ここは空想病院企画室。

毎回異なるゲストとともに、
当事者性やマイノリティ性の視点から
「こんな病院あったらいいなぁ」を空想します。


ゲスト:碧月はるさん
文筆家。エッセイ集『いつかみんなでごはんをーー解離性同一性障害者の日常』(柏書房)を上梓。書評、エッセイ、映画コラムを中心に執筆。虐待サバイバーとしての原体験を軸に、虐待問題等の社会課題について自分の言葉で綴ることをライフワークとしている。本の虫で、もっとも好んで読むジャンルは小説。

企画室室長(著者):喜多一馬
平成医療福祉グループ ケアホーム住吉。急性期・回復期病棟で勤務後、地域にて就労継続支援B型・福祉用具貸与事業所・チョコレートショップ・古着屋・障害者アート事業などに携わり、現職。共編著に『差別のない社会をつくるインクルーシブ教育』など。最近の楽しみは近所の図書館で読みたかった本を取り寄せること。



当病院では、ハード面での「開放」と、さまざまなストレスや本音の「解放」を促し、より快適な入院生活を送っていただけます。

安全を確保した上で、閉鎖しない医療と日常の充実を目指す。
それが『開放的な閉鎖病棟』です!

イラスト:いしやま暁子
X:(@chovon_design
instagram:(ishiyama_akiko

特徴その1
〜窓を開放でき、庭の散策や買い物も楽しめる。安全性が確保された空間で開放的な療養を~




閉鎖病棟は、患者さんの希死念慮や万が一の事態に備えて、窓は数センチしか開かず、病院内の散策さえも自由には行えません。ほんの少し外の空気を吸いたいだけなのに……そんな希望さえも簡単には叶わず、多くの行動が制御されてしまいます。

しかし、本病院では病棟を1階に設置することで、窓の開放を実現。専用庭に囲まれた安全な空間で、外部への脱走や事故を防ぎます。
窓から抜け出そうとせずとも、専用庭への通路は日中は常時開放。大きな窓から光と風を取り込める病室は、自律神経を整える効果も期待できそうです。

庭には危険物となるものは一切置かず、見晴らしの良い平面で芝生と草花を植栽。季節によって家庭菜園を楽しめるスペースもあり、希望する患者さんは土いじりを通してリフレッシュすることもできます。コーナーの4箇所には、見守りの意味合いを込めた売店を設置。患者さんの所持金は各売店でDX管理されており、買い物を希望するたびに看護師さんの手を煩わせずに済みます。

「外に出たい」と連日ナースステーションに訴えにくる患者さんを宥めるのは、実は大変な仕事です。はじめからある程度外に出られる仕様になっていれば、患者さん、看護師さん双方が余計なフラストレーションを感じる場面を減らせるでしょう。

特徴その2
〜つい我慢をしてしまう。つらい気持ちを飲み込んでしまいがちな人が、リアルタイムでSOSを出せる「点滅リストバンド」~



閉鎖病棟には、さまざまな患者さんがいらっしゃいます。これは閉鎖病棟に限らずですが、やはり重篤な患者さんにリソースを割かれるケースが多く、気持ちや体がしんどいと感じても、「忙しそうだから」とSOSを出せずに飲み込んでしまう人が多くいます。

心の痛みは目に見えず、それゆえにセンシティブで難しい。その痛みを可視化することが必ずしも良い結果をもたらすとは限りませんが、少なくとも「いま、私はしんどいです」というSOSぐらいは、我慢せずに出せたほうが良いのは間違いありません。

そこで活躍するのが、「点滅するリストバンド」です。
フラッシュバックや悪夢、希死念慮などで、呼吸が乱れたり、気持ちが苦しくなってしまったとき。「夜だからご迷惑かも」「忙しそうだし」と我慢してしまう人も、リストバンドが心拍や神経の昂りを感知して、ナース室に直接知らせてくれます。

病状が回復に向かっている人ほど、つい自分を後回しにしてしまいがちです。でも、必要があって入院している以上、しんどい気持ちを飲み込む必要はありません。都度、弱音やしんどさを開放することで、無理なく回復につなげられます。
もちろん、患者さんの傾聴にリソースを割けるよう、看護師の人員確保は当病院の大前提です。

特徴その3
〜壁一面に広がる大型図書コーナー。併設されたカフェラウンジは、小腹が空いたときのお夜食にも対応可能~



人によっては長期に及ぶ入院生活において、暇を持て余す時間は思いのほか苦痛なもの。そんなとき、大型の図書スペースがある当院では、読みたい本をゆっくり吟味して味わうことができます。

病状によっては、書籍を自室に持ち込むのもOK。持ち込みが難しい人は、図書コーナー専用の見守りスタッフと共に、ラウンジで読書を楽しめます。もちろん、点字図書やオーディブルなどの音声による読書を楽しめる機能も完備。視覚に障害のある方も、幅広い読書を楽しめます。

当病院の図書室でもっとも特徴的なのは、患者さんの病状によって「消える本」があることです。
書棚の前に透明のカーテンが引かれており、患者さんのカルテを自動で感知。トラウマの再演や治療の妨げにつながりそうな書籍は、自動的に削除されます。

食事は基本的に3食ですが、カフェでお茶をしたいときや、夜に小腹が空いてしまう日もありますよね。日常生活の中でごく当たり前に楽しんでいる間食が、閉鎖病棟では基本的に許されません。一見些細な制限のようですが、これが毎日続くと思いのほかフラストレーションが溜まるんです。

摂食障害の方もいらっしゃるので、所持金と共に患者さんの購入履歴(飲食データ)はすべてDXで一括管理。規定量を超えた場合、それ以上のご飲食の提供は翌朝以降までNGとなります。

読書と、カフェで過ごす憩いのひと時。文化的な生活を開放することで、壁と睨めっこをしてひたすらに時間が過ぎ去るのを待つ苦痛な時間を大幅に軽減できます。

特徴その4
~うまく眠れないときのリラクゼーションアロマと、最先端AIを搭載したマッサージ専用人型ロボット~



入院生活は行動が制限されがちなため、どうしても寝つきが悪くなりやすいです。眠れない夜は、ついつい思考もマイナスな方向に傾きがち。そんなとき、患者さんの心理状態に合わせたリラクゼーションアロマと、最先端AIを搭載したマッサージ専用人型ロボットがボタンひとつで部屋に登場。心地よい香りと最適な力加減のマッサージで心身のこわばりをほぐし、穏やかな眠りへと誘います。

ストレスにより体が緊張状態になると、慢性的なコリと痛みに悩まされることも。特にトラウマを抱える患者さんの場合は、身体痛の症状を抱える場合も多いです。
体が固まっていると血行不良による冷えを起こしやすく、余計に寝付きが悪くなる悪循環に。
人の手でマッサージされているかのような温もりを感じられるロボットに癒やされ、深く質の良い睡眠を手に入れましょう。

「眠れない」悩みから解放されると、心も自然と上向きになるのが人間です。
睡眠不足と血行不良による冷えは万病のもと。ひとりで我慢せず、眠れないなぁと感じたら、枕元にあるボタンを気軽に押してみてください。

特徴その5
~悪夢を追い払う「バクバクカプセル」を搭載したベッドで、穏やかな睡眠を~



当病院では、寝付きはスムーズでも悪夢により良質な睡眠を阻害されるケースにも対応可能です。悪夢がもたらす苦痛は「たかが夢でしょ」と軽視されがちですが、それが頻繁に続くと「眠ること」そのものに恐怖を抱くようになります。また、不眠に陥ると日中のQOLが著しく低下し、自律神経も乱れてしまうため、「たかが悪夢」と侮るのは間違いです。

そこで、悪夢を見てしまった際、即座にベッドが「バクバクカプセル」に早変わりするシステムを搭載。「夢を食べる」といわれるバクをネーミングに起用した装置で、心拍数や呼吸の乱れから悪夢を自動で検知し、悪夢を追い払い、成功体験を導き出す夢へと自動変換してくれます。
例えば、恐怖の対象を打ち倒す、崖から落ちる夢なら空を飛べる夢へと昇華する、のような形です。

悪夢を悪夢のままにせず、逆に食らい尽くして恐怖心を解放する。それにより、「怖い夢を見るかもしれない」という不安からも解放されます。

特徴その6
〜トラウマ記憶をピンポイントで削除。記憶に今を縛られず、自由に生きられる権利を手にする~

生きていれば、誰しもつらく苦しい経験はあるものです。ただ、その中でも絶対的に「不必要だった」と断言できるトラウマ体験が私にはあります。
いつも願っていました。「この記憶を削除することができたなら」と。
当病院では、そんな「もしも」が叶います。

削除されるのは、痛みを伴う記憶のみ。その記憶の周辺で出会った人たちや、忘れたくない出会いなどは削除されず残ります。
「どんな痛みも乗り越えられる」と人は言うけれど、果たしてそうでしょうか。乗り越えられず、古傷と共存するしかない人たちが抱えているものが精神疾患由来の「障害」といえるのではないかと私は思います。

人の記憶をイタズラに弄るのは、本来であれば倫理的にも道徳的にもご法度です。ただ、その人が生きていくために必要ならば、大きすぎる痛みは切除してもいいのではないでしょうか。悪性の腫瘍を手術で取り除くのと同じように、その記憶があるせいで生きづらさを抱えているのなら、記憶を削除して新たな人生を生き直す手段があっても良いはずです。

当病院では、丁寧なカウンセリングを重ねたのち、御本人の意向を十分に確認した上で、トラウマとなる記憶の削除を行います。削除に用いるのは高性能医療機器で、心身への負担は一切ありません。
つらい記憶から解放されることで、人生の選択肢は大幅に広がります。

特徴その7
~コミュニケーションサポートシステムで、ストレスフリーな治療を~

精神科において、医師との相性は非常に重要な要素を占めます。しかし、実際は「あなたとは相性が悪いので、ほかの医師に代えてください」とは言いづらいものです。

看護師やケースワーカーを通じて意向を伝えようにも、なかなか上手く真意が伝わらないことも。そんなとき、患者さんと医師のマッチングを無理なく行えるのが「コミュニケーションサポートシステム」です。

患者さんに事前にリサーチを重ね、そのデータをもとに最適な医師を選びます。その上で、治療の最中に一定数を超えた違和感を感じた場合、椅子の手元にあるボタンを押すだけで医師が自動的に退室する仕組みを導入しました。その後は、再度ヒアリングを行い、医師を変えるか、話し合いを持って継続するかを選べます。

医師と患者の関係性は、基本的には「築き上げていくもの」だと思います。よって、このシステムには賛否両論ありました。しかし、中にはどう考えても、どうがんばっても「合わない」関係の人が一定数存在します。そのまま治療を続けても、回復は望めません。

医師、患者双方のストレスを軽減し、治療のパフォーマンスを上げるためにも、最適なパートナーを選ぶ必要があります。対等な関係性で、疑問を口に出せること。この最低ラインを保てない以上、患者が医師の変更を希望するのは自然なことです。

このシステムは、患者さんだけではなく医師と看護師の間でも活用できます。
どの関係性においても、対等であること、互いを尊重し合うことは、医療機関の健全な運営に必要不可欠です。

押し込みがちな不満を解放し、安心して治療を受けられる体制の確立を目指す。それが、当病院の方針です。

特徴その8
~経済的な自立を目指し、就労に有利なスキルを身につける「就労サポートシステム」を完備~

閉鎖病棟に入院されている患者さんの中には、家庭環境に問題を抱えている方が散見されます。虐待を受けながら実家から逃げ出せない人。配偶者からのDVやモラルハラスメントに苦しむ人。どちらの場合も、心理的支配のみならず、経済的な不安が「逃げる」選択肢をかき消してしまうのです。

そこで、当病院では退院後の就職活動をスムーズに行えるよう、患者さんの病状や特性に合わせた就労支援を完備。まずは患者さんに聞き取りを行い、希望の職種や取りたい資格に必要なプロセスを把握します。その後、当病院が提携する専門家に依頼し、リモートで講義を受けられる体制を整備しました。

リモート講義を受けるデスクは個別に区切られており、緑、黄色、赤のボタンを完備。「緑」は「講義内容が難しい」と感じるとき、「黄色」は「不安を感じている」とき、「赤」は「疲労が強く退出したい」ときに押すシステムで、ボタンを押したタイミングはカルテに自動で記録され、どの部分でストレスや困難を感じているかを明確に把握します。

閉鎖病棟に入院されている患者さんの中には、「NO」を伝えるのが苦手な人もいます。抑圧された環境で育つと、自分の感情を飲み込むのが癖になり、「やめたい」「少し休みたい」など、己の心身を優先する言葉を「言ってはいけない」と思い込んでしまうのです。また、教育虐待を受けてきた方の場合、「わかりません」の一言さえ発することができないケースも見受けられます。

これらのハードルを下げるために搭載したボタンを活用すれば、無理なく不安や理解不足を伝えられるので、「わからないまま講義が進む」状況を防ぐことができます。徐々に言葉で意思を伝えられるようになるのが理想ですが、植え付けられたトラウマからの脱却は、一朝一夕ではいきません。システムで苦手部分を補助しつつ、ゆっくり「自分の意思を伝えること」へのハードルを下げていく。実はこれが、「就労サポートシステム」の核となります。

仕事のスキルや資格は、努力すればある程度は取得できます。しかし、精神疾患を患う人が就労に困難をきたすケースの多くは、スキル不足よりも、「環境に適応しすぎる」点にあるのです。過度に周りの空気を読み、相手の要望に即座に対応し、断ることが苦手なためひとりで抱え込み過ぎてしまう。「わからない」ことを伝えられず、課題を後回しにした結果取り返しのつかない事態になり、逃げるように職場放棄するケースも見られます。

「わからない」「できない」と伝えることを怖がらずに、課題を共有し、報告・連絡・相談を欠かさない姿勢を身につける。そのスキルが、“細く長く”働ける力の土台となるのです。




私たち医療従事者は、患者さんの障害について「その人に障害がある」と考える”個人モデル”で考えがちです。しかし、現代では「社会や環境が障害をつくり出している」と考える”社会モデル”が主流となってきています。本連載では「空想病院」という視点から、病院という社会や環境を見直し、社会モデルの考え方を身に付ける機会を提供します。ぜひ、本連載を読んで働く病院で何が出来るかを考えてみてくださいね。