「認知症の患者さんにどう対応していいかわからない……。どうしたらよい?」と感じることはありませんか? 本コーナーでは、認知症の患者さんにかかわり、ケア・対応を行うときのポイントを事例とともに紹介します。(メディカ出版 編集室)
回答者:川中子裕美(獨協医科大学病院 心臓・血管内科/循環器内科病棟/老人看護専門看護師)
【患者】70歳代、男性
【背景】
● 既往歴に、高血圧、高脂血症、アルツハイマー型認知症があります。
● アルツハイマー型認知症の進行度は、改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)15点で、FAST ステージ3、もの忘れがあります。
● 脳梗塞を発症し、保存的加療のため入院になりました。
● ADLは自立しています。
● 介護認定は要介護1です。週に1回デイサービスを利用していました。
● 家族背景は妻、長男夫婦と4人暮らしです。
【経過】
患者のAさんは入院後、内服薬治療を始めてから10日が過ぎるころには、リハビリテーションが進み、杖を使って病棟内を歩行するようになってきました。Aさんは、筋力が低下し立位でのバランスが不安定なため、歩行時にふらつきがあり、転倒の危険がありました。さらに、歩行していると廊下で道に迷い、周囲をきょろきょろと見渡すことがありました。
ベッドの高さは低床にし、「危ないから1 人で動かないでください」と何度も説明を繰り返していますが、Aさんは「わかった」と言うものの、杖も使用せずに1人で出歩きます。注意しても、「1人で歩けるから大丈夫」と聞き入れませんでした。
歩行時にふらつきがみられ、転倒のリスクがある認知症の患者さんの場合には、どんなことに注意したらよいでしょうか?
本人の目線から移動する目的を把握し、予防対策を立てる
まずは大切なのは、歩く目的と転倒のリスク要因をアセスメントし、あらかじめ予防対策を検討しておくことです。転倒の危険性について、疾患、認知機能、運動機能などの個人的な要因と環境の要因から考えます1)。そのうえで、患者さんの目線に立って「どこに行きたいのか」「何をしたいのか」「目的は何か」などを推察し、歩く目的を考えて予防対策を立てます。
ニーズに合わせる工夫をして、先取りしながらケアを行う
転倒のリスクがある場合、個人要因と環境要因を考えます。個人要因では、認知機能、身体機能の能力を評価します。
Aさんは、もの忘れがあることや歩行時に廊下で道に迷うことから、中等度のアルツハイマー型認知症による記憶障害、注意力障害があると考えられます。Aさんが「1人で歩けるから大丈夫」と言って杖を使おうとしないのは、自分が脳梗塞による片麻痺やリハビリテーションの段階にあるいまの状況を正しく理解できていないからではないでしょうか。つまり、杖の必要性や看護師を呼ぶ必要性を認識できていない可能性が考えられます。
次に、Aさんの歩く目的については、いつ、どこへ行き、何をしようとしているのかを推察します。その際には、Aさんが何かを感じていても、認知症のために言葉にできないこともあるということを念頭に置いてかかわりましょう。つまり、表情や行動をよく観察し、何をしようとしているのかを見極めて、目的を果たすために安全に移動ができるよう誘導するなど、先取りしながらケアを行います。活動や行動を制限するのではなく、コミュニケーション方法を工夫し、本人のニーズを把握するとともに環境調整を行い、Aさんが目的を安全に果たせるように支援します(図)2)。

図 本人のニーズに合わせた予防対策
自立を支援し、安全に過ごせるよう環境調整を行う
危ないからといって「動かないでください」と行動を抑制したり、身体拘束したりすることを考えてしまいがちですが、安全性を重視するあまり、患者さんの意思を尊重しないケアになっていないかどうかを慎重に見極める必要があります。「誰のための安全か」を念頭に置き、転倒などのリスクを回避しながら、患者さんの自立を支援し、安全に過ごせるように環境調整を行いましょう。その際にも、患者さんに「どうしたいのか」と聞いてみることが大切です。「何かお手伝いできることはありませんか」と声を掛けながら、本人のニーズに合わせて対応します3)。
行動を抑制せずに、本人の意思を尊重しながらかかわる
認知症のある患者さんは、危険を予測する判断能力が低下しており、転倒しやすい状況にあります。しかし、看護師は、一方的に患者さんの行動を抑制するのではなく、本人の視点で考え、意思を尊重しながらかかわることが大切です。リスクを回避する方法が実は「害」になり得るということ、倫理的に問題になるということを意識する必要があります。
患者さんの意思を尊重し、ニーズに合わせて、「どうしたら安全に動けるか」と考え続けることが大切です。患者さんたちはさまざまな苦痛を抱えています。日々の丁寧なケアこそが重要であり、適切な緩和ケアにもつながることを意識しましょう。
「危ないから、だめ」「行動を抑制しよう」という考えになりがちですが、「誰のための安全か」「患者さんにとって何がもっとも大切なことなのか」を意識し、安全に過ごせるように環境調整を行うことが大切です。患者さんの視点で考え、本人のニーズに合わせながら行動を先取りするようなケアを行いましょう。
引用・参考文献
1) 坂野ゆかり.認知症患者の大腿骨頚部骨折の看護.リハビリナース.17(1),2024,44-51.
2) 鈴木みずえ.“ 多職種チームで取り組む 排泄障害・せん妄も含めた包括的ケアとしての転倒予防ケアプログラム”.
認知症plus 転倒予防:せん妄・排泄障害を含めた包括的ケア.東京,日本看護協会出版会,2019,183-98.
3) 松本佐知子ほか.“ 認知症ケアにおける倫理”.認知症ケアガイドブック.日本看護協会編.東京,照林社,2016,
56-69.
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