訪問看護開始当初のLさん

Lさんは70 歳代男性、2型糖尿病の病歴20 年で、90歳代の姉2人と3人で暮らしています。

X年、LさんはHbA1cが10%台まで悪化し、外来主治医のすすめで週1回から訪問看護が開始となりました。2番目の姉は「弟は朝から夕方まで寝ている。インスリン注射を打っているの? 知らない」と驚いていました。Lさんはひきこもり状態で、食事習慣は1日1~2食、2階の自室で菓子やパンなどの間食をしていました。自宅には、経口血糖降下薬などが多数残っており、1日1回の持効型溶解インスリン製剤(12単位)も「めんどうくさい」と週に4回程度しか打たず、血糖測定も気が向いたときに実施していました。

また、Lさんは30歳代のころより自発性の低下があり、精神的に不安定になることがあるため他科にも通院していました。人見知りでうつむいていることが多く、姉2人からは「私らが死んだらあんたは1人でどうするの? 1 人で何もできないやんか!」とよく言われていました。昼前の訪問看護のときでもLさんは寝ており、2番目の姉が階段の下から「はよ起きや! 看護師さん来た!」と毎回叫 んでくれました。

Lさんとの時間を共有していく

訪問看護では、Lさんのインスリン注射の手技を確認していきました。注射の準備では、針をつけて注射液がきちんと出るかを確認する空打ちを、通常1~2単位にセットするところ、Lさんは毎回8単位にセットしていました。針先を上に向け、天井に向かって8単位のインスリン注射液を水鉄砲のように勢いよく飛ばしながら、「これくらい飛ばさないと液が見えへんねん」と見せてくれました。

看護師が「うわ〜! インスリン注射液を気前よく使うのね。虹ができそう」と言うと、Lさんははじめて笑顔を見せてくれました

X+2年、LさんはHbA1c9~10%台と血糖値の悪化をくり返していましたが、訪問看護師とは信頼関係ができていました。電話で「血糖値400mg/dLや! どうしよう?」などと相談されることも増えていました。Lさんに、訪問看護の日以外の週5日は介護サービス(デイサービスや通所リハビリテーション)の利用をすすめ、介護サービスのスタッフとも密に連携しながら、Lさんのことをあたたかく見守っていくことにしました。

Lさんは「めっちゃ楽しいで」と話し、介護サービスでインスリン注射や血糖測定の見守りを行うことで、毎日インスリン注射を実施できるようになりました。その結果、HbA1cも7.3%まで改善しました。

旅をしたい

X+4年、Lさんは大腸がんと診断されましたが、病気に対する落ち込みも見せず「手術してがんばるで」と話していました。手術後から化学療法も開始され、手術から3か月後の夏の日、Lさんは「九州に船で旅行したい! 今行きたいねん!」と話しました。「心配させたくないから」と姉2人には内緒で計画が進んでいきました。そして、新型コロナウイルス感染症の第6波のとき、化学療法中のLさんは、副作用による味覚障害や両足の浮腫がありましたが、主治医や化学療法の担当看護師と何度も相談し、旅行から戻ってきたら化学療法を再開するということで旅行が決定しました。

旅行出発の日、訪問看護の際にインスリン注射や薬などをかばんに詰めました。「Lさん、インスリン注射は毎日かならず打ってね! 約束!」と書いたメモをネームカードに入れ、見送りました。

Lさん、宝物をたくさん見つけてきてね。そして、新しい笑顔をお土産に待っています……。





臼井玲華
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。



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