ここは空想病院企画室。
毎回異なるゲストとともに、
当事者性やマイノリティ性の視点から
「こんな病院あったらいいなぁ」を空想します。
『「能力」の生きづらさをほぐす』や『働くということ-「能力主義」を超えて』をはじめ、数々の著作で社会に蔓延る能力主義の欺瞞をあぶりだし、脱・能力主義的な組織づくり・生き方を探究している組織開発専門家。新刊『「働く」を問い直す』
『人生の「成功」について誰も語ってこなかったこと』を11月に刊行。通称、テッシー。二児の母。2020年から進行性乳がん闘病中。
平成医療福祉グループ ケアホーム住吉。急性期・回復期病棟で勤務後、地域にて就労継続支援B型・福祉用具貸与事業所・チョコレートショップ・古着屋・障害者アート事業などに携わり、現職。共編著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』など。最近の楽しみは近所の図書館で読みたかった本を取り寄せること。
今回の空想病院企画室はいつもとちょっと違います。ゲスト勅使川原さんと室長喜多の会話からお届け。
というのも、空想病院の企画方法は様々。ゲストが書き上げた原稿がほとんどそのまま掲載されることもあれば、ゲストが原案を出して室長が書き上げることもあり、今回のようにゲストと室長でやり取りをしながら深めていくこともあるんです。
どんな会話から空想病院が生まれていくのか……ちょっと見ていってください!
イラスト:いしやま暁子
X:(@chovon_design)
instagram:(ishiyama_akiko)
喜多:
勅使川原さんは乳がん闘病中で、発覚するまで約二年間を整体師さんに依存していたという経過がありますよね。そういうなかで感じたことなんかを起点に空想をして、病院を作っていこうという企画です。勅使川原さんの「病院にこんなのあったらいいなぁ」を教えてください。
勅使川原:
ん~…そうですね…大学病院に通っているんですけど、待ち時間がすごい長いんですよ。10時に行って、17時くらいに帰るんです。その長い待ち時間を過ごすのが「硬い椅子」なんです。こんなのに座って待つのって、相当元気じゃないとダメじゃないの?っていつも思うんですよ。
喜多:
それはしんどいですよね。どんな椅子が理想ですか?
勅使川原:
yo〇iboみたいなのが良いですよね。
喜多:
yo〇iboは人気ですね!実は、これまでの記事でも登場しています!
勅使川原:
登場してるんですねー!じゃあ、畳はどうでしょうか?
喜多:
畳ですか!それは初めて出てきました!たしかに、和室があるといいですよね。それは空想病院として導入しましょう!
勅使川原:
改めて考えると、そもそも七時間も椅子に座るって相当きついですよね。
喜多:
僕も高熱を出して病院に行った時、椅子に座って診察を待ってて「横にならせて…」と思ったことを思い出しました。他に「これがあったら」と思うものはありますか?
勅使川原:
そうですね…通院と通院のインターバルについて傾聴的に関わってくれる人が欲しいですね。
喜多:
それは、勅使川原さんがその期間に不安を感じているということですか?
勅使川原:
医師はインターバルのことを聞いてはくれるんですけど、それに「何も言うなよ」を感じてしまうんですよ。「大丈夫でしたか?」って聞いてくれるんですけど、「大丈夫でした」としか返せないじゃないですか。じゃなくて、「このあいだ心臓が痛くなったんですけど、気のせいですかね?」とか、気になったことを気軽に相談したいんですよね。
喜多:
なるほど、それは医療者がインターバルの期間に近くに居て欲しいということでしょうか?
勅使川原:
いや、ヒアリングをするってことに価値があるんじゃないですかね。通院と通院の間の出来事、ヒアリングして欲しいんですよね。
喜多:
なるほど、それは確かに大事ですね。
勅使川原:
乳腺炎に悩まされていたとき、病院で流れ作業のような診療を受けて、心が満たされなかったんですよ。でも、整体師さんは私の話を二時間もかけて親身になって聞いてくれて、それで信用して依存しちゃったんです。だから、ヒアリングって大事だと思ってて。
喜多:
患者さんが医療と繋がり続けるためにも、大切だと思います。それも空想病院として導入してみましょう!
このような会話からはじまった空想病院。
今回は、患者ひとりひとりのニーズに合わせた空間と心のケアを提供する病院を考えました…それが「アダプティブ・メディカルセンター」です!
さて、どんなものが誕生したかをご覧ください!
特徴その1
~トランスフォーメーション・ラウンジ~
アダプティブ・メディカルセンターでは、外来診察の長い時間を快適に過ごすための空間「トランスフォーメーション・ラウンジ」があります。
このラウンジ、普段は何もない殺風景なただの空間。でも、患者さんが入室するとトランスフォーメーションして様々な空間になるのです。
例えば、疲れた体を癒したいときにはリラックスルームとなります。yo〇iboや畳が準備された空間に一瞬で切り替わり、風や波といった自然音が流れ、リラックス効果の高いラベンダーが香り、あったかい日本茶を飲むことができます。
静かに集中して原稿に向かいたいときには、デスクチェアセットにパソコンモニターが準備された空間に一瞬で切り替わります。クラシックやローファイヒップホップなどの落ち着いたインスト曲が流れ、集中力を高めるレモングラスが香り、コーヒーやハーブティーを飲むことができます。
これは、ラウンジ入室時に患者さんの心身・趣味嗜好をオートスキャンして、その情報を基に自動で切り替わります。毎回、完全オーダーメイドで、患者さんひとりひとりが自由に自分だけの時間を過ごせるための空間になるのです。
心身を休めたいと思っているテッシーでも、締め切りに追われて頭が原稿でいっぱいのテッシーでも…どんなテッシーも快適に過ごせるラウンジがここにあります。
特徴その2
~ケア・ナビゲーター~
「トランスフォーメーション・ラウンジ」でどれだけ快適に過ごしていても、気になるのはやはり診察や検査のこと。リラックスしていても、心のどこかで「まだかな?」「順番はどうなっている?」と気になってしまうものです。
そこで登場するのが、「ケア・ナビゲーター」。
これは、診察前から診察中そして診察後まで、患者さんの状況をリアルタイムでナビゲートするシステム。トランスフォーメーション・ラウンジでリラックスしている間にも、患者さんに渡されたデバイスに通知音が鳴り、「次の診察まであと5分です」と知らせてくれます。
この通知音やお知らせは、患者さんの状態に合わせて変化するのがポイント。
例えば、診察への不安があるときには、穏やかな通知音が鳴り、落ち着いた声色で診察の進行状況をお知らせしてくれます。一方、気持ちが落ち着いているときには、シンプルな通知音が鳴り、簡潔に「5分後です」とお知らせしてくれます。
もちろん、一日の受診で多くの検査や診察を受ける場合にも、ケア・ナビゲーターは対応。「11:30頃にレントゲンがあり、その後に昼食を取る時間が一時間あります」といったタイムスケジュールについても案内をしてくれます。診察後には、注意点や次回の予約などの重要な情報も忘れずにお知らせし、あなたが安心して次のステップに進むためのサポートをしてくれます。
通院のたびに7時間も病院で過ごすテッシーも、ケア・ナビゲーターのおかげで一日の見通しを立てることができます。次の診察や検査に心構えすることができたり、すき間で読書やうたた寝をすることもできちゃいます。
特徴その3
~ヒアリング・コンサルテーション~
アダプティブ・メディカルセンターでは、医療者が患者さんと関わるために「ヒアリング・コンサルテーション」を導入しています。
これは患者さんがこれまでの医療者とのコミュニケーションで伝えられなかったことを、医療者が積極的に拾い上げる仕組みです。医療者は、患者さんの発する言語情報と非言語情報から情報を引き出し、それに合わせて適切な姿勢と態度を取り、そのうえで診療や日常的な会話を行います。それによって、患者さんは安心して自らのことを相談することができるようになります。
患者さんが「大丈夫でした」と答えざる得ないような、医療者の「大丈夫でしたか?」はもうありません。「前回の通院の間に心臓が痛くなることがあって…」などの不安を話すことには何のためらいもなく、話せなかったこれまでが信じられないほどです。
もちろん、ヒアリング・コンサルテーションを実践するため、医療者にはそのための時間や精神的ゆとりが十分に確保されています。忙しいなかで無理に時間を作って対応しているのではありません。患者さんと話す時間が二時間必要ならば、誰に相談する必要もなく二時間を確保できます。
全ての医療者が患者さんと向き合うことが出来る環境を病院が作ることも、ヒアリング・コンサルテーションには必要な条件とされています。
アダプティブ・メディカルセンターでは、患者さんのあらゆる状況に随時適応し続け、患者さんにとって一番の医療を届けることを実現しています。あなたが現場で感じる「もっとアダプティブできないか?」も教えてくださいね。
勅使川原:
今日、ちょうど通院していて感じたことも話をさせてください。今日でがんと告知されてからちょうど5年だったんです。電子カルテには「5年0月」と、患者の私にですら見えるところに表示されていました。
喜多:
そうだったんですね。がんであることは5年をとても意識されてきたことかと思いますし、とても頑張って走り抜けてきたことと思います。ここまで、おつかれさまでした!
勅使川原:
ありがとうございます。ですが、通院先で医療者からは「5年間、がんばりましたね」などの声掛けは決してありませんでした。一切触れられませんでした。医療者の日常にとってはこのような患者はたくさんいるのかもしれませんが、患者としては唯一無二の生なんです。今日のような日を、人は「節目」と呼びます。流れゆく日常ですがせめて一言、「今日で5年ですね」とだけでも言ってほしい。私のような進行がんの方やその他やはり生き死にが切実に見える病の方は、移ろう日々を節目節目で振り返り、噛み締めながら治療を続けて生きていきたいんで。
喜多:
医療者としては決して逃してはいけませんよね。このお話は、ひとりひとりの医療者が今考えて行動できることだと思います。空想病院としてではなく、勅使川原さんのメッセージとして、みんなに届けたいと思います。
私たち医療従事者は、患者さんの障害について「その人に障害がある」と考える“個人モデル”で考えがちです。しかし、現代では「社会や環境が障害をつくり出している」と考える“社会モデル”が主流となってきています。本連載では「空想病院」という視点から、病院という社会や環境を見直し、社会モデルの考え方を身に付ける機会を提供します。ぜひ、本連載を読んで働く病院で何が出来るかを考えてみてくださいね。
