座るのはL字がよいと言うけれど

音声言語で医療面接をするとき、お互いの体が直角になるように座ると話しやすいと言われます。テーブルに座った席がアルファベットのL字に見えるので、L字法、L字席などと呼ばれます。お互いが正面で向き合う対面席だと圧迫感がありますし、横並びでは距離が近すぎます。L字法で座れば、ほどよい距離で適度に視線がずれて表情も見えるので、話しやすくなるのでしょう。

L字よりI字

手話で会話する場合はどうでしょうか。手話では手だけでなく口や上半身全体を使うのでした(#002 マスクは目隠し参照)。そのため、L字もよいですが、真正面に座ってI字になると手話が見やすくなります。

たとえば、電車で座っておしゃべりする場合もそうです。車両がガラガラであれば、窓際同士で反対側に分かれて座ると、席は離れていますが、正面から手話が見えるので会話しやすくなります。 しかし、病院には手話だけで医療面接ができる方は少ないでしょうから、その場合は真正面にこだわらず、筆談や音声アプリの見えやすい位置取りを考えればよいでしょう。

手話通訳者が同席していたら?

聴者の医療面接で、ご家族などの同席者がいる場合、通常は患者さんの隣、または後ろにいてもらうことが多いでしょう。手話通訳者が同席しているときはどこにいてもらえばいいでしょうか。手話通訳者がろうの患者さんの真横や後ろにいては、ろう者は通訳のたびに振り返らなければなりません。

手話は視覚言語です。手話通訳者にはできるだけろう者から見える位置にいてもらうのがよいでしょう。

手話カフェの円卓に学ぶ

みなさんは手話カフェに行ったことがありますか? 私の地元には、コーヒーやカレーがおいしい手話カフェがあります。スタッフも優しく、何度か行ったことがあるのですが、ふとしたとき、あることに気づきました。席がどの席も円卓なのです。そのため、4、5人で話していても、少し視線をうつすだけでみんなの手話が見えて、会話を楽しむことができます。

また、手話では相手の上半身さえ見えれば会話できるので、大きな円卓を囲んだ大人数の宴会などでは、手話は実は便利です。あっちとこっち、端と端で席が離れていても、ほかの人の会話に邪魔されずにやりとりできるからです(見ればなんの話をしているかがわかるので、ひそひそ話は近くでないとできませんが)。

病院では、面談室ならまだしも、診察室に円卓を導入するのは難しいかもしれませんが、ここから学べることもあるはずです。

私の考える、どこでもできる最善の席次

そこで、私は考えました。一般の診察室でも応用できる最善の座席はこうです。まず、私たち医療者とろうの患者さんが対面(I字)、またはL字になるように座ります。そして手話通訳者にはろう者の真横や後ろでなく、医療者の真横または斜め後ろで、かつろう者に手話が見える位置に座ってもらいます。

こうすれば、医療者は医療面接の主役であるろうの患者さんの方を向いてお話ができ、あわよくば口型も見てもらえます。また、手話通訳者も横にいる医療者の日本語を耳で聞きながら、ろう者に対面して日本手話で会話できます。

ただし、手話通訳者が医療者のそばに立つということは、診察室の奥に入り込むということ。防犯・安全・感染対策面など、病院の体制上、難しい場合もあるでしょう。また、位置取りについては患者さんや手話通訳者側の希望もあるでしょうから、臨機応変に考えましょう。

まとめ

〇手話は視覚言語。手話通訳者にはろう者から見えやすい位置に座ってもらう。
〇私の考える手話通訳者の最善の位置は、ろう者の真横や後ろではなく医療者の真横や斜め後ろ。

第6回は以上です。
次回以降も「手話と医療、ろう者に関するハッとするような常識・非常識」「日常では気づきにくいが、気づかなければいけなかったこと」などを取り上げていきたいと思います。

明日からとは言わず、必ず今日から誰かの役に立つ内容です。是非シリーズを最後までご覧になってください。

※本内容はすべてのろう者、聴覚障害者やそのご関係者にあてはまるものではありません。
※手話表現には、地域差、個人差があります。ご自身の周囲の手話表現を大切にしてください。
※本記事内では「手話通訳者」という用語を「手話通訳の資格のある人」という狭義ではなく、「手話通訳をしている人」という広義で用いています。




山本基佳
相澤病院 救急科 医長
中高生の頃にマンガ『ブラックジャック』と海外ドラマ『ER緊急救命室』に影響され医学部を受験するも不合格。1浪して東京慈恵会医科大学へ。その後は松本市の相澤病院で初期研修をして救急医になる。書籍『無名の医療者が医学書を出版するまでの道(メディカ出版)』『季節の救急 第2版(日本医事新報社)』などの単著を出版後、京都大学大学院で専門職学位課程(社会健康医学修士)を修了。コロナ禍に筆談でろう者を診療していたが、実はまるで通じていなかったとあとでわかり衝撃を受ける。今は手話と医療に関する本を出版したい。

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