「認知症の患者さんにどう対応していいかわからない……。どうしたらよい?」と感じることはありませんか? 本コーナーでは、認知症の患者さんにかかわり、ケア・対応を行うときのポイントを事例とともに紹介します。(メディカ出版 編集室)



回答者:西 千亜紀(ぬくもりグループ法人本部研修センター サポートナース/認知症看護認定看護師)



【患者】70歳代後半、男性
【背景】
● レビー小体型認知症です。記憶は比較的保たれています。
● 約1 年前から子どもや蛇などの幻視が出現し、現在は徐々に身体が動きにくくなっています。
● 言語的なコミュニケーションは可能です。
● 若いころに離婚し、1人暮らしです。子どもは妻が引き取ったため、疎遠となっています。
【経過】
患者のAさんは、自宅にいるころは夜中に幻視の症状があり騒ぐことがありましたが、その症状はみられなくなり、最近は食事のときにぶつぶつと独語し食事が進まない状況になっています。何を言っているのかと尋ねると、「向かい側の席に座っている子どもが、お腹を空かせて泣いている。その子に食べさせてやってくれ」と言います。動作は緩慢ですが、食事動作は自立しています。
「子どもがいる」という幻視により食事が進まず、子どもがいないということを伝えても納得しません。どのようにかかわれば、幻視に影響されずに食事してもらえますか?

幻視が本人には確実に見えていることを理解し、かかわる

レビー小体型認知症はレビー小体(αシヌクレインというたんぱく質が凝集したもの)が脳内に病的に出現し、脳の神経細胞が減少していく神経変性疾患です。レビー小体型認知症の症状のなかでも幻視(そこにないものが見える)は中核的特徴の一つです。レビー小体型認知症では、Aさんのように視覚的な情報を処理する後頭葉に問題を生じることで幻視が生じやすくなります1)。つまり、幻視は具体的であるため、患者さん本人にとっては確実に詳細が見えているものとして理解する必要があります2)

幻視だけでなく、身体症状による食行動への影響もみる

レビー小体型認知症は初期から便秘や下痢、排尿障害といった自律神経障害などの身体症状や、認知機能の変動がみられ、食行動にも影響を及ぼします。そのため、幻視の有無だけでなく、身体症状や認知機能レベルをみることも必要です。
本ケースでは、主に幻視が食行動に影響を与えていますが、本人の身体症状にも目を向けて対応することが大切です。便秘があれば改善し、認知機能・覚醒レベルの変動がある患者さんの場合には調子のよいときにしっかりと食事し、間食で栄養を補います。また、血圧変動がある場合は、姿勢を変えた直後には食事しないようにしましょう。

幻視の内容を否定せずに、本人の思いや不安に寄り添う

レビー小体型認知症では、視覚的な情報を処理する後頭葉に問題を生じるため幻視が生じやすいといわれています。認知症の患者さんの脳は「そこにある(いる)」かのように情報処理しているので、本人の訴えを強く否定すると、余計に不安を助長させ3)、対応している職員への不信感につながる可能性があります。そこにある(いる)のか、ない(いない)のかを会話の中心にするのではなく、そのときに患者さんが感じていることに寄り添う姿勢が重要です。
本ケースでは、「子どもが空腹で泣いているのをどうにかしてあげたい」と思っているようなので、そのような本人の思いを傾聴します()。すぐに効果は出ないかもしれませんが、継続して傾聴しながら思いをくみ取ることで、本人に安心感が生まれ、徐々に落ち着いてきます。





 幻視があるときの考え方・声掛け(例)

副作用が出やすいことに注意しながら、観察・対応する

幻視やそれに伴う不安・興奮が強く、日常生活に支障をきたすような場合は、抗認知症薬や抗精神病薬などの薬剤により症状をコントロールすることも検討されます。しかし、レビー小体型認知症には薬剤に対して過敏に反応し、副作用が出やすい4)という特徴があるため、注意する必要があります。
そのため、薬剤の使用は慎重に開始し、作用が現れるまでの時間や効果・副作用を細かく観察する必要があります。また、そのとき服用している薬剤の副作用で生活リズムが崩れていたり、身体が動きにくくなっていたりすることもあるので、薬剤を追加するだけではなく、減らすことも考えられるという視点をもって観察し、対応することも大切です。

環境調整を行いながら、幻視につながる錯視を予防する

幻視は患者さんにとってはありありとした事実ですが、幻視につながる錯視(目の錯覚)を予防する5)ことも大切です。そのためには、照明の影が影響していないか、壁のしみや壁に飾ったものが人のかたちに見えないかどうかを確認し、シンプルな空間になるように環境調整を行う必要があります。また食事についていえば、「食事に虫がいるように見える」という訴えがあれば、ふりかけなどの使用を避けるといった工夫も心掛けます。
本ケースでは、患者さんが食事をするときの席の位置を変更するのもよいでしょう。また、幻視が見えはじめてからかかわるのではなく、配膳の前に嚥下体操を取り入れ、幻視に注意が向きにくくなるように工夫することも考えられます。どうしても幻視から注意がそれない場合は、「子どもさんの食事は、こちらで準備します。心配せずに、お先に食べはじめてください」と声を掛け、場合によっては幻視の人物のために小皿に菓子などを乗せて準備するなど、患者さんが納得して食事を開始できるように対応してみるのもよいでしょう。





ひとことアドバイス
レビー小体型認知症の患者さんの脳は、「何かがそこにある(いる)」 かのように情報処理しています。そのため、本人の訴えを強く否定せず、 そのときにどのように感じているのかに寄り添うとともに、幻視につ ながる錯視を予防するために環境調整を行います。また、認知機能の 低下や幻視だけではなく、初期から便秘、手足の動かしにくさや血圧 の変動、認知機能の変動などの身体症状がみられると、食行動に影響 が出てくることも理解しておきましょう。

引用・参考文献
1) 認知症ねっと.認知症による幻覚や錯覚(原因と対応).https://info.ninchisho.net/symptom/s90(2025 年1月閲覧)
2) 山田律子.“認知症の人の日常生活行動への看護プロトコル:食事の看護”.認知症の人の生活行動を支える看護:エビデンスに基づいた看護プロトコル.高山成子ほか編.東京,医歯薬出版,2014,34-41.
3) 山田律子.“ 認知症の人の摂食力を高める環境づくり”.認知症の人の食事支援BOOK:食べる力を発揮できる環境づくり.東京,中央法規出版,2013,110-2.
4) 山田律子.“ 認知症の基礎知識”.前掲書3).2013,26-54.
5) 野原幹司.“レビー小体型認知症:「誤嚥する」認知症”.認知症患者さんの病態別食支援:安全に最期まで食べるための道標.大阪,メディカ出版,2018,38-56.

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