忙しい医療現場で、つい患者さんの「痛い」「しんどい」に「仕方がない」と妥協してしまう──そんな経験はありませんか?
この連載では、日々の看護業務で出遭う難しいニーズに対して、すぐに使える緩和ケアの引き出しを紹介します。患者さんに自信を持って「次の一手」を示せる看護──そのヒントをお届けします。


終末期患者でよくある疑問「点滴しなくていいんですか?」

ナースちゃん:
はぁ……。

先生:
入院書類一式吹き飛ばせそうな、大きな溜息だね。どうしたんだい?

ナースちゃん:
予後1週間くらいの患者さんのご家族に、「点滴やらなくていいんですか? このままだと、栄養が足りなくて死んじゃうんじゃないですか?」って詰め寄られて……。そりゃ私も高校卒業しましたから、これが疑問文じゃなくて反語だってことくらい分かってますよ。いわんや~をや!

先生:
漢文懐かしいね。

ナースちゃん:
予後が短くなってきたら、緩和だと普通補液を絞っていくじゃないですか。先生たちもちゃんと毎回説明してくれているんですけど、やっぱり皆、心の底では納得できてないんじゃないのかなって思うんですよ。ってか、患者さんやご家族だけじゃなくて、一般病棟の看護師もたまに言ってきますからね。

先生:
あぁ、分かるよ。私も緩和ケアチームで一般病棟の患者さんに介入するとき、主治医に補液絞るように提案するの結構労力要るからね。

ナースちゃん:
緩和でお別れも近いんだから、補液を絞ってむくみとか痰を増やさないようにするのは当たり前! って言ってしまえば簡単なんでしょうけど、なんか最近、私もよく分かんなくなってきました。

先生:
なるほど、自信をもって説明できないんだね。それなら今日は、終末期の補液を巡るエビデンスを勉強してみようか。

なぜ終末期では「点滴しない」ことに不安が生じるのか

ナースちゃん:
というか、そもそも論なんですけど。どうしてこんなに点滴って、「当然」扱いされてるんですかね?

先生:
それはきっと、「食べられない=栄養不足=死」という連想が、かなり強固に染みついているからなんじゃないかな。

ナースちゃん:
あー、分かる。「食べなきゃ死ぬ」って、人生で何万回も刷り込まれてますもんね。小学校から始まって、部活の合宿、受験、ブラックシフト――。

先生:
……それ、ホントに食べなきゃ死んじゃうシチュエーション?

ナースちゃん:
ええ、青春時代は胃袋がライフゲージだと思ってましたね。なんか食べてりゃぁ、だいたいの問題は乗り切れるもんですよ。

先生:
それはさておき。実際、森田ら(1999)の研究で、患者さんの56%、ご家族の84%が「補液を差し控えると、早期死亡を引き起こす」と信じていることが分かったんだよ。人工的水分補給は栄養として必要かについては、実に患者さんの76%、ご家族の85%が、必要だと思っていたんだよね。

ナースちゃん:
ほとんどみんなじゃないですか!

先生:
そうなんだよ。「なにも栄養を入れなかったら、死んでしまう」「ちゃんと水分を摂らないと」「点滴くらいは、最低限必要」――こうした考えは現代日本人にとって、多数派のごく一般的な意見である、ということだね。


終末期の補液 家族のもやもや(タップして拡大↑)

ナースちゃん:
あー、これ、病棟で毎日聞くセリフ全集ですね。もはやカルタ作れそう。

先生:
ただね、ここにはもうひとつ大事な感情が隠れているんだよ。

ナースちゃん:
「何もしてあげられてない不安」ですよね。

先生:
その通り! 点滴そのものというより、ご家族の「何かしてあげたい」「見捨てたくない」という気持ちのはけ口として、「せめて点滴」となっていることも多いと思うんだよ。

ナースちゃん:
つまり、点滴って「医療行為」である前に、「感情の避難所」なんですね。

先生:
なかなか詩的な表現だね。

ナースちゃん:
どうも。ナース界の谷川俊太郎と呼んでください。

先生:
ちょっと似てるよね。

終末期がん患者の補液にエビデンスはあるのか

ナースちゃん:
でも先生、感情は大事として、医療としてはどうなんですか? 終末期の補液って、実際のところ、何か良いことあるんですか? ってか、私の感情も大事にしてください。

先生:
ごめんごめん。OK、じゃあエビデンスを整理していこう。まずは一番皆が気になっている、生存期間だ。Brueraら(2013)のランダム化比較試験では、緩和ケア患者への1,000mL/日の補液と、100mL/日の最小量補液を比較したけれど、生存期間に有意な差は認められなかったんだ。コクランレビューでも、終末期補液による延命効果を支持する一貫した根拠は示されていないよ。

ナースちゃん:
え、余命変わらないんですか? 点滴しても、しなくても。

先生:
少なくとも「予後が週単位の終末期患者」においては、そうだね。

ナースちゃん:
なんか、点滴界のアイデンティティ崩壊事件ですね。

先生:
次に症状。ここも期待ほど単純じゃない。Wuら(2021)の研究では、補液量を増やしても、せん妄や倦怠感は有意に改善しなかった。むしろ、高用量補液では体液の貯留や、傾眠の悪化が報告されたんだ。

ナースちゃん:
水入れたら楽になる、って単純な話でもないんですね。

先生:
終末期の症状は複雑だからね。炎症、臓器不全、薬剤、代謝異常……単なる脱水っていう話じゃないんだよ。

ナースちゃん:
最後にQOLですね。

先生:
QOLも、補液で一貫して改善するというデータはないよ。むしろ、高用量補液では浮腫、胸水、腹水、気道分泌物増加などが起こり、結果としてQOLを下げる可能性が示唆されている。それに、Brueraら(2013)の研究では、補液が多い群・少ない群で患者・家族満足度に違いも見られなかったんだ。


終末期の補液 予後週単位のエビデンス(タップして拡大↑)

ナースちゃん:
これは……ちょっと衝撃的ですね。何か一個くらい、補液にも良いところあるのかなって思ったんですけど。ここまで意味ナシだとは。

終末期補液は「する・しない」の二択ではない

ナースちゃん:
そしたら結論として、「短い週の単位になったら補液は全部やめよう!」ってまとめでOKですか?

先生:
ちょっと待った! 緩和ケアで一番やってはいけないのは、白黒思考だよ!

ナースちゃん:
うぅ、分かってますよ。でも、ここまでダメダメだったら、むしろやらないほうが良いじゃないですか。

先生:
確かに、予後が差し迫ったタイミングでの補液は慎重にならないといけないね。でも、患者さんやご家族の気持ちはどうだろうか? 医療者にとっては、エビデンスを押しつけて黙らせてしまうのが、一番簡単なやり方だよね。でも、結局それじゃあ、後になって患者さんやご家族に後悔を残すことになりかねないんだよ。

ナースちゃん:
分かります。自分たちの人生の、とても大事な局面ですもんね。必ず後になって、「ちゃんと自分の意見を伝えれば良かった」「黙って言うことに従ったのは、間違いだったかもしれない」っていう後悔は出てきちゃいますよ。

先生:
医療者はあくまで、患者さんやご家族を専門家として支えて行く立場なんだ。人生の舵を、彼らから奪っちゃいけないんだよ。

ナースちゃん:
某アイドルグループの歌詞っぽい!

先生:
それにね。ここまで見てきた補液のエビデンスにしても、寿命を縮めてしまうだとか、そういう明確なマイナスもなかったことに気づいた?

ナースちゃん:
確かに! 過剰な補液が有害事象を生んでしまうという話こそありましたが、補液をしてもしなくても寿命は一緒、みたいな結論でしたね。補液のメリットばかりに気をとられて見ていたから、デメリットもまた明確ではないという視点は斬新かも。

先生:
そうなんだ。だからこそ、もし患者さんやご家族が補液を望むなら、「じゃあ、試しに一度やってみましょうか」という柔軟さをもって欲しいんだ。ただ、私たちは医療のプロフェッショナルだからね。できる限り患者さんとご家族の意向に沿いつつ、有害事象が出ないよう、上手い具合にコントロールをする。まさに、医療者の腕の見せ所だね!

家族がケアできる余地をしっかり残す

ナースちゃん:
結局、家族が一番つらいのって、「何もしてあげられてない感」なんですよね。

先生:
まさにそうだね! だからこそ、「補液以外にできること」をご家族に具体的に示してあげることも、重要なケアのひとつなんだよね。


終末期に家族ができること(タップして拡大↑)

ナースちゃん:
口腔ケア、マッサージ、食の工夫、思い出話……。

先生:
医療者は責任感が強いから、つい「ご家族の手を患わせないように」って考えてしまいがちだよね。でもね、医療者にご家族の代わりはできないんだよ。患者さんの人生最期の時間だからこそ、ご家族にしかできないケアがたくさんあるんだ。

ナースちゃん:
ケアって同じことでも、「誰がやるか」「どうやるか」で体験や意味が全く変わってきますよね。それがケアの難しいところであり、奥深いところなんですよ!

終末期医療において「何もしない」という選択は存在しない

ナースちゃん:
こうして考えると、「点滴しない=何もしない」って、完全な勘違いでしたね。

先生:
終末期医療に「何もしない」なんて選択肢は、実は存在しないとも言えるね。患者さんの状態に合わせ「何をして、何をしないか」を、日々積極的に選択しているんだよ。

ナースちゃん:
んー、深い? 分かったような、煙に巻かれているような。

先生:
まだまだ修行不足だね!

ナースちゃん:
分かんないかなぁ。あえて「理解しない」ことで、先生に花を持たせたんですよ!



【参考文献】
1)Wu Y-S, Chen J-S, Hou M-F, et al. To hydrate or not to hydrate? The effect of hydration on survival, symptoms and quality of dying among terminally ill cancer patients. BMC Palliative Care. 2021;20(1):47. doi:10.1186/S12904-021-00710-9.
2)Good P, Richard R, Syrmis W, et al. Medically assisted hydration for adult palliative care patients. Cochrane Database Syst Rev. 2014;(4):CD006273. doi:10.1002/14651858.CD006273.pub3.
3)Bruera E, Hui D, Dalal S, et al. Parenteral hydration in patients with advanced cancer:a multicenter, double-blind, placebo-controlled randomized trial. J Clin Oncol. 2013;31(1):111-118.
3)Higashiguchi T, Ikegaki J, Sobue G, et al. Guidelines for parenteral fluid management for terminal cancer patients. Jpn J Clin Oncol. 2016;46(10):986-992. doi:10.1093/jjco/hyw105.




光齋久人
University of Technology Sydney, St Vincent's Hospital Sydney
Visiting Scholar

緩和ケア内科医。自分を見つめなおし、本当は「優しいお医者さん」になりたかったことに気づいて、緩和ケアの世界に飛び込みました。現在はオーストラリア・シドニーで、緩和ケアの質改善や教育に関する研究に携わっています。医療現場の「当たり前」を越えて、皆さんがもう一歩患者さんやご家族に寄り添うためのお手伝いができればと思っています。
X:しくじり緩和ケア医@シドニー (@StumblePall