目は小さな臓器でありながら、とても奥が深いことをご存じですか?
眼科というと少し距離を感じるかもしれませんが、目は“全身を映す鏡”ともいわれ、糖尿病や高血圧、神経疾患など、さまざまな全身の変化が現れる重要な場所です。
知れば知るほど「へえ!」が増える眼科の世界。
本連載では、眼科領域の医療・看護専門誌「眼科ケア」より、明日ちょっと誰かに話したくなるような知識と魅力が詰まった記事を厳選してお届けします。
今回紹介するのは、ものの見え方のズレを補正し、二重に見えるなどの症状を和らげる「プリズム眼鏡」です。
●はじめに
「プリズム眼鏡」というと、なんとなく難しそうなイメージをもってしまう人もいると思います。本稿では、視能訓練士以外の職種の人や、視能訓練士として働いている年数が短い人にも読んでもらえるように、プリズム眼鏡についてできる 限りわかりやすく解説します。
●プリズムレンズとは
眼科におけるプリズムレンズとは、斜視や斜位などの眼位異常の矯正に用いられるレンズです。まだプリズムレンズを実際に手に取ったことがない人は、自施設の検眼レンズセットの中のプリズムレンズを、ぜひ一度手に取ってみてください。プリズムレンズには、長い線と短い線、もしくは赤丸と白丸の印がついています(図1)。
図1 プリズムレンズの基底方向(タップして拡大↑)
黄色矢印方向に向かってレンズの厚みが増している
長い線もしくは赤丸方向がプリズムの基底です。0.5プリズムや1.0プリズムだとわかりにくいかもしれませんが、4プリズム以上であれば、明らかに基底のほうが厚いです。「基底方向は、基底と反対側の方向(図1では短い線もしくは白丸)と比べて、レンズが厚い」という印象をもっていてください。
前述の検眼レンズセットの中のプリズムレンズのほかにも、レンズに貼付するタイプのフレネル膜プリズムや、検査に用いるプリズムバーなどを有する施設もあると思います。自施設がどのプリズムレンズを有しているかを把握することは、プリズム眼鏡合わせの「はじめの一歩」といえるでしょう。
●プリズムレンズの度数と基底方向
プリズムレンズには度数があります。プリズムレンズ度数の単位量はプリズムディオプター(⊿)です。1⊿とは、1mの距離に対して1cmだけ光の方向を基底方向に偏向させるという意味です(図2)。たとえば1mの距離に対して光の方向を6cm基底方向に偏向させるプリズムレンズの度数は6⊿となります。もしレーザーポインタを持っている場合は、図3のように1m程度の距離で実験をしてみるとよいでしょう。基底方向への光の偏向を容易に確認することができます。
図2 1⊿のイメージ(タップして拡大↑)
図3 レーザー距離計による簡易実験(タップして拡大↑)
レーザー距離計でプリズムの有無による光の偏向を確認した。
前述のとおり、プリズムレンズは基底の方向、つまり「光を偏向させる方向」があります。また、基底はbase(ベース)ともいわれます。この基底方向はプリズム眼鏡レンズの処方に必要不可欠です。なぜなら、眼鏡レンズのどの方向にプ
リズムレンズの作用を及ぼすかは、この基底方向によって決まるからです(図4)。
図4 基底方向の表示方法(タップして拡大↑)
基底方向は、乱視度数の軸度方向と同様にTABO式で表されます。たとえば右眼の水平方向の鼻側は0°で、左眼の水平方向の鼻側は180°となります。ここでとくに覚えてほしいことは、右眼と左眼それぞれの0°、90°、180°、270°の基底方向の表しかたです。眼科臨床や眼鏡処方箋では、先述した「基底」ではなく、「ベース」という言葉で表されることが多く、その方向は図4のように、基底が鼻側に配置される場合はベースイン(base in;BI)、基底が耳側に配置される場合はベースアウト(base out;BO)、基底が90°方向に配置される場合はベースアップ(base up;BU)、基底が270°方向に配置される場合はベースダウン(base down;BD)と表されます。
さてここで、プリズムレンズに慣れていくための実践的な方法を一つ示します。検眼レンズセットのプリズムレンズを、レンズメータで実際に測定する方法です。図5のようにレンズメータに4⊿のレンズをのせると、測定画面には4⊿と1°の値が表示されています。図5は画面の右(R)側にレンズの値が表示されているため右レンズとして測定されており、1°はほぼ0°とみなして構わないため、先ほどの図4を参照すると基底はBIの方向となり、図5のプリズムレンズを置いた位置関係(赤丸が基底方向)と一致します。つまりレンズメータのターゲットは、基底方向に変位していることになります。
図5 レンズメータに4⊿のレンズをのせている写真(タップして拡大↑)
「+」(青色囲み部分)は、レンズメータのターゲットである。はじめは中央にあったが、レ
ンズをのせるとプリズム基底の方向に動いた。4⊿のレンズをのせると、測定画面には 4⊿と
1°を表す値が表示される(赤色囲み部分)。
プリズムレンズに慣れていない人は、このような流れで何度か練習をしてみるとよいでしょう。1⊿の意味を把握し、基底方向についても疑問がなければ、次のステップに進みます。
●度数がある眼鏡レンズはプリズムの集合体である
ここまでプリズムレンズに関して学んできましたが、じつは眼鏡レンズは度数があれば、そもそもプリズムレンズの集合体といえます。図6は凹レンズと凸レンズの例です。
図6 眼鏡レンズがプリズムの集合体であるイメージ(タップして拡大↑)
光学中心を通る光のみ直進する。その他の光線は基底方向に偏向する。
度数がある眼鏡レンズは、光学中心を通る光線以外はプリズム作用が発生しています。本稿を読んでいる人のなかには、眼鏡を使用している人もいると思います。自身のレンズもそもそもプリズムの集合体だと思うと、プリズムレンズのことが少し身近に感じられるのではないでしょうか。
一方でこれは、もう一つの事実を意味します。光学中心以外で見ている場合は、プリズム作用が発生するということです。たとえば、瞳孔間距離と光学中心間距離がずれると、プリズム作用が発生している状態で眼鏡をかけていることになるため、そのような観点からも、瞳孔間距離と光学中心間距離が合っていることは快適な見え心地の大切な要素であるといえます。
●プリズムレンズを通した見えかた
プリズムレンズで矯正するとどのような見え方になるかを説明します。図7は、オフィスのキャビネットの接合部がぼやけて線のように見えると思いますが、プリズムを通して見ると基底方向とは逆の方向(頂点方向)に変位して見えます。もちろん実際にキャビネットの接合部の一部が動いたわけではないため、これはあたかも動いたように見える「虚像」となります。それでは、なぜ図5のレンズメータの写真では、ターゲットが基底方向に動いたのでしょうか。それは、「実像」であるターゲットがプリズムの作用を受けて実際に変位しているからです。
図7 基底とは反対側に像が変位して見えるイメージ(タップして拡大↑)
●眼鏡処方箋の記載例と注意点
次に、医師の指示のもと、プリズム度数を眼鏡処方箋に記載する際の例と注意点を述べます。ちなみに、眼鏡レンズにプリズム度数を組み込む場合は、フレネル膜プリズムのほかに、「組み込み式プリズム」というものがあります。本稿では詳細な説明は割愛しますが、眼鏡レンズに組み込めるプリズム度数には限界があります。それはレンズの基材(セミフィニッシュともいわれるレンズ内面を切削する前の状態のレンズ)自体の厚みが決まっているからです。当社の場合は「基準径で3⊿」を確保できるようにしているため、単焦点レンズであれ累進屈折力レンズであれ、片眼3⊿までは基本の製作範囲であればレンズに組み込むことに問題はありません。しかし、3⊿を超えるプリズム度数を組み込む場合、製作範囲によっては外面は完成されているセミ材の、研削・研磨されてない内面が残ってしまうフチ残りが発生する可能性があるため、当社の場合は製作可能かどうか問い合わせてもらうようにしています。
● 左右のプリズム
さて、日本眼科医会提供の眼鏡処方箋(サンプル)1)の一部抜粋に記載した例を見てみましょう(図8)。図8の例だと、右レンズには2⊿が基底方向0°に入っており、左レンズにも2⊿が基底方向180°に入っています。つまりBIの矯正が施されているため、外斜の状態に対する処方であることが処方箋からも読み取れます。この基底方向に関しては前述のとおり、右眼の基底方向BI、左眼の基底方向BIと記載しても問題ありません。
図8 眼鏡処方箋の記載例(文献1より)(タップして拡大↑)
記載時の注意点として、前述のプリズム製作範囲内であるかどうかや、プリズム度数や基底方向に誤記載がないかが挙げられます。また、特殊な意図をもって、片方は基底方向BI、もう片方は基底方向BOなどのプリズム処方を行う場合は、特記の箇所や備考欄にその旨を記載するとよいでしょう。こちらも詳しい解説は割愛しますが、眼振や視野障害の人に対して行うYoked Prismの処方などがそれに当てはまります。
● 合成プリズム
次に、左右のプリズムだけでなく、上下のプリズムに関しても同時に矯正する必要がある場合は処方箋にどのように記載すればよいかを述べます。基本的には、
右眼 2⊿BI 1⊿BU
左眼 2⊿BI 1⊿BD
のように、水平方向と垂直方向の両方のプリズムを処方箋にそのまま記載するかたちで問題ありません。こちらも詳細は割愛しますが、MEGANET Pro(ティーエステル)という眼鏡レンズのオンライン発注・管理システムの画面には、水平方向のプリズムと上下方向のプリズムの両方を入力できる箇所があるからです。
もう一つの方法は、合成プリズムを処方箋に記載する方法です。合成プリズムの度数(⊿)は以下の式で表せます。
先ほどの例で計算をすると、右眼の合成プリズムの度数は
2.24⊿となります(今回の例では左眼も同様)。
図9 分度器を使用した合成プリズムの求めかた
(タップして拡大↑)
プリズムを長さで記載し,分度器で実際に角度を測る。
次に合成プリズムの角度ですが、図9のように⊿を長さで記載し、分度器で角度を測ることが最も簡便かもしれません。
もう一つの方法としては、下記の式を用います。
詳しくは述べませんが、tan-1はtanの逆関数であり、角度θを求めるものです。実際に先ほどの例で計算すると、右眼の合成プリズムの角度はθ=tan-1
(1/2)=26.565°となり、小数点以下で四捨五入をすると、27°となります。よって、合成プリズムは次のように記載します。
右眼 2.24⊿ Base27°
左眼 2.24⊿ Base207°
●レンズメータを用いた累進屈折力眼鏡(PAL)のプリズム度数測定方法
累進屈折力眼鏡(progressive addition lens;PAL)のプリズム度数の測定は、プリズム測定基準点で行います。プリズムの測定基準点は図10のようにアラインメント基準マーク(再生マーク)の中間となるため、そこをレンズメータを用いて球面レンズを測定するような通常のモードで測定します。
図10 累進屈折力レンズのレイアウト例(タップして拡大↑)
●おわりに
本稿が、プリズム眼鏡に対する「なんとなく難しいイメージ」の払拭や皆さまのプリズム眼鏡へのさらなる理解の一助となれば、とても嬉しく思います。
1) 日本眼科医会ホームページ.学術:眼鏡処方箋(サンプル),(https://www.gankaikai.or.jp/for-medical-personnel/jutsu/index.html,
2026 年4月閲覧)
株式会社ニコン・エシロール ビジョンケア部
ビジョンケアスペシャリスト
視能訓練士
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