いつまで続く? 待ち時間
突然ですが、無間地獄とは仏教で最も重い罪を犯した罪人が落ちる地獄のこと。地下8層からなる地獄の最下層にあり、苦痛が永遠に続いて、途切れる「間が無い」ため無間地獄と言われます。せっかちな私にとって、いつまでも呼ばれない待合室はまるで無間地獄です。
特に待ち時間の目安すらわからないと地獄です。早くなくてもいいんです。正確でなくてもいいんです。あと10分なのか。1時間なのか。それくらいはわかるはず。目安がわかるだけで地獄から解放されます。
何時間待てる?
病院に限らず郵便局や銀行などどこでもいいです。みなさんが待合室で待てる時間はどれくらいでしょうか。5分? 10分? 30分? 人それぞれでしょうが、スマホ、本や雑誌、待合室のテレビなど、手元になにかあるだけで違いますよね。本の世界にどっぷりと浸りこんでも、自分の名前や番号を呼ばれれば、不思議と気がつくものです。
待つか、尋ねるか、それが問題だ
ではもし耳が聞こえなかったら? 自分が呼ばれたかどうか、常に受付の方を見ていなければなりません。呼び出し係が来るたびに、そちらも確認しなければなりません。そのためには口の動きを見たいですが、席が後ろではそこまで見えません(#002 マスクは目隠し、でお話したように、不織布マスクをつけていたらアウトですね)。
つまり座る席は前の方に限られる。それどころか、本やスマホに没頭したり、下を向いていたりすることすらできません。病院で体調が悪ければ、少しくらい目を閉じていたくなるかもしれないのに。
気軽にトイレにも行けません。「ちょっとトイレに」と手話や筆談で伝えるのも大変です。用を足して戻ったあとも、途中で呼ばれなかったか確認に一手間必要になります。
「自分の番がきたら教えてください」と伝えていたにも関わらず、申し送り不足で忘れられてしまった例もあると聞きます。ろう者や聴覚障害者はそのような社会で生きています。
福音となった電光掲示板
そんな中で登場した電光掲示板は、ろう者にとって聴者以上に福音となりました。電光掲示板なら呼ばれたかどうか一目でわかります。呼び出しが番号順であれば待ち時間の目安もわかります(私にも福音になったわけです)。
もちろん、電光掲示板はどこでもすぐに導入できるものではありません。また総合受付や会計など大きな待合室には置かれていても、すべての部屋に導入されている病院はそう多くないでしょう。
知っていますか? この法律
令和4年5月に「障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律」(いわゆる障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法)が成立・施行されました。第3条の基本理念には、次の4つの事項が規定されています1)。
・障害者による情報の取得等の手段について、可能な限り、その障害の種類及び程度に応じた手段を選択することができるようにすること。
・全ての障害者が地域にかかわらず等しくその必要とする情報を十分に取得等できるようにすること。
・障害者が取得する情報は、障害者でない者が取得する情報と同一の内容の情報を障害者でない者と同一の時点において取得することができるようにすること。
・全ての障害者が通信ネットワークの利用及び情報通信技術の活用を通じ、その必要とする情報を十分に取得等ができるようにすること。
法律の話なので小難しくはありますが、大切なことなので、一文一文の意味を考えながら、一度はしっかりと読んでみてください。
聴覚以外の案内を考えよう
法律はすでに施行されています。あなたの病院では守られていますか? 病院の待合室で、声だけで呼び出すのはこれらのいずれも達成させません。これからは電光掲示板やその代替案を積極的に取り入れて普及させる必要があります。
「法律ができたから」という理由だけではありません。少しでも住みよい社会にしたいですよね。法律ができた背景に思いをはせて、ろう者や聴覚障害者がなにに困ってきたのか具体例を知り、対応することが求められます。そのあたりをおろそかにすると、あなたの病院の待合室は時代遅れの無間地獄だと思われてしまうかもしれません。
まとめ
〇もう呼ばれたのか、いま呼ばれているのか、これから呼ばれるのか。電光掲示板はみんなの拠り所となった。
〇必要な情報は、誰もが同一の内容を同一の時点で取得できるよう、複数の選択肢を準備する。
第5回は以上です。
次回以降も「手話と医療、ろう者に関するハッとするような常識・非常識」「日常では気づきにくいが、気づかなければいけなかったこと」などを取り上げていきたいと思います。
明日からとは言わず、必ず今日から誰かの役に立つ内容です。是非シリーズを最後までご覧になってください。
※本内容はすべてのろう者、聴覚障害者やそのご関係者にあてはまるものではありません。
※手話表現には、地域差、個人差があります。ご自身の周囲の手話表現を大切にしてください。
参考文献
1)総務省 情報アクセシビリティポータルサイト
https://www.soumu.go.jp/info-accessibility-portal/info-accessibility/
相澤病院 救急科 医長
中高生の頃にマンガ『ブラックジャック』と海外ドラマ『ER緊急救命室』に影響され医学部を受験するも不合格。1浪して東京慈恵会医科大学へ。その後は松本市の相澤病院で初期研修をして救急医になる。書籍『無名の医療者が医学書を出版するまでの道(メディカ出版)』『季節の救急 第2版(日本医事新報社)』などの単著を出版後、京都大学大学院で専門職学位課程(社会健康医学修士)を修了。コロナ禍に筆談でろう者を診療していたが、実はまるで通じていなかったとあとでわかり衝撃を受ける。今は手話と医療に関する本を出版したい。
著者の書籍のご案内
あなたにしか書けない本の作りかた
出版社は「書きたい人」を待っている。自己分析から企画・執筆、出版社へのアプローチまで、誰も教えてくれなかったメソッドをここに公開。
「書いてみたい」がカタチになる入門書!
コネや肩書がなくても医学書は出版できる!自分の強み(unique selling proposition;USP)を明確にして企画・執筆を進めれば、きっと誰かに役立つ本が書ける。企画書に必要な要素から刊行後の販促活動まで、著者が経験をもとに、わかりやすくユーモアに満ちた筆致でセキララに語る!
発行:2020年3月
サイズ:A5判 168頁
価格:3,080(税込)
ISBN:978-4-8404-7198-5
▼詳しくはこちらから
▶Amazonでの購入はこちら
▶楽天ブックスでの購入はこちら
