新卒では看護師の仕事には就かず、農林大学校へ進学したまめこさん。コロナ禍に初めて病院で働きはじめ、それまで通っていた農林大学校を退学することを決意し、荷物整理のために2カ月ぶりに学校の寮に戻ってきました。バス停まで迎えにきてくれた同級生の友だちとそのまま夕食に行き、久しぶりに楽しい時間を過ごして、これまでいっしょに過ごした時間がいかに自分にとって大切であったかを思い返しました。そして少し寂しい気持ちで友だちとも別れ、いよいよ寮の自分の部屋に向かいます。
取り残された部屋
久しぶりの寮。
真っ暗な廊下の電気のスイッチを手探りしながら点けます。
平日だから誰かいてもおかしくないのにと思いながら、一番奥の部屋に向かいました。
ガチャ。
ドアを開けると、私以外3人の荷物はなく、布団すらありませんでした。そういえば、コロナ流行しているからみんな自宅から通うようになったのでした(実家がものすごく遠い人のみ寮使用が許可されていました)。
3人のベッドはベージュのマットレスだけ残っていて、クローゼットももちろん空。4人で暮らしていた部屋には私の荷物だけが取り残されていて、その景色はすごくさみしいものでした。
明後日の午前中に寮の鍵を返すため、明日中に荷物をまとめないといけません。コロナが流行らなければ、当たり前にもう1年生活するつもりだったので荷物がてんこ盛りです。それに春休みに少し実家に帰ってすぐに戻ってくるつもりだったので、冷凍庫の中にもパスタやアイスが入っています。
たった数週間、たった2カ月で私の運命は変わったのです。農林大学校を辞めるなんて、疑いもしていなかったことを冷蔵庫の中身やレトルト食品のストックが示していました。
鳴り響くアラーム、膨らむ不安と不快感
部屋に入ってからすぐ、明後日には農林大学校に置いたままになっていた私の車に荷物を積んで家に帰るため、早めに車の調子を見ておきたいと思いました。
2カ月も放置してしまった車はたぶんバッテリーが上がっています。明日、バッテリー交換をしないといけないかな、でもどうやればいいのだろう、業者を呼ぶしかないのかなと考えていました。
寮から下り坂をかけ足で駐車場に向かいます。いつもなら鍵があく距離でリモコンキーを押してみましたが、開きません。もっと近づいて押してみても開きません。仕方がなく鍵を差し込んで開けると突然、セキュリティアラームが鳴り響きました。
自分の鍵で開けたのにもかかわらず鳴った状況に驚きながらも、エンジンをかけてアラームを止めようと試みます。しかし、キーを何度か回してみても鳴り止みません。大きな音が苦手な私は、膨らむ不安と不快感で、心臓の音が頭の中にまで鳴り響きます。
音が怖くて怖くて、涙が込み上げてきました。
どうしたらいいのかわからない。
どうすればいいのかわからない。
スマホで調べようにも、どう検索していいかわからず、震える手では上手く操作ができない状態でした。駐車場を囲む木々が風に揺れ、暗闇がより不安を膨らませます。
そうだ、舎監さんがいる。
助けを求められる人がいたことに、ホッとしてすぐに寮に向かって走り出しました。
21歳だけど、不安で、心細くて
寮に着くと、坂を駆け上がってきたからか、不安からなのか、息は上がって身体の震えはより強まっていました。
取り乱しているところを見られたくない気持ちと、早く助けてほしい気持ちが入り混じながら、私は舎監室の前に立っていました。
最大限声が震えないように気を遣い、大きく息を吸いドアを叩きます。ドアを開けるといちばん仲の良い舎監さんが足を組んでテレビを観ていました。
舎監さん「おーい。久しぶりやな!どうしたんや」
私「車のアラーム音が鳴り止まなくて。鍵差し込んでエンジンつけようと何回も捻ったんですけど、音が鳴り止まなくて」
舎監さん「さっきから鳴り響いているのはお前さんの車か!」
私「何が原因かわからなくて。2カ月ぶりに車のエンジンつけたからなのか、なんなのか」
今にも目から涙が溢れそうで、そんな自分が情けなくて、でも親もいないところだから自分でどうにかしなくちゃいけなくて、心細くて。聴覚過敏の私は、どうしようもなく音が怖くて。助けて欲しくて。
舎監さんの「そうか。ちょっと待っておれ。すぐ準備して行くから」という一言がどんなに心強かったことか。
5年一貫の看護高校卒業後、林業学校に進学。現在は、病院と皮膚科クリニック のダブルワークをしながら、発達障害を持っていても負担なく働ける方法を模索中。ひなたぼっこが大好きで、天気がいい日はベランダでご飯を食べる。ちょっとした自慢はメリル・ストリープと握手したことがあること。最果タヒ著『君の言い訳は、最高の芸術』が好きな人はソウルメイトだと思ってる。ゴッホとモネが好き。夜中に食べる納豆ごはんは最強。