ここは空想病院企画室。

毎回異なるゲストとともに、
当事者性やマイノリティ性の視点から
「こんな病院あったらいいなぁ」を空想します。


ゲスト:玉ねぎさん
作業療法士・公認心理師。精神科リハビリテーションと精神科アウトリーチに携わる。医療機関におけるダイバーシティ関連制度の構築や、マイノリティ当事者を巻き込んだ研修に注力。2020年より、ジェンダー・セクシュアリティに関心のあるリハ職のためのネットワーク「にじいろリハネット」を有志で立ち上げ、性的マイノリティ当事者かつ専門職の立場から教育・講演・執筆活動に従事。大学院でLGBTQとメンタルヘルスの研究にも取り組んでいる。ドーナッツが好き。

企画室室長(著者):喜多一馬
平成医療福祉グループ ケアホーム住吉。急性期・回復期病棟で勤務後、地域にて就労継続支援B型・福祉用具貸与事業所・チョコレートショップ・古着屋・障害者アート事業などに携わり、現職。共編著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』など。最近の楽しみは近所の図書館で読みたかった本を取り寄せること。




病院では、
LGBTQの人々は見えない存在。
自己開示しなければ当事者がいることはなかなか認識されず、 男女別の設備や異性愛を前提とした文化の病院にかかることを思い悩む人もいます。

それは、「出生時に割り当てられた性別・書類上の性別と見た目の性別が一致していないことで、職員などから奇異な目で見られたり、心無いことを言われないか不安」や「出生時に割り当てられた性別・書類上の性別で扱われることが辛い」、「同性パートナーが家族として扱われない」といった経験をしているからです。

しかし、
LGBTQの人々が 何の心配もなくハードルゼロで 安心してかかることができる病院があります。

それが『にじメディカルセンター』です!



*LGBTQ:性的マイノリティを指す言葉。Lesbian(レズビアン)、Gay(ゲイ)、Bisexual(バイセクシュアル)、Transgender(トランスジェンダー)、Queer/Questioning(クィア/クエスチョニング)の頭文字を取ったもの。

イラスト:いしやま暁子
X:(@chovon_design
instagram:(ishiyama_akiko

特徴その1
~「にじ健診センター」で安心安全!~


「自分の健康をまもる」はだれにとっても大事。

にじメディカルセンターには、LGBTQの人々も安心して利用できる「にじ健診センター」が作られています!

ここでは、オーダーメイドの健康診断を実施。
一般的に必要な年齢や既往歴などの情報に加え、
・出生時の身体的性別
・ホルモンを含む現在の身体状況
・性的指向
・社会生活のあり方
といった情報からも健康リスクを想定し、あらゆる側面から検査が提供されています。

設備やシステムにも配慮がたくさん。
・更衣室やロッカー、トイレはすべて個室! だれかと同じ空間で肌を露出することはありません
・男女別の健診ではありません! 検査項目に沿って各人に必要な検査を順に受けます
・検査を行う部屋の入口と出口は別! 出入りの際に他の受検者と顔を合わせる機会はありません
・希望者にはさらに安心を! 完全にだれとも顔を合わせず健康診断を受けることも可能です



ホームページにも安心を感じさせる情報が満載。
・安心を感じさせる文言として「どなたでも安心してご利用いただけます」や「不安なことは申し込み時に教えてください」と掲載。
・健診センターのポリシーに「ジェンダー・セクシュアリティに関する不安なく利用してもらえる健診センターを目指します」と明記。
・特定の性的指向や性自認に関連する健康リスクやその検査を紹介するページには、ホルモン療法・性感染症・メンタルヘルスなども掲載。
・健診の流れを受検者の視点でまとめた疑似体験動画もあり、事前にどんな様子か把握可能。

LGBTQの人々の健診利用は年々増加しています。
にじ健診センターは、深刻な健康格差を予防・解消するための重要な資源になっています。

*ジェンダー:社会や文化によって規定される性別。「男性は強く、女性は優しく」という社会規範や、男性は外で稼ぎ女性は家事をするという性別役割分担、服装、職業選択、コミュニケーション方法などが含まれる。


*セクシュアリティ:個人の性のあり方全般を指す用語。性的指向(誰に性的・恋愛的魅力を感じるか)、性自認(自分がどの性別であると感じるか)、性表現(外見や服装でどのように性を表現するか)などが含まれる。

特徴その2
~「だれでもキーパーソン」が導入!~

にじメディカルセンターで入院すると、
キーパーソンの扱いにも違いがあることに気付きます。

今の医療機関では、 患者さんが入院するとキーパーソン情報を収集しますよね。
このとき「血縁の家族」や「法律上の家族」を選ぶという慣例があります。
しかし、これでは法的に関係性がない同性パートナーはキーパーソンになれません。

同性パートナーをキーパーソンにしたいと申し出たところ、
・「あなたは家族ではありませんよ」とワガママを諭すような返事をされた人
・救急車で運ばれたパートナーの生死の情報すら手に入れられなかった人
といった事態に直面した人が実際にいます。

大切な人の命が消えてしまうかもしれない瞬間に、
家族として立ち会うことができない人が日本のあちこちに存在しているのです。

わたしが同性パートナーをキーパーソンにしたいと申し出たときの話をします。
看護師さんから「そ、そういうプライベートなことは大丈夫ですよ」と、
困った様子で返事をされたことがありました。
わたしも他の患者さんと同じように、
自分が信頼する人をキーパーソンにしたかっただけなのに。

「だれでもキーパーソン」が導入されていることで、
パートナーや親しい友人をキーパーソンとして指定することができます。

様々な大切な人が患者さんの治療やケアの意思決定に関与でき、 患者さんは希望や生活背景を正しく伝えることもでき、 医療スタッフは情報収集・共有がスムーズになります。

*同性パートナー:戸籍上の性別が同じであるため法律上の婚姻として認められないものの、婚姻関係と変わらないような実質的な関係にある二人のこと。日本では地方自治体が「パートナーシップ制度」を設け、様々な公的サービスなどを受けられるようにしているところがあります。


特徴その3
~見えるぞ!「アライさん」~


にじメディカルセンターには、
「アライさん」と呼ばれる職員がたくさんいます。

アライとは「同盟、仲間、味方」を意味する言葉で、
LGBTQの人々を理解し、支援する人たちのことを指します。

にじメディカルセンターでは、
アライさんの存在にすぐに気付くことができます。

「レインボーシールはアライのしるしです」と書いたポスターがあり、
見渡すと名札に小さなレインボーシールを付けた職員ばかり。
「あれ…付けてない人はもしかしていないの…?」と、
レインボーシールのない職員を探す方が大変なほど。



というのも、にじメディカルセンターでは、
働きはじめて一年以内に全職員がアライさんになっているのです。
アライ研修では単に知識を得るだけではなく、
LGBTQの人々が協力しており、サポートし合う関係も作っています。

ちなみに、シールもポスターも主張しすぎないさりげないデザイン。
そんなところにも好感が持てます!

職員が熱心に勉強していても、
サポーティブな気持ちを持っていても、
安心して相談できるのかはパッと見で判断することはできません。
だからこそ、さりげないレインボーシールでアライさんの見える化を心がけています。

誰だって、病気や障害を負ったときに余計な心配はしたくないもの。
見えるアライさんによって、余計な心配なく病院での時間を過ごすことができます。

特徴その4
~「ダイバーシティマイスター」が配置!~


にじメディカルセンターには、
アライさんよりもLGBTQの人々についてなんでも知っている 「ダイバーシティマイスター」がいます。

「ダイバーシティマイスター」は、
厳しい試験をクリアした人だけがなることができる専門家です。
LGBTQの人々が直面する健康についてもピカイチの知識を持っていて、
LGBTQのコミュニティの存在やコミュニティの文化をよく知っていて、
当事者でも知らないようなことまでなんでも分かります。

「なぜ、『コミュニティ』のことまで知っているの?」と思いませんか?

それは、LGBTQの人々は孤独や孤立を経験しやすく、
それによって心身の健康を悪化させることを知っているからです。

人の健康を守るために、
その人の社会関係まで視野に入れ、
必要であればその人にとって安心安全なコミュニティを紹介する。
それもにじメディカルセンターの仕事のひとつとされているんです。

ちなみに、ダイバーシティマイスターは、
LGBTQ以外にも障害・人種・社会的地位といった様々なマイノリティについても熟知。
複合的なマイノリティは理解されにくく健康の問題を抱えやすいですが、
熟知していることで経験を理解し、尊重し、サポートすることができています。

にじメディカルセンターでは、毎年新しいダイバーシティマイスターが誕生していますよ!

特徴その5
~性別、年齢、国籍、障害、宗教、価値観……多様性は職員にも!~


ダイバーシティマイスターが
様々なマイノリティについても熟知しているのは、
「職員の多様性」が尊重されていることも背景にあります。

にじメディカルセンターでは、LGBTQの人たちだけでなく、いろんな髪型、いろんな年齢、いろんな人種、いろんな国籍、いろんな言語……障害のある人、家族などのケア責任を負っている人……さまざまな背景の人が働いています。



お互いが「その人のありのまま」を尊重する職場となっていて、常識の押し付け合いや批判はほとんどありません。もちろん、意見の相違はよく起きます! けれど、お互いの事情や文化の違いを伝え合って相互理解することができ、それがコミュニケーションの標準になっています。

これって、様々なマイノリティだけが働きやすい職場……ではないんです!マイノリティではない、いわゆるマジョリティ(多数派)と呼ばれる人たちにとっても、この病院は働きやすい環境となっています。

最近は「多様性の時代だ!」なんて言われて、職場でも多様性がないとダメだ!とか、多様性のある職場ほど生産性が高い!とか言われますよね。でも、病院で多様性ってどんないいことがあるんだろう?って思いませんか。

そう思っていたら、職員のひとりが教えてくれました。

「ありのままの自分で働けるし、率直に意見交換できる環境は、最終的に患者さんへの良いケアに結び付いていると思います」と。

特徴その6
~声が直接届く!「市民の声を聞く会」の開催~


にじメディカルセンターでは、
「市民の声を聞く会」が定期的に開催されています。

これはその名の通り、
にじメディカルセンターに市民の声を届ける機会。

「こんな医療を充実させてほしい」
「こういう病院だともっと利用しやすい」
といった内容を扱い、その実現に繋げていきます。

市民の対面参加はもちろん、
オンライン参加や匿名顔出しなし参加もOK!



職員の参加は、
ダイバーシティマイスター、アライさん(ほぼ全職員!)、病院長も参加!

立場の違いを超えて「良い病院」の姿をみんなで考えていきます。

実は「にじ健診センター」は、
この会で出た「男女分けされていない健診センターが欲しい」という要望から生まれました。
なぜこのような声が出てきたのか?
どんなことに困っていたのか?
実は健診に来れない人たちがいたのでは?
どうすれば健診に来やすくなるのか?
「男女分け」という要望からどんどん視点を広げていき、
にじ健診センターの誕生に繋げることができました。

現在は、 「家族の健康を丸ごと支援してくれる訪問診療サービスが欲しい!」
という要望を受け、その実現に向けて動いているそうです。

特徴その7
~「にじメディカルセンター」はひとつじゃない! 地方にも展開中!~


にじメディカルセンター……
先端的な取り組みなので都市部にしかないと思われがち。
いえいえ、そんなことはないのです。
むしろ、地方での展開に力を入れています。

それは、
「地方は保守的、マイノリティには生きづらい環境だ」
と言われているからです。

にじメディカルセンターの目標は、
だれもが健康に過ごせる社会をつくることです。
そのためには、健康格差が広がっていてはいけません。
なので、地方への展開に力を入れているのです。

もちろん、地方のにじメディカルセンターにも
アライさんとなるための研修が完備されていますし、
職員にも多様性があり、ダイバーシティマイスターも在籍しています。
市民の声が届くだけでなく、地域の文化に合わせた市民講座も開催。

すでに47以上のにじメディカルセンターがあり、
全ての都道府県には展開を完了しているとのこと。
それでもまだまだ展開していかなければならない。
いわゆる人口減少都市や離島にも力を入れていくとのこと。



これまでにじメディカルセンターのことを知らなかった地域の人たちも
認識が少しずつ変化してきていて、
LGBTQの人々が過ごしやすいまちづくりにも発展しているんだとか。

だれもがありのまま健康に暮らせる地域づくりは、病院から始めることもできるんですね。




私たち医療従事者は、患者さんの障害について「その人に障害がある」と考える”個人モデル”で考えがちです。しかし、現代では「社会や環境が障害をつくり出している」と考える”社会モデル”が主流となってきています。本連載では「空想病院」という視点から、病院という社会や環境を見直し、社会モデルの考え方を身に付ける機会を提供します。ぜひ、本連載を読んで働く病院で何が出来るかを考えてみてくださいね。