忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。
薬に頼りたくないときの嘔気対策
ナースちゃん:
先生……世界が回ってます……。気持ち悪い……。
先生:
また二日酔い? 自業自得だね。ほら、嘔気が楽になるように……。
ナースちゃん:
ちょっと待ってくださいよ! また私にクスリを盛る気ですか! 医者ってのはホントに油断ならないんだから!
先生:
ちょっとちょっと、方々に勘違いされそうな発言はアウトだよ!
ナースちゃん:
とにかく、薬はイヤなんです! 患者さんだって同じこと言うじゃないですか。「薬に頼りたくないんです」って。 だから薬物なしでの症状緩和をお願いします。ほら、プロの実力を見せるときですよ、先生。
先生:
なんかもう既に元気そうなんだけど……。まあでも、薬に頼らない嘔気・嘔吐対策はちゃんとあるよ。
ナースちゃん:
まさか「梅干しをおへそに貼る」とか言いだしませんよね? あれ本当にやったら、看護部長に配置転換直訴しますからね。
先生:
おばあちゃんの知恵袋だね。でも、それよりいい方法がちゃんとありますとも!
まずは敵を知る:嘔気・嘔吐の4パターン
先生:
まずは嘔気・嘔吐の原因を整理しよう。これがちゃんと整理できていると、どの方向からアプローチすればいいかを考えられるようになるよ。
ナースちゃん:
たんに胃の調子が悪いからってだけじゃないんですか?
先生:
それだと、乗り物酔いの気持ち悪さはどこから来るんだと思う?
ナースちゃん:
んー、三半規管? 確かに、お腹の調子は関係なさそうですね。
嘔気・嘔吐の4パターン(タップして拡大↑)
先生:
嘔気・嘔吐の原因は、ざっくり4パターンに分けられるよ。
ナースちゃん:
私が抱いていたイメージは、「消化管性」のやつですね。乗り物酔いは「前庭・中枢神経系」ですか?
先生:
前庭神経は三半規管と脳を繋ぐ神経なんだ。ぐるぐる回ったときに気持ち悪くなっちゃうあれのイメージだね。ちなみに、実はオピオイドは「化学的」に嘔気を起こすだけじゃなく、前庭神経も刺激すると言われているよ。
ナースちゃん:
「心理的」な嘔気、私にも覚えがありますよ。実は私、結構重症な乗り物酔いなんです。この前ついに、博物館に展示してある車のシートに座っただけで車酔いしちゃったんですよ……。
先生:
それはかなり重症だね!
ナースちゃん:
置物の車だって当然分かっているし、自分でも馬鹿馬鹿しいなと思うんですけど、嘔気は本物だったんです。気をしっかり持てと四股を踏んで自分に喝を入れたんですが、根性だけじゃどうにもなりませんでしたよ……。
先生:
独特なコーピング方法だね。特殊な生育歴などに由来しているのかな。「心理的」な症状はなかなか辛さを分かってもらえず過小評価されがちだけれど、本人にとっては本当に辛いものだよね。
看護ケアだけでも結構いける! 嘔気・嘔吐に対するケアの工夫まとめ
ナースちゃん:
なるほど、メカニズムは分かってきました。それぞれの嘔気・嘔吐の原因に対して、いろんな処方薬や治療法があるんだろうなということも。でも、理屈が分かったところで看護師にできることってやっぱり限られてますよね。枕元にガーグルベースン置いて、汚れないようにタオル敷いて……。
先生:
いやいや、ここからが看護師の腕の見せ所だよ! まずは看護ケアの領域からできることを見ていこう。
すぐに始められる生活・環境ケア(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
病棟では、体位調整はまず最初にやりますね。環境調整もちゃんとやっているつもりですけど、今度からはもっと嘔気対策を意識してやってみようかな。
先生:
慢性的な嘔気・嘔吐に対しては、食事や水分摂取の工夫もしっかり指導できるといいね。考えてみれば「当たり前」の内容ばかりかもしれないけれど、こういう基本を外さず丁寧にやれるようになると、医療者としての実力がぐっと付くよ。
ナースちゃん:
リラクゼーション技法、あんまりちゃんとやったことなかったですけど、どれも簡単にできそうですね。
先生:
シンプルでやりやすいものを選んでみたよ。でも、簡単だからって侮っちゃいけないよ! 実は環境調整などよりもエビデンスレベルは高いんだ。
ナースちゃん:
おお、これをマスターすれば、私の乗り物酔いも克服できるかもしれない!
指圧、食品、アロマ――もう一歩踏み込んだ嘔気・嘔吐対策!
ナースちゃん:
でも先生、これだけじゃぁまだ私を満足させられませんよ! 私の二日酔いは、こんなもんじゃNRS 0にはなりません!
先生:
もう既に快癒してると思うんだけどなぁ。
ナースちゃん:
そんなこと言ってぇ、いつもの感じでまだもう一歩先があるんでしょ?
先生:
煽られて出すのはシャクだなぁ。でも、もちろんありますとも!
処方薬に頼らない嘔気対策(タップして拡大↑)
ナースちゃん:
ツボ、ですか? いやぁ、その手のやつはなんというか、医療者としては……。
先生:
まさか……ナースちゃん。鍼灸やツボ=経穴を、民間療法か何かと同じだと思っているのかい?
ナースちゃん:
言っちゃあなんですが、正直大差ないんじゃないかと思ってますよ。
先生:
いやいや、全然違うよ! 経穴はWHOも有効性を認めて、361個を国際標準として公表している、れっきとした科学的な医療行為だよ。
ナースちゃん:
あれ、日本とか東アジアだけのローカル療法じゃないんですか? まさか国際規格だったとは。
先生:
今回紹介した内関は、複数の研究で嘔気・嘔吐に対して効果が認められている、きちんとエビデンスのある治療法だよ。嘔気があるとなかなか内服が難しいことも多いけれど、経穴やアロマといった薬以外の治療法を上手く使えば、患者さんに負担をかけずに症状を改善できるかもしれないね。
選択肢があれば、症状ケアに向き合える
ナースちゃん:
……なるほど。処方薬を使わなくても、看護師でできることがこんなにあるんですね。 正直なところ、「嘔気・嘔吐=医者と薬の仕事」だと思ってましたよ。
先生:
引き出しがあれば、看護ケアでもっといろんな患者さんを助けられるんだよ。
ナースちゃん:
内関押してたら、ちょっと楽になってきたかも。次患者さんの嘔気に遭遇したら、頓服薬が効くまで横について内関押してあげよう。
先生:
いいね! 既存の治療薬と看護知識の組み合わせで、さらに一歩上の看護ができるようになるよね!
ナースちゃん:
おーし、気分も良くなってきたぞ。先生、今日仕事はけたら飲み行きましょう!
先生:
いや、今日はさすがにやめとけ。
【参考文献】
1)Alhusamiah B, Almomani J, Al Omari A, et al.: The Effectiveness of P6 and Auricular Acupressure as a Complimentary Therapy in Chemotherapy-Induced Nausea and Vomiting Among Patients With Cancer: Systematic Review. Integrative Cancer Therapies. 2024. DOI: 10.1177/15347354241239110
2)Lee YR, Shin HS.: Effectiveness of Ginger Essential Oil on Postoperative Nausea and Vomiting in Abdominal Surgery Patients. Journal of Alternative and Complementary Medicine. 2016. DOI: 10.1089/ACM.2015.0328
3)Safajou F, Soltani N, Taghizadeh M, et al.: The Effect of Combined Inhalation Aromatherapy with Lemon and Peppermint on Nausea and Vomiting of Pregnancy: A Double-Blind, Randomized Clinical Trial. Iranian Journal of Nursing and Midwifery Research. 2020;25(5). DOI: 10.4103/IJNMR.IJNMR_11_19
University of Technology Sydney, St Vincent's Hospital Sydney
Visiting Scholar
緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。現在はオーストラリア・シドニーで、緩和ケアの質改善や教育に関する研究に携わっています。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
