忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。
「分かります」が招いた悲劇
ナースちゃん:
先生……。私、またやらかしました……。
先生:
どうしたの、ナースちゃん。逆流性食道炎で今にも潰瘍をこさえそうな顔してるよ。
ナースちゃん:
患者さんがつらい思いを共有してくれたんです。で、私も似たような経験があったから、「そうですよね、分かります」って言ったら、「健康な看護師さんに、私の気持ちが分かるわけないです!」って怒らせてしまいました。――なんで!?
先生:
なるほど。「浅い共感」で地雷を踏んだわけだね。
ナースちゃん:
浅いって……私は優しく寄り添ったつもりだったんですよ! 「共感」って、緩和ケアの基本じゃないんですか?
先生:
ナースちゃん、「分かります」って言葉はときに人を傷つけることもあるんだよ。
科学的な共感の分類
先生:
OK、じゃあまずは一般的な共感の分類から学んでみよう。共感は大きく分けて3つに分類できると言われているよ。即ち、(1)認知的共感、(2)情動的共感、(3)思いやり的共感だ。
一般的な共感の3分類(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
共感って、いっぱいあるんですか? たんに、相手の気持ちにシンクロすることだと思ってました。
先生:
なるほど、それはこの3分類でいうところの情動的共感にあたるかな。この分類は、映画を見ている観客の気持ちがどんなふうに動くかを考えると理解しやすいよ。
ナースちゃん:
情動的共感は、主人公が泣いちゃうシーンで一緒に涙を流したり、任侠映画見た後なんかに気が大きくなっちゃうあれですね!
先生:
ナースちゃん、さらに気が大きくなることあるの!? でも、それで合ってるよ。認知的共感は、理屈で相手の状況や気持ちを理解するってこと。一方で、思いやり的共感はちょっと直感的には難しいかもしれないけど、動物映画や、はじめてのおつかい見て泣いちゃう感じかな。
ナースちゃん:
それ、情動的共感とどう違うんですか? あれ? でも確かに、どっちも私自身が動物や子どもの気持ちになって泣いてるわけじゃないですね。
先生:
そうそう。相手の境遇や苦悩に心打たれて、「助けてあげたい! 支えてあげたい!」みたいな気持ちで心が動くのが思いやり的共感だね。
ナースちゃん:
なるほどね、確かに面白い話ですね。でもですよ、こういう机上の理論って、現場では鼻毛の先ほども訳に立たんのですよ! 実際、どうして今回私が患者さんに怒られたのか、さっぱりわかんないまんまですからね!
先生:
まあ役に立つかどうかは人によるんだろうけど、ナースちゃんの気持ちも分かるよ。この分類だけだと、実際の現場ではいまひとつ直感的に活かしづらいよね。そこで、実践で医療者の役に立つ共感の分類を考えてみたよ! それが――
浅い共感と深い共感
先生:
共感を「浅い共感」と「深い共感」で考える方法だよ!
ナースちゃん:
あぁ、先生がさっき言ってたやつですね。共感の3分類とどう違うんですか?
先生:
全然違うんだなぁ、これが。(ドヤァ)
ナースちゃん:
なんかちょっとイラッとするな。まあでも背に腹は代えられないし、ちゃっちゃと教えてください!
浅い共感=「相手と自分は同じ」と考える、分かったつもりの単純化した同感
先生:
浅い共感というのはね、相手の話を「自分の経験」で置き換えて「同感」することだよ。
浅い共感(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
ん、なるほど。確かに私が今回やったやつですね。でも、一体これのどこがいけないんですか? うら若い乙女たちはこういう共感を求めているんですよ。「だよね」「それな」「間違いない」でJKの会話の8割が成り立ってますからね。
先生:
それな。まあ、割合はさておき、浅い共感ってのは普段の会話の潤滑油としては、とても重要な役割を果たしているよね。だから、別に浅い共感が悪ってことではないんだ。でも、時と場合によるって話。
ナースちゃん:
どゆことですか?
先生:
たとえば今回みたいに、患者さんが健康問題に関わる深い悲しみに傷ついているとき、安易に健康な人が「分かる」と言ってしまうパターンだね。患者さん側からしたら、自分が健康を害してはじめて知った、ものすごく大きな苦しみなんだよ。確かに、分かってほしい気持ちで打ち明けたんだ。でもね、患者さんとしてはこんな大きな苦しみ、安易に分かるはずもないって気持ちも同時にあるわけさ。
ナースちゃん:
私も、急変やら家族対応やらなんやらで一睡もできなかった夜勤明け、事務職の友達に「分かる~」って軽く流されて、抹茶ラテぶん投げた覚えがありますよ。
先生:
浅い共感はね、自分と相手が同じ気持ちだという前提で進むから、相手の苦しみを単純化して、矮小化してしまう危険があるんだ。じゃあ、どうしたらいいのかっていうと――。
深い共感=「あなたと私は違う存在」だと認めた上で、分からない前提から始める誠実な姿勢
ナースちゃん:
分からないって認めちゃうんですか? 逆に失礼じゃない?
先生:
違うよ。相手のことは完全には分からないと認めた上で、それでも誠実に分かろうと努力するからこそ、心を通じ合わせることができるんだ。
深い共感(タップして拡大↑)
先生:
映画を見て、心が動いてしまう感じに近いかな。相手の物語を注意深く聞いて、自分の心を共鳴させる。分かったふりなんてしなくていいんだ。素直に自分が感じた気持ちを、不器用でもいいから表現する。相手を分かりたいと思うことが大事なんだよ。
ナースちゃん:
浅い共感は「うんうん、同じだよ」って言っちゃうやつだけど、深い共感は「違うからこそ、聴かせてほしい」って感じ……?
先生:
そうだね。なにより、深い共感には言葉が必要ないことすらある。もし患者さんの気持ちがナースちゃんの心に響いて、ひとつぶ涙がこぼれたなら。――それだけで救われる人も沢山いるんだよ。
深い共感は「技術」であり「姿勢」
先生:
繰り返しになるけど、浅い共感が悪いってわけじゃないよ。普段の会話から深い共感を連発しているとさすがに重いし、なにより会話のテンポがめちゃくちゃ悪くなってしまう。深い共感はここぞというとき――患者さんやご家族の人生の大事な瞬間に触れるときにこそ、真価を発揮するんだ。
ナースちゃん:
……深い共感って、勇気いりますね。分かったフリして逃げる方が、よっぽど楽かも。
先生:
だからこそ、深い共感ができると患者さんも救われるんだよ。
ナースちゃん:
深い共感って心の重労働ですね。やった日は特別手当期待してますよ!
【参考文献】
1)Т. V. Kornilova, “The Unity of Intellect and Affect in Multidimensional Regulation of Empathy,” National psychological journal, vol. 45, no. 1, pp. 94–103, Jan. 2022, doi: 10.11621/npj.2022.0108.
2)L. G. Şentürk, “Neural Pathways of Social Cognition: From Systems Neuroscience to Psychosocial Applications,” vol. 8, no. 1, pp. 109–109, Nov. 2024, doi: 10.62802/eeghr198.
3)J. A. Hall and R. Schwartz, “Empathy present and future,” Journal of Social Psychology, vol. 159, no. 3, pp. 225–243, Jan. 2019, doi: 10.1080/00224545.2018.1477442.
4)H. L. Maibom, “The many faces of empathy and their relation to prosocial action and aggression inhibition,” Wiley Interdisciplinary Reviews: Cognitive Science, vol. 3, no. 2, pp. 253–263, Mar. 2012, doi: 10.1002/WCS.1165.
University of Technology Sydney, St Vincent's Hospital Sydney
Visiting Scholar
緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。現在はオーストラリア・シドニーで、緩和ケアの質改善や教育に関する研究に携わっています。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
