるようになりました。Iさんの一人暮らしは限界かもしれないと、施設入所も検討することになりました。Iさんは、「できる限り家にいたい」という思いと、「自宅にいるとみんなに迷惑をかける」という2つの苦しみで悩んでいました。そして、最終的に、施設入所を決断しました。

ひとりぼっちだったけど、孤独ではなかった

施設入所の前日、訪問看護師、ホームヘルパー、ケアマネジャー、喫茶店のママさんの寄せ書きに手で触れながら、Iさんは「看護師さん、ありがとうな。けどもうあかんわ」と語りました。そして、施設入所直後の夜、Iさんは急変し亡くなりました。

Iさんの最後の言葉「もうあかんわ」は、自分の明日を知っていたかのようで……、精一杯生きたIさん、お疲れさまでした。





臼井玲華
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。



『高齢糖尿病患者の病態・治療・アプローチ』

糖尿病ケア+(プラス)2025年春季増刊
病棟・外来・施設・在宅で使える
高齢糖尿病患者の病態・治療・アプローチ
患者・家族に渡せる説明シートつき


Q&Aと症例解説で高齢患者のケアがわかる
血糖管理の基準や注意すべき身体症状、低血糖の対策、食事内容、薬剤の選択、認知機能低下による問題など、高齢糖尿病患者のケアにおいて知っておきたいポイントを網羅。症例別のアプローチ解説で実践的な理解も深まる! ダウンロードして患者に渡せる説明シートつき。


糖尿病スタッフのスキルにプラスを届ける専門誌


『糖尿病ケア+』
▶最新号の特集・目次はこちら
「ビジュアルでわかる、すぐに使える」第1特集と、「じっくり読める、学びを深められる」第2特集の2本立て。
第1特集は、食事療法、薬物療法、療養支援のコツといった現場ですぐに使えるテーマを、療養支援に役立つツールと一緒に解説。第2特集では、糖尿病やその関連領域について、より深掘りしたワンランク上の知識を提供します。看護師をはじめとする糖尿病患者にかかわるすべてのスタッフが患者指導やケアに活用できます!
ダウンロード可能な患者指導ツールやWEB動画が豊富なため、必要な情報を簡潔に説明でき、糖尿病患者への療養支援の効果がグッと上がる&省力化に役立ちます!信頼されるスタッフが増えることで、患者の治療中断を防ぎ、継続した関係を構築できます。
年2回刊行の増刊号では、現場ですぐに使えるタイムリーな情報を手に取りやすいボリュームでお届け!