ここは空想病院企画室。

毎回異なるゲストとともに、
当事者性やマイノリティ性の視点から
「こんな病院あったらいいなぁ」を空想します。


ゲスト:そねいぷさん
急性期の総合病院のICUに勤めて14年の左利きの男性看護師。習字だけは右手で。お箸やスポーツは左手で。スポーツでは左利きはありがたがれることはあれど、医療現場ではそんな機会はない。

企画室室長(著者):喜多一馬
平成医療福祉グループ ケアホーム住吉。急性期・回復期病棟で勤務後、地域にて就労継続支援B型・福祉用具貸与事業所・チョコレートショップ・古着屋・障害者アート事業などに携わり、現職。共編著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』など。最近の楽しみは近所の図書館で読みたかった本を取り寄せること。



左利きは身近なマイノリティ。

周囲を見回してみると一人は絶対にいるはず。
なのに、病院では右利きの職員のみが使いやすいアレコレがたくさん。

左利きの視点から空想した『ひだりてとみぎて、どちらもハッピー 両手を合わせて『しあわせ』病院』、ちょっと覗いてみませんか?

イラスト:いしやま暁子
X:(@chovon_design
instagram:(ishiyama_akiko

特徴その1
左・右スイッチ




ちょっと、ナースステーションを見回してみてください。

あらゆる動線や物品が、右利き用にセッティングされていませんか?

例えば、記録を書くためのパソコン。

マウスは右手で操作するように置かれていていますよね。左手側には書類が積まれていて片付けないと左手でマウス操作できないし、有線が短い場合なんかには右手でマウスを使わざる得ません。キーボードも実は左利きには使いづらいところがあって、ショートカットキーは押しづらいんです。

この病院では左利きにも一瞬で対応。
「右・左スイッチ」を押すことで、利き手に合った環境設定に自動で対応。

・机の上の書類は左利きでも取りやすく
・パソコンのマウスは左側に移動し
・キーボードの配列は入れ替わり
・右利き用の文房具は引き出しに戻ります

「私のデスクは書類が散らかってるから無理そう…」と思いましたか?

ナースステーション整理機能が標準オプションで搭載されており、いつでもきれいな環境にしてくれます。「左・右スイッチ」が導入後には、ナースステーションに記録を書きに来る左利きの他職種が増えて困っているなんて話も。

特徴その2
利き手自動判別機能付き医療器具



左利きで困るのは、ナースステーション以外でも。

日々の看護で用いる医療器具や機器も右利き用に作られていて、ちょっとした処置でも不便を感じているんです。ときには我慢して右利きを使っていることも…。

・左利き用のナースはさみがあれば楽なのに
・持針器だって左利き用ならもっと上手に使えるのに
・左利き用の採血翼状針があれば採血しやすいのに
・挿管するときの喉頭鏡も左利き用ならスムーズに挿管できるかもしれない(医師が大助かり!)

でも、利き手自動判別機能付き医療器具があるので、そんな困りごとはありません。

これらの器具は持った瞬間に利き手を自動で判別。左手であることを感知したら、にょきにょきと左利き用に形が変わっていきます。これまでやりづらかった処置もスムーズに出来るようになり、仕事で感じるストレスが激減します。あと、これまで自腹で左利き用の器具を購入していた看護師のお財布にも優しくなります。

ちなみに、利き手自動判別機能付き医療器具のことを知らずに転職してきた看護師は、転職直後は右手と左手に持ち替えて形状変化で遊んでしまうらしいです。「遊ばないで!」と指導される姿を見るのがお決まりになっています。

特徴その3
ラーニングミラーモード



アダプティブ・メディカルセンターでは、医療者が患者さんと関わるために「ヒアリング・コンサルテーション」を導入しています。

左利きでは、処置やケアを教わるときにも教えるときにも大変さがあります。

だって、右利きの人が教えてくれても、頭のなかで左右逆に変換しなければいけないんです。右利きの人同士だったら存在しない過程をひとつ加えなければならなくて、脳がパンクしそうになりながら必死になっています。これは教える側としても大変。「伝わってるかな?」と常に自問自答しなければいけません。

そんなときはラーニングミラーモードを発動!

右利きの人が左利きの動きになるように、自動的に切り替わります。右利きの人が教えてくれる処置やケアがあたかも左利きでやっているように見えるのです! これまで理解しづらかった内容もスムーズに理解することができ、看護技術の習得が以前よりも早くなる人が続出するようになりました。OJT期間も短くなり、現場の負担軽減にも繋がっています。

特徴その4
左利きデザイン



この病院では左利きの視点を、看護師の実務的なところ以外にも注目してます。

みなさんは、左利きは右利きよりも創造性や芸術性が高いとされていることをご存じですか? そして、創造性や芸術性が高いと言われたら、かっこいいなぁ…憧れちゃうなぁ…となりませんか? 左利きの人の考えをふんだんに活かしてまいります!

・美術館のようにデザイン性の高い病室
・創造性を刺激する音楽が流れているフロア
・ユニフォームがパリコレみたい
・患者さんやスタッフの好みに応じたフレグランスが漂う

病院のハード面から左利きの看護師にウェルカムなことが伝わり、足を踏み入れただけで居心地が良くなってしまいます。右利きの看護師にとっても「患者さんにこんなことをしてあげたい!」と、これまでなかった発想から看護を提供することに結びつくこともあります。

特徴その5
脳内入力近未来カルテ



いろいろ考えていくと、そもそも手を使わないようにすればいいじゃん!と思ってきました。

とくに、毎日の電子カルテの入力は死活問題なので、そう感じます。「左・右スイッチ」で環境が変わっても、病院を一歩でれば右利き用のパソコンばっかりじゃないですか。もう、手を使って入力すること自体を終わりにしましょう。

というわけで、頭のなかで考えたことだけで入力できる近未来カルテはどうでしょうか。喋ることもジェスチャーすることも不要、考えるだけで入力されてしまうシステムです。打ち間違いなどもなく、思ったままに文字になっていきます。

これがあればシニアな看護師さんたちにとってもカルテ業務が楽になり、これまで発生していた残業代も削減、看護研究だって思っただけでポスターが仕上がってしまいます。

特徴その6
左利き専用スペシャルラウンジ



最後に…

普段、マイノリティの左利きとしては少し楽をさせてもらいたいとも思うもの。それを叶えさせてくれるスペシャルデザインのラウンジを置かせてください。

全てが左利き専用です。

これまでお話した空間デザインや文房具が左利きになっているのはもちろん、左利き用のマグカップが揃えられ、ドリンクは左開きの冷蔵庫に入れられています。席では右利きの人とぶつからないように配慮することもなく、左利きの人が過ごしやすくなっています。

『ここだけは左利きの天国』と笑顔で休憩できる空間となっていて、業務後に長居する人が絶えないんですって。




私たち医療従事者は、患者さんの障害について「その人に障害がある」と考える“個人モデル”で考えがちです。しかし、現代では「社会や環境が障害をつくり出している」と考える“社会モデル”が主流となってきています。本連載では「空想病院」という視点から、病院という社会や環境を見直し、社会モデルの考え方を身に付ける機会を提供します。ぜひ、本連載を読んで働く病院で何が出来るかを考えてみてくださいね。