息子との晩酌がいちばんの楽しみ
Oさんは70歳代の女性で、60歳代で2型糖尿病を発症しました。かかりつけ医からはインスリン療法をすすめられていましたが拒否し、経口血糖降下薬で治療を続けてきました。
70歳代になり腎機能が悪化し、さらに脳梗塞を発症した際に右半身麻痺が残ったため、車いす生活(要介護5)を送っていました。その半年後には腎不全と心不全で呼吸困難となり、X年、透析療法の開始と同時に訪問看護が開始されました。
Oさんは40歳代の息子と2人暮らしで、趣味は「お酒を飲むことと食べること」と話していました。息子は居酒屋を営んでおり、Oさんは「息子がいつも焼き鳥を持って帰ってきてくれて、夜中に息子と晩酌をするのがいちばんの楽しみやねん」とこぼれんばかりの笑顔で話してくれました。

生きる意欲を失くしてしまったOさん
透析開始半年後、腕のシャントが何度も閉塞したため、入院して鎖骨下静脈などから長期留置カテーテルを挿入して透析治療を続けていくことになりました。入院中、主治医からは「今の状況で感染を起こすと命取りになる。今後在宅生活はむずかしい」とOさんに説明がありました。
訪問看護師が病床に見舞いに行くと、Oさんは「病院のご飯はまずい。ここは地獄や。もう生きている楽しみがなくなった」と話し、心が空っぽになったような状態でした。
ふたたび在宅生活に戻ったOさん
訪問看護師は「Oさんはここ(病院)にいてはだめになってしまう」と胸が張り裂けそうになりました。その後、Oさんが在宅生活にふたたび戻れるよう、医師や多職種、家族とも検討を重ね、介護サービス体制を整えることで、在宅生活が可能となりました。
X+2年、Oさんの左足第1趾は、潰瘍から壊死して切断となってしまいました。足趾切断直後のOさんは、「あんなに痛い思いはもういや!」と言っていました。しかし認知機能の低下もあり、時間の経過とともに記憶が薄れていくのか、次第に「お酒飲んで、好きなもん腹いっぱい食べてパーッと死ねたら本望や!」「足の指の切断なんて気にしない」と話すようになりました。
透析の主治医からは「水分制限500cc、塩分5g」の指示があり、Oさんは一時期、減塩食やお酒を控えてがんばっていましたが、「こんなもの食べられない」と食欲がどんどんなくなっていきました。
家族は「長生きしてほしい」と思っている一方で、「いつまで生きられるかわからないので制限するのはかわいそう。母は本当に好きなものを食べて、最期を過ごしたいと思っている」と訪問看護師に話してくれました。
Oさんの最後の誕生日
透析主治医と看護師、訪問診療医、訪問看護師、家族とで話し合いを続けていました。O さんの誕生日には、念願だった「家族とレストランで食事をする」という計画も叶いました。Oさんは「腹いっぱい食べてビール飲んできたわ。最高や」と話してくれました。その日の夕食は、いつも一人で食事をするOさんのために食べやすいようにと、ホームヘルパーがおにぎりと卵焼き、そしてOさんの希望で焼酎をすこし用意してくれていました。
X+3年、Oさんは左下肢の血流障害による痛みが強く緊急入院し、そのまま永眠されました。Oさんにとって、食べることはいのち。「腹いっぱい食べてきたで」と話してくれた笑顔は、心まで満たされていました。
旅立ったOさんに、今日はたくさん語りかけよう。患者である前に、一人の大切なOさん。これでよかったのかな、もっとできることがあったかな……。これからも答えの出ない問いに向き合います。
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。

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