Jさんとの出会い
Jさんは80歳代後半の男性で2型糖尿病、要介護3でアルツハイマー型認知症があります。奥さんと2人暮らしですが、奥さんも80歳代後半で2型糖尿病でした。
X−7年、JさんのHbA1cが8.9〜10.1%と悪化し始め、外来主治医のすすめで訪問看護が開始となりました。Jさんの診察結果については、主治医と看護師がかならず連絡をくれました。Jさんの病気だけでなく、家での暮らしや奥さんの介護状況などについてつねに情報共有し、相談していました。
愛犬といつも一緒に
訪問看護の日は、玄関の前でたばこを吸いながら、同じく糖尿病をもつ愛犬と迎えてくれました。
Jさんは「わしはワンちゃんと同じインスリン注射をしている、仲良しや!」「注射はちゃんと打っているで! できている! 昨日は注射を打ったかな? わからん」と話していました。
Jさんは昔から美食家で「いろいろなお店に行って、にぎやかな雰囲気のなかで食事をしてたばこを吸うのがいちばんの楽しみ」と言っていました。食卓には、いつもお菓子やくだものがたくさん並んでいました。Jさんは「糖尿病があっても、もうここまで生きたから大丈夫や!」「看護師さんが来てくれるようになっても、ランチは腹いっぱい食べたい。許してね。今日も行ってくるよ」といつも笑って話してくれました。
インスリン注射で夫婦げんか
週1回の訪問看護では“Jさんができていること”を大切に尊重し、インスリン自己注射の手技を確認して見守っていきました。同じ場所にインスリン製剤を打っていたせいで、Jさんの腹部には大きなしこりができていました。Jさんの持効型溶解インスリン製剤は1 日1回の注射でしたが、ときどきわからなくなり、1日2回注射を打つこともありました。毎朝、奥さんにJさんのインスリン自己注射の見守りを忘れないように伝え、奥さんの携帯電話のアラームが鳴るように時間設定もしましたが、夫婦ともどもインスリン注射を忘れて、それぞれランチに出かけていました。
Jさんは、愛犬のインスリン注射は忘れずに病院に連れて行っていました。また、奥さんが「早くインスリン注射やって! できひんなら施設に入って」とJさんに声をかけ、訪問看護中に豪快な夫婦げんかをすることもありました。奥さんの介護負担の軽減を図るために、主治医と相談してインスリン注射の回数を減らし、訪問看護師とデイサービスの看護師がインスリン注射を実施することで、Jさんも了承してくれました。これによって、HbA1cは7.2%まで改善していきました。
Jさんの世界観を知る
X−4年、愛犬が老衰で亡くなってJさんはとても悲しんでいました。そのころからJさんの認知症が進行していきました。1日中ぼーっとうつむき会話も続かず、活気がなくなっていきました。
ある日、奥さんから「夫が帰ってこない」と訪問看護に電話が入りました。長年、毎日一人で通っていたランチの店から自宅に帰れず、Jさんは夕方まで店で座っていました。奥さんと看護師で迎えにいった際、Jさんが肩を落として座っている姿を見て、不安と孤独でいっぱいだった様子が伝わり、胸が熱くなりました。

X−2年、Jさんの奥さんも認知症と診断されましたが、日常生活は支障なく過ごせています。雪が降っても雨が降っても、Jさんは訪問看護が終わるとすぐに奥さんと2人でランチへ出発します。家にいるときのJさんとは違って、ランチへ向かって歩いているうしろ姿はとても輝いて見えます。何か、やり残したことを取り戻すかのように。
Jさんの目には、どんな世界が映っていますか……。
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。

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