突然、全失語症になったQさん

Qさんは70歳代後半の女性です。糖尿病歴26年で、近くの病院に通院していました。70歳代後半で難聴の夫と2人暮らしで、子どもはいません。

X年3月、Qさんは自宅で突然体調を崩し、うまく言葉が話せなくなりました。翌日緊急受診したところ、広範囲の左脳梗塞であることがわかりました。その後遺症で右上下肢に麻痺が残り、さらに話す・読む・聞くことができない全失語症になってしまいました。

その3か月後、主治医から「Qさんは全失語症で相手の話を理解することも困難な状態。リハビリテーションも進まないので、これ以上の回復は見込めない」「車いす生活のQさんの介護をするのは、高齢者の夫には困難。在宅生活は厳しい」と告げられました。

夫は「妻が倒れたとき、すぐに病院に連れて行っておけばこんなことにならなかった。悲しいし自分のせいだ」と肩を落としていました。それでも「妻と家で暮らしたい」と希望したため、在宅生活に向けて訪問看護・デイサービス・訪問リハビリテーション・訪問診療などのサービスを調整し、X年6月に退院となりました。

在宅生活でのQ さんの様子

退院後は、訪問看護が週2回で開始されました。看護師は、Qさんの視線に合わせてジェスチャーをしながらゆっくり声をかけ、GLP-1受容体作動薬の注射の実施、浣腸、口腔ケアなどを行いました。

夫は糖尿病が悪くならないようにと、野菜中心の食事メニューを考えて調理をしていました。そのおかげで、QさんのHbA1cは7.6%で安定していました。

1週間に1回のGLP-1受容体作動薬の注射実施時には、看護師がQさんに注射器を見せて、ジェスチャーをしながら「お腹に打ちますね」と伝えていましたが、拒否はありませんでした。しかし、口腔ケアや浣腸時には「うわーーっ」と大きな声で泣く感情失禁がみられ、左手で看護師を払いのけて不快を訴えていました。そのたびに看護師はQさんの体をさすり、目線を合わせて「いやなことばかりしてごめんなさいね」と話しかけながらケアを続けていた一方で、「Qさんの心に近づくことができない」と悩んでいました。

Qさんが意思表示できるようにとイラストや文字盤の使用も試みましたが、Qさんは指でさすことができないためうまくいかず、その後も時間だけが過ぎていきました。夫は「このまま家で寝たきりにさせたくない」と言い、毎食と15時のお茶の時間にはQさんを抱きかかえるように介助して、車いすに移乗させていました。

あきらめなかったQさん夫婦

X年10月、Qさんは頻繁に車いすに座っていたことなど、リハビリテーションの効果がみられ、片手で手すりを持ち、左片足だけでしっかり立つことが可能になりました。看護師が「Q さんすごい! 立っているよ!」と喜びを伝えると、すぐにQ さんは「グフフ……」と笑って応答してくれました。Qさんはこちらの話していることを理解できていました。

難聴がある夫は、訪問時に看護師が鳴らす玄関のチャイムの音が聞こえないため、最近ではQさんが代わりに「うわーーっ」と大きな声を出して夫に知らせてくれています。

訪問の帰り際、看護師の手を握り返すQさん手のぬくもりは、それぞれの悲しみを超えていく途中であるかのようでした。ことばだけに頼らない対話の方法を、これからも探し続けていきます。





臼井玲華
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。



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