ここは空想病院企画室。
毎回異なるゲストとともに、
当事者性やマイノリティ性の視点から
「こんな病院あったらいいなぁ」を空想します。
外資系医療機器メーカー勤務。就学前に感音性難聴が判明。ラーメンをダーメンと言ったり、田沼さんと田村さんの聞き分けができないレベルの軽度難聴児時代から、片耳補聴器時代、両耳補聴器時代を経て現在は補聴器と人工内耳を併用中。好きなことはスポーツと海外旅行。体験レッスンも英会話も、聞こえないので一緒に考えてくれませんかと切り拓いていく瞬間が好き。
平成医療福祉グループ ケアホーム住吉。急性期・回復期病棟で勤務後、地域にて就労継続支援B型・福祉用具貸与事業所・チョコレートショップ・古着屋・障害者アート事業などに携わり、現職。共編著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』など。最近の楽しみは近所の図書館で読みたかった本を取り寄せること。
患者さんは病院で診察室や検査室に呼ばれ、医師や看護師などから多くの情報を受け取ります。
患者さんへの呼び出しや情報の全てを視覚的に届けてくれる……
それが『ビジュアライズ・インフォメーション・コネクト 〜音を伝え、音でつなげる病院〜』です!

イラスト:いしやま暁子
X:(@chovon_design)
instagram:(ishiyama_akiko)
特徴その1
~見晴らしの良いひらけた待合室~
この病院には、見晴らしの良いひらけた待合室があります。
診察を待つ患者さんは、人の存在や動線のすべてを視界に入れることができ、医療従事者とぶつかることはありません。
難聴者の患者さんは、看護師が近づいてきたとき「自分が呼ばれるのかも」と準備でき、診察室から患者さんが出てきたときには次の順番を意識することもできるでしょう!
普段は1対1で話せる難聴者でも、人の往来が多くてガヤガヤざわざわしている場所では、すべての音が雑音に聞こえてしまいがち。
でも、この待合室では、音は反射せずに遠くへと拡散します。そのため、看護師からの呼び出しの声も患者さんに届きやすくなります。
特徴その2
~呼び出しモニターをすべての部屋に設置~
診察室や検査室といったすべての部屋には呼び出しモニターが設置され、呼び出しを視覚的に気付くことができます。呼び出される順番が表示されて「そろそろだな」と一目でわかり、診察室番号が表示されていて入るべき診察室もわかります。
医師や看護師が口頭で呼び出すシステムでは、難聴者は診察室のすぐ外にあるベンチで相当な緊張感を持って待機していました。
でも、診察室の“なか”からの呼び出し声には気付かないときがあるんです。
そうなると、医師や看護師からフルネームを大きな声で連呼されてしまいます。周りの患者さんたちは「呼ばれてるのはだれ……?」とキョロキョロし、それが診察室すぐ近くの若い患者さんだと気付くとけげんな目を向けてきます。
いざ診察室に入ると「何回も呼んだけど来なかったね」と、聴力検査を試したかのようなお言葉を医師からもらうことも多々ありました。
今では呼び出しモニターのある病院は特段珍しいものではなくなりましたね。でも、導入された当初は難聴者・ろう者にとって大歓喜の変化だったんですよ。
*音がまったく入らない人は視覚に頼りきるため、普段から無意識に周りを見渡しています。それは、呼び出しに気づくためにキョロキョロしているのではなく、呼び出しに気づかないことで“迷惑をかけないため”にキョロキョロしています。聞こえなくても肩をたたいて呼んでくれるような関係性のある医療機関の場合は気を張らず安心して待つことができるんです。
特徴その3
~呼び出しウェアラブルデバイス~
診察室や検査室などでは呼び出しモニターに加え、振動や点滅で知らせてくれる”ウェアラブルデバイス”もあります。
これがあると、呼び出しモニターを常時見続ける必要がなくなり、待合室での長い待機時間に小説や参考書を読んだり、スマホを眺めたりしながら過ごすことができます。
難聴者にとって、長い待ち時間のあいだ呼び出しモニターを常に見続けて変化を確認するのは、大きな負担なんです。呼び出しモニターからチャイムが流れても、音が届かないことも少なくありません。
でも、ウェアラブルデバイスがあればとても楽に、そして確実に呼び出しに気付くことができるでしょう!
ついでに、ひとつのウェアラブルデバイスが、診察室の呼び出しだけでなく、会計の呼び出し、薬局で薬が準備できたときの呼び出し……病院で必要なすべての呼び出しをお知らせ!タッチ機能で入室時の本人確認は完了、なんと会計もできちゃう!ってのはどうでしょう?
フードコートの“ブルブル”くらいから導入してください!
特徴その4
~すべてが視野におさまる診察室レイアウト~
診察室は、置いている物品や人の動きのすべてを視界に入れることができるレイアウトとなっています。
これによって、医療従事者がどこから近づいてどんな動きをしようとしているのか、医療従事者が何を使ってどんな行為をしようとしているのかを把握することができます。それが、安心して診察を受けられることにつながります。
例えば、医療従事者が患者さんの耳の穴を観察する場面。
医療従事者は、声を掛けてから患者さんに近づき、患者さんが何をされるかを理解している前提で頭を押さえることがありますよね。でも、難聴者にとっては“存在しないと思っていた医療従事者”が思わぬところからニョキっと出現し、いきなり手を伸ばして頭を押さえつけてきたと感じることがあるんです。あまりにも突然で、自分が急に異常者になって押さえつけられたのかと錯覚を起こすほどなんです。
そもそも、難聴者は足音が聞こえません。
背後から出現する人は“すべて敵”と見なせるぐらい、恐ろしい印象を受けるということも知っておいていただきたいです。
特徴その5
~患者向け文字起こしアプリ導入モニター~
診察室には、患者さんから見える位置に文字起こしアプリ導入済モニターがあります。
医師や看護師にはマイクが装着。モニターには誰の発言かがわかる形でリアルタイムの文字起こしが表示。診察中の会話を、視覚的にリアルタイムで確認できます。
また、手話通訳を希望する場合には、遠隔手話通訳者とリモート接続。手話通訳もリアルタイムで確認できちゃいます。
文字起こしをしているので、希望者には診察でのやり取りをその場で紙に出力することもできます。患者さんが後からゆっくりと診察内容を確認したり、納得度を深めたりするために持ち帰ることもできるのです。
このモニターのおかげで、診察の内容を正しく理解することができ、適切な医療を受けようとする姿勢にもつながっていくでしょう!
ちなみに、モニターには患者名や患者IDが表示されています。患者さんは診察室に入った瞬間にモニターを見て自分が診察の対象者であることを把握し、患者確認は一瞬で完了します。医療従事者は患者取り違えミスの防止になり、発話が不十分な方からフルネームを聞き出す必要もなくなるでしょう!
特徴その6
~モニターに流れる検査目的・手順を分かりやすく示す動画~
放射線科や各検査室にはモニターが設置、検査の目的や手順をかわりやすく示す動画が流れています。
わかりやすい動画があることで、患者さんは事前に検査の目的や全体の流れ、細かな手順をインプットできます。きっと、検査への不安が軽減するだけでなく、スムーズで能動的になるでしょう! 次の動きがわからずに迂闊に動けないということもなくなります!
例えば、採血では手を握るタイミングと手を離すタイミングがありますよね。聞こえる人は1つ1つ手順ごとに声かけがあって、次の動作にスムーズに移れます。でも、難聴者にはこれがけっこう難しい。事前に動画説明があれば全然違うのにな……といつも思います。
ちなみに、動画は医療従事者の外見や制服といった見た目にこだわり、リアリティを感じさせています。現実に近ければ近いほど、本腰を入れて見るものだと認識できますよね。
*聴覚障害といっても、音は入る人が大半です。ただし、音は入るが言葉の聞き取りは難しいです。しかし、MRI撮影時のような大きな音は、たとえ微かな音に聞こえていたとしても聞き慣れない、未知の音であるためにそれだけで恐怖を感じてしまう人も多いです(CT撮影時のように小さな音なら不安にならないというわけではありません)。なので、事前情報があるだけで安心して検査に臨めます。これは、音は入るが何の音か判断が難しいという先天性もしくは重度の人ほど傾向が強いです。
特徴その7
~患者さんが情報を受け取めたか意識する医療従事者~
この病院では、医療従事者の患者さんとのコミュニケーションも一味違います。
医療従事者は、発した情報を患者さんがちゃんと受け取ったか、理解できたのかを確認する。そんなコミュニケーションをしています。
病気や障害、症状にフォーカスを当ててコミュニケーションが取れていないとき、難聴者である患者さんや通訳が不十分な家族のせいにして傷つけることがありません。病気や障害、症状への知識を身に付けるように、聞こえない患者さんやその家族に伝える手段も身に付けていく医療従事者がたくさんいるんです。
それがビジュアライズ・インフォメーション・アクセスが完備された病院です。
私たち医療従事者は、患者さんの障害について「その人に障害がある」と考える“個人モデル”で考えがち。しかし、最近は「社会や環境が障害をつくり出している」と考える“社会モデル”が主流です。
本連載では「空想病院」という視点から、病院という社会や環境を見直し、社会モデルの考え方につながればという思いから掲載しています。ぜひ、本連載を読んで病院で何ができるかを考えてみてくださいね。