ここには12枚の『問い』が書かれたカードがあります。
ゲストが、それぞれ選んだカードに書かれた『問い』について、インタビューを通じてゆっくり考えていきます。
カードには何が書かれているか、ゲストにはわかりません。
ここでの『問い』とは、唯一の正しい答えがあるものではなく、思考を深め、さらなる問いを生んだり、生涯にわたって何度も問い直したりするような本質的なもの。
そして、ゲストの考えや価値観、人柄に触れるようなものが含まれています。
簡単に答えは出なくても、こうした考える時間自体に意味があるのかもしれません。
いま、少しだけ立ち止まって、あなたも自分や周りの人に問いかけ、想いを馳せてみませんか。
看護師として20年以上のキャリアを持ち、整形外科、消化器内科、在宅医療、小児科・内科など幅広い分野で経験を積む。出産を機に働き方を見直し、医療系ライティングから始まり、4コマ漫画の制作へ。現在は看護師として夜勤中心で働きながら、漫画家として活動。ペンネームは「子どもでもわかるように」とひらがなで命名。児童分野にも関心がある。
著書:『走り続けた看護師たち 新型コロナウイルス感染症パンデミックで起きたこと(医学書院)』『コロナ禍でもナース続けられますか(竹書房)』『ナースが教える本当にヤバい医者の話(ぶんか社)』『みちこのナースのみち(comicタント)』など
小児科4年、整形外科・泌尿器科・内科系の混合病棟3年、その後、派遣で1年ほどクリニックや施設、ツアーナース、保育園などさまざまなフィールドで勤務。現在は整形外科病棟で非常勤をしながらライターとして活動して5年以上経つ。最近の楽しみは、仕事終わりのお酒と推しとまんが、それと美味しいごはんを食べること。
働きアリでめちゃくちゃ働いていた20~30代
白石:
今日はお忙しい中ありがとうございます。あさひさんは、看護師として働きながら漫画も描かれていますが、まずはこれまでどういったところで働かれていたのかをお聞かせください。
あさひ:
職場についてはあまり具体的には公表していないんですが、最初は整形外科病棟で働き始めて、その後は消化器内科で、外来や在宅医療にも携わっていた時期がありました。それから小児科、内科といろいろやりつつ、夜勤バイトの掛け持ちもいろいろしていて。私、働きアリのように仕事が好きで、特に20~30代はめちゃくちゃ働いていたんですよね。基本的にダブルワークみたいな感じで。看護師の仕事をいろいろしていました。
白石:
すごいエネルギッシュですね。ダブルワークをしていたのは、どういう理由からだったんですか。
あさひ:
特に理由はないんですけど、仕事をしていたかっただけですね。休みで家にいるのがあまり好きじゃないからとか、お金のためとか、そういうわけじゃないんですけど、自分のキャパの範囲内だったっていう感じで。忙しいのにまったく抵抗がないというか。その結果、25歳くらいで家を買って、30代でローンを払い終えていますからね(笑)。
白石:
え、すご(笑)。
あさひ:
いろいろな職場を見ることができるし、たくさん経験ができて、それぞれの病院の特色や看護師さんの個性も見えて面白かったんです。働くことが全然苦じゃなかったんですけど、でも働きすぎたんですよね。
白石:
それだけ働いていた生活から、大きな変化があったんですね。
あさひ:
そうなんです。30歳の頃に1人目を出産して、2人目が34歳くらいだったかな。今まで思いっきり仕事してきたところから、妊娠したらもう全部生活が変わっちゃうので、このままじゃダメだ、働き方をちょっと変えようと思って。家でもできる仕事を身につけようと思ったんです。
きっかけは同僚の看護師の話でした。育児休暇中に入ってきた臨時職員のほうが使いやすかったんでしょうね、育児休暇明けに復帰させてもらえなくて。それで切られちゃった子がいたんですよ。だから、「あぁ、そういうこともあるんだな……」と思いました。これは怖いと感じて。それで医療系のライティングや挿絵の仕事を始めたのがひとつ大きな転機だったかな。
白石:
わぁ……同僚でそういうことがあったんですね。
あさひ:
それに、1人目のときは子どもが熱を出しても休んだことはなかったし、子どもの行事もほとんど旦那に行ってもらっていたんです。ベビーシッター代のほうが手取りより多かったときもあったんじゃないかと思います。だけど、そこで休んだら、私も外されてしまうんじゃないかと思って。正職の職場なのに信じられない、社会が信じられないというか、自分でなんとかしなきゃいけないと焦っていたんだと思います。
子育てしながらだと100%やろうと思っても、やっぱり100%は無理で。80%ぐらいできたらよいほうで、50%でも諦めなきゃいけないときもあるって、だんだん気づいてくるんですよね。大事なものの順番も変わるし、全部変わる。それまで仕事第一だったのが、子どもが最優先になって、でも仕事は手を抜きたくないっていう、苦しい板挟み状態に陥っていましたね。
それでも、やっぱり子どもとの時間もほしいじゃないですか。それで働き方を変えようと思って、2人目の育児休暇中に漫画の原稿を持ち込んでデビューして、在宅の仕事を増やしていったんです。それに、職場の後輩とかでも子どもが産まれる話を聞くじゃないですか。そしたらこの子たちに同じ思いさせたくないなって、思いましたよね……。自分はまあ今までそれでよかったけど、当たり前になったらよくないなぁと思って。
「謎の自信があった」偶然から始まった漫画への道のり
白石:
それで、医療系ライティングから挿絵、漫画を描くようになったきっかけはなんだったんですか。
あさひ:
在宅でできる仕事ってことで医療系の記事のライティングを始めたのが最初で、そのときに挿絵の素材でいいものがなくて、自分で描いてみたんですよね。医療系の記事のイラストって結構マニアックで、イメージ写真とかだと、なんか違うなっていうのがあって。そうしたらその挿絵の評判がよくて、「あぁ、絵でも食べていけるぞ」と、そういう感じで漫画を描くことになったんです。
白石:
すごいですね、これまで趣味で描いていたとかではなく、そんなサッと描けるものなんですか。
あさひ:
それまで全然絵なんて描いていませんでしたね。漫画も描いたことないし。でもなんだか描けるな、描けそうだなって思って。絵心はわりとあるほうだったんで、美術部に所属したりして。まぁ、それぐらいなんですけど(笑)。謎の自信があったんですよ、描ける自信が。それで描いていました。
白石:
(笑)。それで挿絵から漫画を始められたんですね。
あさひ:
挿絵だけじゃなくて、4コマ漫画に変えたんですよ。当時は、今でこそ看護師のSNSで看護師ネタの小さな漫画などたくさんありますけど、まだそういうものはありませんでした。医療、看護師向けのWebサイトも文章がメインで、フリー素材の写真を貼り付けるのが一般的だったんですよね。
でも、「4コマ漫画のほうが絶対アクセス伸びると思います」って企画書を出して、それを通してくれたところで4コマ漫画の連載を始めたんです。すると、アクセス数も10倍以上伸びて、結果的によかったんですよね。そのサイトで1年くらい4コマ漫画を連載していて、私が初めてでした。今はもうサイトの名前が変わっていると思うんですけど。
子どもの頃から、先生に疑われるくらい作文を書くのが速かったですね。絵を描くのも字を書くのも特別速かったし、絵画や作文では必ず入賞していましたから。だから、元々そういう素地は少しあったんだと思います。
白石:
その実績を持って出版社への持ち込みをされて、漫画家としてデビューされたんですね。
あさひ:
そうです。Webに過去の記録が残るじゃないですか。そのURLを貼り付けて、自分でポートフォリオ(制作実績)をつくって、地元のフリーペーパーの仕事とかも含めて自分で書いた原稿と合わせて「Webでこういうことやっています」って出したら、アクセス数も全部わかるじゃないですか。そういうことを考えて、1年ぐらい4コマ漫画を連載していたんですね。本屋に行って自分の漫画を載せてくれそうな雑誌を5冊選んできて、そのうちの2冊の雑誌に持ち込んで、そのまま同時デビューだったんです。9月か10月ぐらいに持ち込んで、年末の号には出ていたんじゃないかな。
白石:
怒涛のデビューですね。現在はどのようなスタイルで漫画のお仕事をされているんですか。
あさひ:
今挿絵はやっていなくって、漫画だけですね。書き下ろしを今メインでやっているかな。雑誌の連載はすごく忙しくなっちゃうので、書き下ろしのお仕事をいただいたら、それをやる感じにしていますね。普通、漫画本ってなにかの媒体で毎週、毎月ちょっとずつ連載で発表していって、それをまとめて出版するんです。だけど、書き下ろしってどこにも発表しないで、自分のペースですべて書いて、出来上がってから発表する。この間の医学書院さんの本も全部書き下ろしなんですよ。どこにも発表しないで書き終えてから発表する感じで。
最初はまったくわからなくて、全部の仕事を受けていたんですよ。連載で月刊と週刊の締め切りが2本ずつあって、さらに別の連載やフリーペーパーの仕事をしながら、アシスタントも当初はいませんでした。看護師の仕事も普通にやっていたので、さすがに身体を壊しちゃって、これはダメだなと。試行錯誤して、アシスタントさんをつけて、今の形になりました。このスタイルじゃないと、看護師の仕事をしながらだと厳しいですね。
志がある看護師がたくさんいる、裏で支える人たちを描きたい
白石:
その書き下ろしというのが、2025年3月に出版された『走り続けた看護師たち 新型コロナウイルス感染症パンデミックで起きたこと(医学書院)』ですね。これまでのご自身の経験を描いた作品とは違って、取材ベースですよね。
あさひ:
そうですね。元々、取材をして描くこともあるんですけど、いくつか取材していくうちに、思ったんです。今のX(Twitter)は特に、不満のある人しかつぶやかないんです、基本的には。だけど、現場には本当に志のある看護師がたくさんいるんですよ。やっぱりそういうのを伝えていくのが私の仕事だなと思いましたね。
職業柄、同業の看護師や医療従事者の人に取材させてもらううちに、もちろん地域差はあるし、医療施設の大きさにも差があるし……。コロナ禍でみんな同じじゃなかったというか、医療物資の不足がまったくなかったところも、やっぱりあったんですよね。一口に看護師と言っても、それぞれ全然違うんですよね。それから産婦人科や透析室もすごく大変だったみたいなんですけど、あまり注目されないですよね。注目されるのは、コロナの重症患者を診ているところなので。
だから、前作で出したコロナ禍の本『コロナ禍でもナース続けられますか(竹書房)』を、看護師代表の話みたいにしたくなかったのもあります。看護師は縁の下の力持ちというか、表に出ないというか。声が大きい人が目立ってどんどん光が当たっていくけど、裏でどれだけ看護師たちが支えているかってところを描きたかった。それは、これからも描き続けようと思っています。
白石:
私はライターとして取材やインタビューすることもあるんですけど、取材のときにこういう視点を大事にしているとかありますか。
あさひ:
その人はなにを伝えたいかっていうのはすごく気をつけていますね。それこそ表現の仕方でまったく変わってくるので、表情ひとつとっても。
白石:
表情……。ライターだと、取材の音源を録音するので、それを聴き直して、そのときの声色やニュアンス、ここで悩む間があったとか、思い出しながら書き起こすんですけど、映像として記憶するのは難しそうですね。
あさひ:
そうですね。漫画はキャラクターをつくって演技させなきゃいけないので、それを紙の上でやるイメージですよね。言葉にするのが難しいんですけど、ドラマをつくる感覚に近いんだと思います。
白石:
挿絵のようなイラストが描けるようになることとは少し違いますよね。漫画が描けるようになるには、どんなことが必要なんでしょうか。
あさひ:
私もなにか漫画を描けるようになるために勉強したわけでもないんですよね。でも、俯瞰的に見ることが大事なのかな、とは思いますね。私の場合、漫画を描くようになる前からも、頭の中では描いていたんですよ(笑)。なんと言えばいいか、物事が面白おかしく見えちゃうときがあるんですよね。それが漫画みたいだなって思うことがあって。たとえば、クレーマーな患者さんとか、すごく怒りっぽい先生がいるとか、現場で毎日起こることが、私の中では全部漫画みたいな感覚なんです。その怒っている先生を見て「こんな風に眉毛が動くんだ」って冷静に観察している自分がいたり……。
白石:
それがあさひさんにとって漫画の出発点みたいなところなんですね。そうじゃないと、あの漫画の数は描けないですよね。
あさひ:
ですね。病院って面白いんですよ。いろんなことが起きるので。正直、毎日1ネタ描いてって言われても描けますね。それぐらい毎日いろいろ起きる。
あ、でも新卒の頃はさすがに緊張した日々を送っていましたよ。だから、早くに辞めちゃう子はなんだかもったいないとも思うんですよね。もうちょっと続けてれば、面白さがわかるのに。その頃から漫画をやろうと思っていたんでしょうね。ネタ帳じゃないけど、日記のようなものをつけていたんですよ。病院であった面白いこととか、ちょっと納得いかないこととか書きためるようにしていました。いつか描いてやるって思いながら。育児もそうですね。出産のときからずっと書きためていて、やっと育児漫画で放出しました。
こんなドラマチックな仕事、他にありますか?
白石:
それではこちらで準備した質問カードの中から1枚選んでいただけますか。
あさひ:
こういう感じで選ぶんですね(笑)。じゃあ左から3番目でお願いします。
白石:
「看護師を続ける理由はなんですか」ですね。
あさひ:
こんなドラマチックな仕事、他にありますか?なにより面白いからです。
白石:
あさひさんにとって、その面白さについてもう少し聞きたいですね。職場の話せないこともあるかと思うんですけど。
あさひ:
そうなんですよ。患者さんのこととかは言えないことばかりなんで。また個人的にお話しできれば(笑)。でも病院って、看護師って、みんなすごく人間味があふれていると思うんです。たとえば、看護師って背景を全部くみ取って声かけるじゃないですか、患者さんにも医師にも。それが一時の感情じゃなくて、深いんですよ。すごく抽象的でわかりづらいかもしれないんですけど、面白いんですよね。結局は、私の漫画を読んでいただければ……ってなっちゃうんですけど(笑)。だって、病院と空港には、やっぱりドラマがあるなって、すごく思うんです。
白石:
空港?ですか?(笑)
あさひ:
空港にもよく行くんですよ、仕事で。空港もいろんなところでドラマが展開されて、よく見ると、もう何十年ぶりの再会なのかなっていう人たちのやりとりとかあって。それから、絶対に熱があるよねっていう子どもがいて、でも無理やり、「もう乗るしかないから」みたいな感じで連れていかれたりしてね。色んな事情を抱えたひとがいますよ。あとフライトの時間がせまっていて感情的になりがちなお客さんの対応をする空港スタッフの姿勢も興味深いです。
白石:
あさひさんの人を見る目というか、眼差しがすごく感じられるエピソードばかりですね。でもその面白さって、どうしたら感じられるようになるんでしょうか。特に人間関係で悩む若手看護師は多いと思うんですよね。
あさひ:
全部キャラクターとして見るかもしれないですね、私。以前一緒に働いていた同僚は『あたしンち』のお母さんにすごく似ていて、お母さんだと思えば可愛く見えたり、すごく怒りっぽい先生も、岡田あーみん先生の『お父さんは心配性』っていう漫画のお父さんにそっくりだなって思ったり……。そのキャラクターに当てはめてみるとかはよくあります。全然参考にならないかもしれないですけど(笑)。
白石:
イメージは湧きやすいです(笑)。
「完璧な人なんていない」人間関係の極意
あさひ:
だって、完璧な人なんていないんですよ。やっぱり自分もよくないところありますし、できない部分もあるし。みんなが自分のことを好きだと思ったら、大間違いですよね。だけど、一生懸命まじめに働いていれば、必ず信頼関係を築ける瞬間が訪れるんですよ。どんなに難しい人でも。なので、とにかく無遅刻無欠席で仕事に行って、まじめに取り組んでいれば、必ず見ていてくれる人がいます。それは、でも時間が解決する部分でもあるんですけど。これは20年以上看護師をやってきた私が思うことですね。信頼関係を築くには、やっぱり時間が必要ですよね。怖い上司とか先輩と打ち解けてからが、楽しいんじゃないですか、仕事って。チームになってからが。
白石:
時間が解決してくれるというのは、あさひさんにとってはどういうことなんでしょうか。
あさひ:
たとえば、「健康管理をちゃんとしなさい」っていつも厳しく言っている上司が、滑って転んで骨を折ったりしてね。そういうこと、全然ありますから、それはもうチャンスですからね。そこでもう、めちゃくちゃ仕事をして。恩着せがましくじゃないけど、「あなたが弱っているときに私は頑張りましたよ」って実績をどんどん作っていくんです。
人間なんて誰でも弱るときがあるんですよ。そこをじっと待つ。まじめに、チャンスを待つ。それで、相手が弱ったときに「今だ!」と思うんです(笑)。最初からその信頼関係を勝ち取れると思ってはいけないですね。相手のことはなにもわからないし、自分は頼りにならないし、誰だって最初はそうです。だけど、病欠や子どもが熱を出したときなど、絶対に隙があるので、頼りにしてもらえるように準備しておくということですね。絶対にそのチャンス来ますから。
それは、先生に対しても同じです。先生も絶対になにかしらやらかすので。指示を間違えたりしてね。怒鳴られたときもすぐに言い返しませんよ。「あっ、すみません、そうですね。先生のおっしゃる通りですね」って対応して、先生がなにかミスをやらかしたときも、同じトーンで「先生、ここは間違えているんじゃないんですか」と言うんです。それで先生が「ああ、ごめん、ごめん」って言ってくれたときに、「よし、勝った」という気持ちになりますね(笑)。なにも自分からアクションを起こさなくても、待てば絶対にチャンスが来ます。どんな仕事でも同じですよ。最初からうまくいくなんて思わないほうがいい。まじめにやっていれば必ず誰かが見てくれる。これは間違いないです。
「ただ私は運が良かっただけ」小学生の原体験から生まれた使命感
白石:
あさひさんらしい、チャンスの待ち方でしたね(笑)。それでは最後に、後輩の看護師へのメッセージをお願いします。
あさひ:
みなさんには初心を忘れないでほしいというか、やっぱりある程度志を持って、看護師の仕事を目指すと思うんですけど。実際に入職したら、怖い先輩、上司、先生がいて、人間関係に悩むものなんですよ、だいたいは。それでそのうち仕事の楽しさを忘れて、お金を稼ぐためのツールとして看護師の仕事をこなしていくようになりがちなんですよね。
だけど、そういうときこそ、初心にかえって、看護師を志した時の気持ちを思い出してほしいんですよね。やっぱり仕事って楽しくなきゃもったいないというか、一日の中で仕事に使う時間って、長いじゃないですか。それをただお金を稼ぐためだけのものだと思うのは、本当にもったいない。絶対その中でやりがいがあって、楽しめる仕事のほうが絶対いいわけですよ。
白石:
あさひさんにとっての初心とは、どんなことを思い出すんですか。
あさひ:
私が小学生のとき、父が海外赴任していた国に遊びに行ったことがあって、そこで初めて、ホームレスやストリートチルドレンたちを見たんですよね。身体が不自由な人もいるんです。働けなくて、車椅子も買えなくて、地べたに座っていたりしました。そういう人たちを見て。そのとき、この人たちと私の違いってなんだろうって子どもながらに思ったんですよね。私が健康で元気で、安全な国に生まれたのは、ただ運が良かっただけというか。でも逆に言えば、そうじゃない人もいるわけです。やっぱり健康で元気に、五体満足で生まれてきた自分が、そういう人たちを手助けしなきゃいけないって思ったんですよね。そこで見た、ある子どものお母さんが、自分では歩けなかったんですよ。それで、その子は私が食べているものを欲しがって来るんです。私は持っていたバナナをあげたんですけど。子どものときに見たから衝撃的だったんでしょうね。忘れられないですね。
それから、知り合いでPICUに長くいた看護師がいるんです。中には助からない子もいて。今ある命を大切に、精いっぱい生きるということは、常に思っているかもしれません。たまたま本当にただラッキーなだけなんです。だから、努力しないとバチが当たるというわけじゃないけど、私が文章を書いたり、絵を描いたりするのが得意なのは誰かに教えてもらったわけじゃないけど、それもなんか理由があるんじゃないかと思って。これは看護師の話を漫画で描けということなんだと思いました。自分の中では、使命のような感覚ですね。
白石:
そういう使命感があって漫画を描かれているんですね。
あさひ:
私が看護師の漫画を描くのは、すべて若手の看護師のためなんですよね。この仕事の面白さや魅力を伝えたいし、看護師を目指している人にも読んでもらいたいし、看護師をやっている子どもの親にも読んでもらいたい。光の当たらない仕事なんですよね、どうしても。でも面白いから、それを伝えたいと思って描いているんです。若手の看護師の励みになればいいなとか、やっぱり看護師っていいなと思えるような作品を残したかったんです。
だから、初心の話に戻るんですけど、それを忘れないでほしいですね。どうしようもないくらいブラックな職場もあると思うんですけど、転職したっていいんです。その職場が嫌だから看護師も嫌だという考えに行き着くのは、ちょっと早いかなと思います。看護師の世界は、思ったより広いということを伝えたいですよね。看護師になるというのは、やっぱりセンスなんですよね。人のお世話ができるって。持って生まれたものというか、本当に誰もが当たり前にできることじゃなくて。そのセンスがあって看護師を志したという人たちを、大事にしなきゃいけない時代ですよね。私は若い看護師の参考になるような看護師では全然ないんですけど、でも視点を変えれば仕事も楽しいよっていうことを、これからも伝え続けていきたいですね。
インタビュアー・白石弓夏さんの著書
私もエールをもらった10人のストーリー
今悩んでいるあなたが元気になりますように
デジタルアートや3Dプリンタを看護に活用したり、看護をとおして一生の出会いをつかみ取ったり、在宅のほうが担い手が少ないから訪問看護に従事したり、苦しかった1年目のときの自分を手助けできるようにズルカンを刊行したり、医療と企業の橋渡しをするためにスタートアップに就職したり、悩みながらも新生児集中ケア認定看護師の道をまっすぐ進んだり、ロリータファッションモデルとして第一線で活躍しながら看護師を続けたり、目的に応じて疫学研究者・保健師・看護師のカードをきったり、社会人になってから「あっ、精神科の看護師になろう」と思い立ったり……。
さまざまな形・場所で働く看護師に「看護観」についてインタビューしようと思ったら、もっと大事なことを話してくれた。看護への向き合い方は十人十色。これだけの仲間がいるんだから、きっと未来は良くなる。「このままでいいのかな?」と悩んだときこそ、本書を開いてほしい。
目次
◆1章 クリエイティブな選択肢を持つこと 吉岡純希
◆2章 大きな出会いをつかみ取ること 小浜さつき
◆3章 現実的な選択肢をいくつも持つこと 落合実
◆4章 普通の看護師であること 中山有香里
◆5章 ものごとの本質をとらえる努力をすること 中村実穂
◆6章 この道でいくと決めること 小堤恵梨
◆7章 好きなことも続けていくこと 青木美沙子
◆8章 フラットに看護をとらえること 岡田悠偉人
◆9章 自分自身を、人生や仕事を見つめ直すこと 芝山友実
◆10章 すこしでも前を向くきっかけを作ること 白石弓夏
発行:2020年12月
サイズ:A5判 192頁
価格:1,980円(税込)
ISBN:978-4-8404-7271-5
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