妻とその世話をする高齢の夫の暮らし
Rさんは90歳代前半の女性で、2型糖尿病歴30年です。ほかにも、両側膝変形性関節症、脊柱管狭窄症、難聴があります。慢性心不全を患う90歳代前半の夫と二人暮らしをしています。
X年1月、Rさんは両膝の痛みが強くなり、日常生活動作(ADL)が低下して、家の中でつたい歩きをする生活になりました。夜中に両膝や腰の痛みが増強し、痛み止めを飲んだり湿布を貼ったりして朝まで起きていることも少なくありませんでした。そんな夜は、隣の部屋で寝ている夫も起きてきてRさんの腰に湿布を貼り、「おばあちゃん、大丈夫か?」と声をかけていました。
X年3月、RさんはHbA1cが9.6%まで上昇したため、インスリン製剤からGLP-1受容体作動薬に切り替え、週1回の訪問看護の際に看護師が注射を実施することになりました。またそのころ、外来診療から訪問診療へと変更になりました。
Rさんは料理をすることが好きでしたが、台所に立てなくなり、それからは夫が全面的に家事をすることになりました。Rさんは「いちばん幸せを感じるのは、大好きなすしを食べているとき」と話していました。夫は「おばあちゃんの糖尿病をよくするには、どんなおかずがいいんやろ?」と看護師にたずね、すぐさま自転車でスーパーマーケットに出かけることもありました。夫も高齢のため、年齢相応のもの忘れがあり、自分の薬を飲み忘れることもよくありました。
その後、RさんはGLP-1受容体作動薬の効果もあり、1年後には体重が8.0kg減少し、BMI22.0kg/m2、HbA1cは7.8%まで改善していきました。

夫婦喧嘩も大切なコミュニケーション
夫の疲れがピークになると、よく夫婦喧嘩をしていました。夫は「わしはおばあちゃんの世話をずっとやってきたのに、いつもわしに冷たい態度をとる! この調子ならまだまだ長生きしよるわ!」と言って竹ほうきで部屋の中を掃いていました。Rさんは「おじいさんは腹が立ったらいつもこれや。そうやって私に向けて竹ほうきで掃いて、部屋中にほこりと怒りが舞っているわ」と苦笑いしていました。しかし訪問看護が終わるころには、夫は「夜はおばあちゃんの好きなすしにするからな」と言って、互いに労っていました。しばらくは優しい時間がゆっくり流れていきました。
X+7年5月、「Rさんの夫が部屋で倒れている」とケアマネジャーから連絡があり、緊急入院となりました。夫は入院中も「おばあちゃん……、おばあちゃんは元気か」と家族にたずねていました。
Rさんは、家族とともに車いすで夫の病院へ見舞いに行きました。病室で夫と手をつないで写真を撮ったのが、夫婦の最期の時間となりました。その数日後、夫は病院で亡くなりました。
二人から一人へ
一人になったRさんは、訪問看護をとても楽しみに待ってくれていました。週2回デイサービスに通い、食事は宅配弁当にして一人で静かに生活をしていました。しかし、難聴で電話や生活の音もしっかり聞こえないRさんの暮らしを、家族は案じていました。Rさんは家族に迷惑をかけたくない気持ちと、長いあいだ暮らしてきた家から離れることへの寂しさで悩んでいました。
Rさんの最期の住処は高齢者施設でした。入所前には 「がんばって生きてみる」と訪問看護師の手を握り、涙ながらに話してくれました。Rさん夫婦の歩んだ物語をしっかりと胸に抱きしめながら。
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連載「訪看びより」は今回で最終回となります。今までお読みいただき、ありがとうございました。これまでに登場した患者さんの物語をみなさまに届けられたことに感謝いたします。
京都保健会総合ケアステーション/わかば訪問看護
看護学校卒業後、京都市内の総合病院で10 年間勤務。同法人の診療所へ異動し、看護主任として従事するなかで、糖尿病患者とのかかわりかたのむずかしさを知り、糖尿病を専門的に学ぶため、2009 年に家族を連れて東京へ転居。多摩センタークリニックみらい・クリニックみらい国立で高度な糖尿病医療に携わる。その後京都に戻り、現在に至る。

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