「認知症の患者さんにどう対応していいかわからない……。どうしたらよい?」と感じることはありませんか? 本コーナーでは、認知症の患者さんにかかわり、ケア・対応を行うときのポイントを事例とともに紹介します。(メディカ出版 編集室)
回答者:山下いずみ(江別市立病院認知症疾患医療センター・患者支援センター看護師長/老人看護専門看護師)
【患者】80歳代後半、女性
【背景】
●アルツハイマー型認知症、ミニメンタルステート検査(MMSE)18 点です。
●既往歴に、糖尿病、両眼白内障があります。
●要介護1(デイサービスを週1 回利用)です。
●家族背景として、夫が2年前に他界した後、一人暮らしとなり、近隣在住の息子が生活を支援していました。夫が他界したことを忘れ、探し回る、警察へ電話をするなどを繰り返していました。
【経過】
患者のAさんは、70歳代で糖尿病と診断され、近隣のクリニックで内服薬治療を受けていました。しかし、認知機能障害の進行に伴い通院できなくなり、内服薬の飲み忘れもありました。数ヵ月ぶりに息子が付き添って受診すると、高血糖の状態(Hba1c 14.1%、血糖値 612mg/dL)であり、一般病院の内科病棟へ入院となりました。
Aさんは医師からの入院の説明に対し、「わかりました。お世話になります」と返答しました。しかし、入院後は「家に帰ります」「夫が自宅で待っているんです」と繰り返し話し、帰宅できない状況に混乱していました。
入院直後から「帰りたい」と、帰宅欲求の訴えを繰り返し、落ち着かない患者さんには、どのようにかかわればよいでしょうか?
「帰りたい」という感情を当然のものと捉え、共感する
私たちは誰もが、自分にとって安心できる快適な場所で過ごしたいと望んでいます。また、新たな環境で過ごさなければならないとき、緊張したり、落ち着きがなくなったりします。そう考えると、認知症の患者さんが病院というなじみのない環境で過ごさなければならないとき、「帰りたい」という思いになるのは当然のことではないでしょうか。
認知症の患者さんが「帰りたい」と言ったとき、「帰宅欲求」「帰宅願望」などのラベルを貼るのではなく、環境の変化による当然の感情と考え、まずは共感することからはじめます1)。
不安の原因となっている認知機能障害をアセスメントする
「帰りたい」という思いの背景には、認知機能障害が影響しています2)。記憶障害のため「なぜここにいるのかわからない」、見当識障害のため「どこにいるのかわからない」、失行のため「やることなすことうまくいかない」などが影響し、不安になっています。そのため、どのような種類の認知機能障害から不安になっているのかアセスメントします(表)。
また、Aさんのように高血糖など、身体的な不調があると、それをうまく表現できずに「帰りたい」という表現になっているのではないかと考えてかかわることも大切です。
認知機能障害 | 帰りたいという思いになる背景 |
---|---|
記憶障害 | なぜここにいるのかわからない、思い出せない。 |
時間の見当識障害 | 時間はわからないが、どこかで誰かを待たせているかもしれない。 |
場所の見当識障害 | どこにいるのかわからない、知らない場所ではなく知っている場所に行きたい。 |
人物の見当識障害 | 知らない人ばかりがいる場所ではなく、知っている人がいる場所に行きたい。 |
失語 | 周りの人が話していることを理解できない、自分の気持ちを言葉で表現できない。 |
失行 | やることなすことうまくいかない。 |
失認 | 知らないもの、わからないものばかりある。 |
実行機能障害 | この次に何をしたらよいかわからないので、迷惑をかけてしまうかもしれない。 |
表 認知機能障害の影響による「帰りたい」という思いの背景
説明や説得ではなく、安心感をもてるよう理解・共感する
認知症の患者さんが「帰りたい」と言ったとき、看護師は「落ち着いてほしい」と言って必死に説明・説得することもあるのではないでしょうか。Aさんのような場合、「ここには夫がいない」「夫が自宅で待っている」という不安や焦りから帰りたいという思いになっているので、説明・説得は逆効果かもしれません。
まずは「ご主人のことが心配なのですね。お話を聞かせてもらえますか」と言って声掛けをしてみると、「話を聞いてくれる人がいる」と認識でき、安心感につながるのではないでしょうか。看護師が共感し理解してくれるという安心感があれば、Aさんにとって「ここにいたい」と思える環境になると考えます。
安心できる快適な環境づくりを意識して、かかわる
認知症の患者さんが入院したとき、その人にとって安心できる快適な環境づくりを意識してかかわることも大切です。
例えば、Aさんに会ったときにこれまでの仕事の経験や趣味について尋ねると、昔は茶道教室の先生で、和服を着ること、お茶の時間を大切にしていたことを教えてくれることもあると思います。そこで、自宅からA さんが和服を着用している写真やなじみの湯飲み茶わんを持参してもらい、検温のときには茶道教室の思い出を聞くことで、落ち着いて過ごせる時間が増えるかもしれません。
認知症の患者さん本人への関心をもち、共感し、理解を示すことが、患者さんにとっては安心できる快適な環境へとつながることもあります。
病院に入院したとき、「帰りたい」という思いになるのは当然の感情です。認知機能障害の影響で不安になっていることが考えられます。説明・説得は逆効果です。どのような不安があるのか、患者さんに聞いてみましょう。
引用・参考文献
1)精神症状・行動異常(BPSD)を示す認知症患者の初期対応の指針作成研究班著.“帰宅願望・帰宅欲求”.介護施設,BPSD 初期対応ガイドライン改訂版.服部英幸編.東京都,ライフサイエンス,2018,68-70.
2)日本老年精神医学会.“モジュール2 臨床的な問題”.国際老年精神医学会BPSD:痴呆の行動と心理症状.東京,アルタ出版,2005,27-49.
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